リプロな日記

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「性教育」を毛嫌いする日本が抱えている大問題 :女性の権利に対する意識低下につながっている

性教育」を毛嫌いする日本が抱えている大問題
女性の権利に対する意識低下につながっている

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阿古 真理 : 作家・生活史研究家2022年06月20日

コピペします。

日本ではなぜ性教育が「危険視」されてしまうのか(写真:msv/PIXTA
 アメリカで中絶をめぐる激しい議論が巻き起こっている。きっかけとなったのは、人工中絶の権利を認めるアメリ最高裁の判決「ロー対ウェイド裁判」が覆る可能性があるという情報が漏えいしたことだ。近く最高裁の最終意見が出るとみられる中、アメリカでは著名人も巻き込んだ「プロチョイス(人工中絶擁護派)」と「プロライフ(中絶反対派)」の戦いが激しくなっている。
 一方、日本では人工中絶には配偶者の同意が必要とする母体保護法に対する批判が強まっている。アメリカを含む多くの国では、女性が妊娠、出産、中絶など性や子どもを産むことを選択・決定できる「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」が認められているが、日本ではまだこの意識は低いと言わざるをえない。
 アメリカでの論争はけっして日本人に関係がないことではない。本稿では日本でリプロダクティブ・ヘルス/ライツに対する理解や議論が深まらない理由が、性教育を毛嫌いする教育現場にある可能性について、作家の阿古真理氏が論じる。


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中絶に配偶者の同意なぜ必要?
 人工妊娠中絶ができる飲み薬2種類について、厚生労働省が「投薬や服薬には配偶者の同意が必要」という見解を5月17日の参議院厚生労働委員会で明らかにしたことに対し、批判が広がっている。

 これらの薬は、昨年12月にイギリスの製薬会社から日本での使用を認めるよう申請されている。日本では現状、中絶の方法は手術しかないが、すでに70以上の国と地域で経口中絶薬は承認されている。

 厚生労働省子ども家庭局母子保健課に発言の意図を問い合わせたところ、母体保護法に基づいたとのこと。法律を確認すると、第14条で、母体の健康を著しく害するおそれがある、あるいは暴行などで妊娠した場合は、「本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる」とある。

 ただし、「配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき、又は妊娠後に配偶者がなくなったときには本人の同意だけで足りる」ともある。批判の焦点は、レイプその他で相手と連絡を取りたくない、相手がわからない場合もあるのに、なぜ配偶者の同意が必要と言うのか、ということにある。

 しかし、母体保護法はそういう場合の例外も、きちんと記している。発言とその内容に関する報道からは、その例外が見えにくい、あるいはそれ自体がきちんと周知されていないことが問題だったと言える。

 法律は時代に合わせて変えていける。今は、中絶の前提として、配偶者の同意が必要と、法律の条文の最初に書く必要があるかを考える時期なのではないだろうか。

 厚労省からは、「国民の価値観・家族観を注視しながら、今後も適切な運用を心がけていきます」という回答が得られた。問われているのは、私たち国民の価値観である。そこで、中絶の権利を含むリプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)とは何か、改めて考えてみたい。


性に関する意識や制度が遅れている日本
 自分の体は自分のモノ、とするリプロダクティブ・ライツは、1970年代のフェミニズム・ムーブメントのときから強く主張されている。1994年にカイロで開かれた国際人口開発会議で提唱されるなどした、国際的に確立した女性の権利である。

 日本では、生殖に関わる過程で健康な状態にあることを指す「リプロダクティブ・ヘルス」と組み合わせ、「リプロダクティブ・ヘルス&ライツ」という概念がよく使われる。2000年の男女共同参画基本計画で、このリプロダクティブ・ヘルス&ライツは、女性の人権の1つとしている。

 しかし、性に関する意識や制度が遅れがちな日本で、リプロダクティブ・ヘルス&ライツは本当に確立した権利になっているのだろうか。

 「中絶するかしないかは女性の権利で、この問題についてはちゃんと考えないといけないと思います」と話すのは、東京都足立区立中学校で保健体育教師として長年、性教育の授業に携わってきた樋上典子氏だ。

 「授業では、いい悪いは一切言いません。中絶するなら、母体保護指定医師がいる病院をちゃんと選ぶこと、初期のほうが体にもお財布にも負担がかからないという話はします」

 しかし、日本の教育現場では、中絶の権利以前の問題が山積している。学習指導要領が「妊娠の過程は扱わないものとする」と歯止め規定を設けてきたため、性交によって妊娠することを教えない学校が多いからだ。しかし、樋上氏は長年、性交によって妊娠することをきちんと教えている。段階を追って性は大切なこと、と男女共修の授業で教えているため、生徒たちは恥ずかしがらずに受け止めるという。

 樋上氏は、別の中学校の男性教師から「『なんで精子卵子がくっつくんですか』と聞かれて、『高校生になったら教わります』とごまかしてしまいました」と言われたことがある。しかし、高校でも"歯止め規定"は有効だ。

 樋上氏は関東学院大学でも非常勤講師として「性の健康学」を教えており、選択授業だが400人がオンラインで受講している。授業でアンケートを取ると、「性についてちゃんと学んでいない学生が多く、『男はこうあるべき』『女はこうあるべき』という考えが見え隠れすることがある。しかし、多くの学生が関心を持って履修してくれ、授業を受けることで変容することがうかがえる感想がたくさん届くので、うれしい」。

 恋愛が自分事として切実な大学生は、束縛しようとする相手にも合わせたいと考えがちだが、「中学生は恋愛経験が少なく、客観的な恋愛観を学ぶことができます。どっぷり恋愛に浸かる前に考えさせるのは、大切なことです」と語る。


授業で高校生カップルを想定した議論
 学校で性教育をきちんと教えなければ、妊娠するリスクも、そのリスクを避けるために避妊や中絶があることも教えられない。それゆえ、生活力もなくパートナーシップも十分に育めないまま妊娠すると、人生がゆがんでしまうこと、そして、それを防ぐにはリプロダクティブ・ヘルス&ライツが重要なこと、までたどり着けない。

 樋上氏は中学校で高校生のカップルを想定した授業で、セックスで妊娠したらどうするかを議論させ、最初と最後にアンケートを取る。高校生になるとセックスの体験者が増えるので友だちから相談されるかもしれない、と話すと生徒たちは真剣になる。議論でさんざん悩ませた後に、避妊と中絶の方法を伝えると、より深く理解すると言う。

 「コンドームは、けっこう皆知っていますね。低用量ピルも4、5年前は2割ぐらいしか知らなかったんですが、最近は報道が多いので知っている生徒が増えました。日本では手術で中絶することを知らない生徒が6割近くいます。手術可能な時期が限定されていることを知っている生徒になると、20%以下しかいない。私は必ず『時期があるんだ!』と強調します」

 授業前は、2人が合意すればセックスをしてもいいと思っていた生徒たちが、授業後は慎重に考えるようになる。正しい知識をもとに適切な性教育を行えば、生徒たちはちゃんと受け止めて考えるようになるのだ。

 「寝た子を起こすな、とよく言いますが、上手に起こしてあげることが大事。放置していたら、AVなどで学ぶしかない」と樋上氏。また、「授業で同級生たちの意見を聞くことは、教師が教えるより説得力を持って心に響く」と話す。


学習指導要領が肝心な点をぼかしてきた理由
 小中高校生に早いと考えるなら、いつなら教えても大丈夫なのだろうか。地方では、高校を卒業してからほどなく結婚する人もめずらしくない。社会人を全員集めて性教育を行うのもほぼ不可能だろう。リプロダクティブ・ヘルス&ライツを知っていようがいまいが、望まない妊娠をする、あるいは妊娠させるリスクに、子どもたちはさらされている。

 なぜ学習指導要領は、肝心な点をぼかしてきたのか。性教育の歩みを確認してみよう。樋上氏は40年ほどの教員生活の中で、性教育の変化のただなかにいた。

 1980年代後半、HIVの世界的な感染拡大を背景に、性教育ブームが起こる。足立区では、性交を含めた授業を小中学校連携でどのように進めるか検討する、性教育資料作成委員会が結成された。1992年には小学校でも保健の教科書ができ、性に関する指導が盛り込まれるなどしたことから、「性教育元年」と言われた。

 ところが、2000年頃からバックラッシュが始まり、性交を教えることへの批判が起こる。2001年に母子衛生研究会が作成した中学生向けの教材『思春期のためのラブ&ボディBOOK』は翌年、自民党山谷えり子衆議院議員(現在は参議院議員)が国会で「行き過ぎたジェンダーフリー教育」と批判し、全国でテキストを回収するきっかけを作った。その翌年には東京都立七生養護学校(現東京都立七生特別支援学校)の性教育が、古賀俊昭東京都議などから批判され、教員が処分される。

 この影響で、「私も何度か教育委員会に呼ばれ、危険な性教育をしないよう言われました。一緒に実践を検討してきた指導主事に言われたときはさすがに驚き、怒りがこみ上げました。でも、指導主事も立場上、苦しかったでしょうね」と、樋上氏は明かす。学校現場が萎縮していった様子が、こうした話からうかがえる。

 七生養護学校事件は裁判になり、2013年に最高裁で原告側が全面勝訴している。そのあたりから風向きが変わり始めた、と樋上教諭は感じている。

 2015年、文科省主催で行われた性に関する学習の講習会を受講したところ、あおもり女性ヘルスケア研究所所長で産婦人科医の蓮尾豊氏がピルについてパンフレットに書いていたので驚き、「先生は中学生に避妊・中絶について教えることをどう思いますか」と手を挙げて質問したところ、「絶対に必要です」と断言された。そこで、仲間や校長に「文科省が変わった!」と資料を送った。

 2018年には、再び古賀都議が性交を教える樋上教諭らの教育を問題視し、都教育委員会が足立区教育委員会に介入するなどしたことが、朝日新聞などで大きく報道された。この事件はしかし、メディアが大きく報じたことで、現状の性教育の不足についての関心を高める結果になった。#Me Too運動が盛り上がり、性の問題に対する関心度が高い時期になっていた。

 樋上氏がバックラッシュの時代でも、正面から性に向き合う教育を行ってこられたのは、周囲の理解があり、仲間がいたことが大きい。バッシング前によく授業の見学に来た校長は、「性に対する考え方が変わった。子どもたちにとって、絶対に必要な授業だ」と称賛し、教育委員会にも見学に来てもらうなどしていた。

 樋上氏の中学校の性教育プログラムは、授業見学に来た教師たちから称賛はされるが、歯止め規定の影響で実施は広がらない。公務員のままでは声も上げられない、と正規職員の立場を今春、樋上氏は手放した。世の中を変えるために、仲間と作った性教育の本を7月に刊行し、そうした性教育を広げる活動をしようと考えている。

 来年度には、性暴力根絶を目的とした文科省のプログラム「生命(いのち)の安全教育」が全国の学校で行われるようになるが、ここでも性交については記されていない。

 「なぜ性器が大事なのか、なぜ無断で人の体を触ることがいけないのか、という科学的なことを伝えないで、『守りましょう』だけでは、子どもたちへの説得力に欠けるのではないでしょうか」と樋上氏は批判する。

 このままではいけない、と危機感を持った人々が近年、家庭向けの性教育本を次々と刊行している。しかし、それだけでは一部の人しか、子どもへの伝え方を学ぶことはできない。学習指導要領で性をきちんと学校で教えることを妨げるのは、日本が1994年に批准した子どもの権利条約が定める、子どもが学ぶ権利とあらゆる暴力・虐待・搾取から守られる権利を守っていないことになるのではないか。


性についてわからなければ権利もわからない
 性交をきちんと教えなければ、リプロダクティブ・ヘルス&ライツについて、理解することもできない。性教育をきちんと受けられなかった大人たちは、性が豊かな人生と人間関係を育てるものだと理解できていないのかもしれない。

 「配偶者の同意が必要」といった、女性の自分の体に対する権利を侵害する言葉に敏感に反応する世論からは、リプロダクティブ・ヘルス&ライツに関する知識があり、人権意識が高い人たちが増えたことが見えてくる。

 同時にその反応からは、まだ女性の体を「子どもを産む器」とみなす人がたくさんいることもうかがわせる。何しろ、性交についてすら、教育現場で教えられない期間が長いのだから。性交も学ばず、宿した命を奪うかどうかという決断をする重みを考えることは難しいだろう。

産む、産まないについては、一緒に生きている、あるいはその予定のパートナーがいる場合は、2人で話し合って決める必要がもちろんある。しかし、そういう相手の子でない場合は、本人に決める権利がある。

 先進国の大半は、日本と違って性交を含めた包括的性教育を実践している。性についてきちんと知ることもできず、リプロダクティブ・ヘルス&ライツに関する知識も身に着かなければ、本当の意味で豊かな人生を送ることはできないだろう。