リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

私訳版:ワシントンポスト6/14の記事:日本では中絶は合法――しかしたいていの女性は夫の同意を得なければならない 男性優位の国ジャパン

Washington Post 2022年6月14日 2:26 a.m. EDT By Michelle Ye Hee Lee and Julia Mio Inuma


In Japan, abortion is legal — but most women need their husband’s consent
Japan’s male-dominated society has been slow to grant women the reproductive rights taken for granted in many other developed countries


記者の了承を得て私訳版を作りました。ご参考までに。(RHRリテラシー研究所 塚原久美)
なお、日本人へのインタビュー箇所の引用文は、英語から訳したものなので、ご当人の表現とは違っているかもしれません。また敬称を略しています。ご了解ください!

日本では中絶は合法――しかしたいていの女性は夫の同意を得なければならない
男性優位の日本社会は、他の多くの先進国では当然とされているリプロダクティブ・ライツを女性に認めるのに時間がかかっている


写真キャプション:女性が匿名で新生児を預け、養子に出すことができる施設のスペースの横に立つ、熊本の慈恵病院の蓮田武院長(Michelle Ye Hee Lee/The Washington Post)


熊本――望まない妊娠をした女性のための安全な空間に続く控えめな小道は、クローバーの葉とバスケットに入った笑顔の赤ちゃんを抱えた2羽のコウノトリという控えめな看板で表示されている。ここは日本で唯一の「赤ちゃんポスト」、赤ちゃんを育てられない、あるいは育てる意思のない人たちの最後の手段で、どこにも頼れる人がいないために全国からやってくる女性たちもいる。
 米国最高裁が、全米の中絶を合法化した1973年の判決を覆す構えであることから、リプロダクティブ・ケアに世界的なスポットライトが当たっている――今、富裕国の中で中絶に最も厳しい制限を設けている日本も注目を浴びている。
 国際的に活動をしているセンター・フォー・リプロダクティブ・ライツによれば、日本はごく少数の例外を除いて女性が中絶を行う際に配偶者の同意を得ることを義務付けている11カ国の1つであり、そのような義務があるのはG7の中では日本のみである。実際のところ、未婚の女性にまで相手の男性の同意が求められることもあり、そうした女性たちの中には公共の場所に赤ん坊を遺棄するような悲劇的な状況に追い込まれる人たちもいる――慈恵病院の赤ちゃんポストは、そうした事態に対処するために作られているのだ。
 日本では中絶は合法ですが、高いお金を払って手術を受けるしかない。避妊率は低いし、緊急避妊薬は高価で、処方箋がなければ入手ない。日本は現在、中絶薬を使えるようにするかどうかを検討している。世界保健機関(WHO)は、中絶薬を用いることは安全で非侵襲的な妊娠の終了方法だとしている。
 ところが、女性のエンパワーメントと地位向上に関して先進国の中で常に下位にランクされている男性優位の国――日本では、女性に生殖に関する選択肢をなかなか提供しようとしてこなかった。たとえば、日本が44年間もの議論の末に先進国の中で最後に避妊ピルを導入したのは1999年だった。この年、厚生省は6ヶ月でバイアグラを認可している。
 「結局日本って中世なのかと思うんですが、中絶費用が莫大なお金が掛かるし、病院へのアクセスもすごく困難であると。だから、毎年毎年というか、たくさん、トイレで赤ん坊を産んで遺棄したとか殺したとか、そんな事件が後を絶たないわけです」と、社民党党首の福島みずほ議員は先月の〔訳注:厚生労働省厚労省)の〕委員会で発言した。「一体どういう国に住んでいるのか?」
 2018年度だけで、1歳未満の子どもの嬰児殺しは28件あった。厚労省によると、うち7人は生まれたその日に殺されていた。今年に入ってからも、女性が新生児を公共の場に遺棄するケースが少なくとも6件確認されている。


選択肢の欠如
 選択肢の乏しさは、将来への希望を計画外妊娠で打ち砕かれたユリコ(26歳)のような女性にとって、重大な結果をもたらす可能性がある。彼女は、赤ちゃんの父親と出会ったときに、約1ヶ月間ピルを服用していたので、正しく避妊をしていると信じていた。ところが、ほどなく彼女は妊娠6週目であることに気づいたのである。
 彼女は大学院に進学するつもりだったので、子どもを育てる準備はできていなかった。しかし、彼女が暮らしている北海道の病院に行くと、胎児が小さすぎるので手術まで2週間待つ必要があると告げられた。しかも待っているあいだに、結婚していないにもかかわらず、父親にあたる男性の同意を得てくるようにと言われたのだ。
 つわりと緊張を抱えながら彼女は90分間飛行機に乗って東京に向かい、男性のサインをもらいに行くことはとりわけ吐き気を催すような経験だったと、家族に知られないために下の名前だけを明かしてくれたユリコは語る。
 「何が起こるかわからないし、東京まで出かけていっても父親にあたる男性が現れないかもしれないという不安でいっぱいでした。サインをもらうための紙を片手に、高額な飛行機代を払うのも不安でした」と彼女は言う。「最悪のケースを恐れていたのです――サインしてない紙を持って帰るはめになるのではと」。
避妊ピルを服用することにしたユリコは、男性にコンドームを使ってもらったり、抜去法に頼ったりするのではなく経口避妊薬を選んだ日本では少数派の女性である。
 避妊の利用状況に関する2019年の国連の報告書と日本家族計画協会の推計によると、日本の避妊ピルの使用率は、最近でもわずか3%前後で推移している。これほど使用率が低いのは、意識の低さや教育の不足、そして社会的なスティグマが原因だとされている。
 待たされた2週間にユリコは中絶手術について調べ、徐々に怖くなっていった――その結果、彼女は子どもを産む方向に気持ちを切り替えた。大学院に行くのもやめた。毎日、自分の決断と向き合い、このできごとに対応するために悩み苦しんだ最初の混乱した日々に、いかに自分には選択肢がなかったかということを考えている。
 「毎朝目覚めるたびに中絶のことを考え、中絶していたらどうなっていただろうと考えてしまいます」と、来月、出産を予定しているユリコは言う。「もし、他の国のように中絶薬のような侵襲性の低い方法があったら、中絶に踏み切れたのかもしれません」。
 モーニングアフター・ピルと呼ばれる避妊なしの性行為から72時間以内に服用する緊急避妊薬は日本にもあるが、値段が高く、処方箋がなければ入手できないため、医師の診察を受けるのが間に合わなくなり妊娠のリスクにさらされる女性もいる。
 現在、世界中でブームになっていて、多くの地域で何十年も前から入手可能になっている中絶薬の導入が日本でも検討されているが、厚労省は薬による中絶でも従来通り配偶者の同意が必要だとしており、費用も10万円程度になると言われている。
 「中絶は法で禁止されてはいません。でも、この同意が得られないために、中絶できなくなってしまう女性たちがいるのです」と、避妊の権利を擁護する「#なんでないの」プロジェクトを率いるリプロダクティブ・ライツ活動家の福田和子は語る。
 1948年の〔訳注:優生保護法が1996年に改正された〕母体保護法では、女性が妊娠を終わらせるには夫の書面による同意が必要だとされていた。厚労省は2013年、この規定が未婚のカップルには適用されないことを明らかにし、昨年は、DVなどで結婚生活が実質的に破綻していることを証明できる既婚女性についても免除するとした。
 しかし、ユリコのケースと同様に多くの病院が未婚の女性に今でもこの要件を強要している。リプロダクティブ・ヘルスを擁護する「Action for Safe Abortion Japan」の創設メンバーの一人である塚原久美は、厚労省の通知には法的拘束力がなく、クリニックは自分たちの好きに中絶の提供方法や価格を決めることができると指摘する。
 「国連では、中絶やリプロダクティブ・ライツを人権としてとらえることや、女性の権利よりも胎児の権利を優先させることはできないという議論が山ほど行われてきました」と塚原は言う。「日本でもアメリカでも、そうした議論を参照して、より多くの人がそのことを理解するようになるのを願っています」。
センター・フォー・リプロダクティブ・ライツによると、配偶者の同意が必要な国は、日本の他に、シリア、イエメン、サウジアラビアクウェート赤道ギニアアラブ首長国連邦、台湾、インドネシア、トルコ、モロッコの10カ国である。国連女性差別撤廃委員会は、日本に対して中絶の同意要件を撤廃するよう求め続けている。2020年、韓国では配偶者の同意要件が不要になりましたが、活動家によるといまだに同意書を求める医師もいるという。
 日本産科婦人科学会はこの報道に対するコメントを拒否し、日本産婦人科医会はコメントの要請に応じなかった。


出生率の低下
 近年、政治家の中には、日本の人口減少と少子化を考えると、女性たちに中絶へのアクセスを与えるべきかどうか――あるいはそれが重要なのか――と疑問を投げかける人々もいる。
しかし、女性リプロダクティブ&セクシャル・ヘルスを擁護する人々は、それは国の人口統計上の必要性とは全く別の話であり、根強い性役割のある家父長的社会でより広い男女平等を達成するために欠かせない課題なのだと主張している。
 「(リプロダクティブ・ライツについて)政治家に話しに行くと、『こんなに赤ちゃんの数が少ないのに、なぜ避妊の話をしているのか』と聞かれることがあります。そういうことではないんです。それでも、生殖に関することは、女性の選択の話ではなく、常に国益の文脈で考えられているのです」と福田は言う。「本当は、もっと女性たちをサポートできるような社会制度を作り、女性が中絶にアクセスすることに関する偏見について議論すべきです」。
 一方、熊本の慈恵病院は、望まない妊娠をした女性にとって数少ない安全な避難所の一つになっている。2007年に開設された赤ちゃんポストは、それ以来、一般的ではない選択肢として物議を醸してきた。これまで161人の女性がここに子供を預けた――平均すると一か月に1人のペースだ。
厚労省によると、2020年の外科的中絶は約14万件だった。費用は10万円から40万円――中絶業者にとっては儲かるビジネスになっていると、慈恵病院の蓮田武院長は語る。
 慈恵病院は女性たちのカウンセリングも行っている。生活保護などの政府の支援があることを知ると、赤ちゃんを家に連れて帰る女性もいるためだと言う。また、孤立した母親を助けるために、12月から匿名出産も始め、これまでに3人の赤ん坊が母親の名前を伏したまま生まれている。
 「中絶しようとしている人たちは、恥だと思っていることが多いので、費用を下げてほしいとか、利用しやすくしてほしいなど、権利を要求できるような立場ではないと感じているのです」と蓮田は言う。「そうした立場にある人たちが声を上げられないので、アメリカのように話題になることが難しいのです。」
日本は特に宗教色の強い国ではないが、社会的な責任を問われる感覚が強く、それが中絶をめぐる議論や中絶を検討することを恥ずかしいことだと思う女性の意識にも影響しているのだと蓮田は語る。
 ときおり、看護師が赤ちゃんを置いて出て行く女性たちと出会うことがある。女性たちは経済的に苦労していたり、中絶することに倫理的な疑念を抱いていたり、以前に中絶したときのストレスで再びトラウマになることを心配していたりする女性もいるそうだ。
 「日本には、妊娠して孤立し、周囲の誰からも助けを得られず、妊娠が他人に知られることを恐れている人たちがたくさんいます」と蓮田は言う。「そんな人たちにとって、私たちは最後の頼みの綱なのです。」