リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

男女共同参画基本計画の立役者は?

岩男壽美子氏が代表だった審議会答申の貢献の大きさ

第1次基本計画になぜ「リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する意識の浸透」が入ったのか? それに頭を悩ませてきたのだが、おそらく以下のシナリオが当たらずとも遠からずではないかと、今思っている。


男女共同参画社会基本法が制定されたのは1999年。翌2000年12月12日に最初の男女共同参画基本計画(第1次基本計画)が閣議決定されている。この第1次基本計画の「8 生涯を通じた女性の健康支援」は次の3つのパートに分かれている。


(1)リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する意識の浸透
(2)生涯を通じた女性の健康の補遺増進対策の増進
(3)女性の健康をおびやかす位問題についての対策の推進


その後、この計画は5年ごとに改訂されていくのだが、2005年の第2次基本計画から「生涯を通じた女性の健康支援」一つに集約されて小分類はなくなり、内容的にも(1)はすっぽり消えてしまった。


第1次基本計画は閣議決定なので、審議の内容は明らかにされていない。第2次基本計画への改訂については、2004年10月8日に第1回男女共同参画基本計画に関する専門調査会が開かれた。


リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(私は「/」は使わない。orの意味があるからだ。海外では常に「and」が使われている)は、1994年のカイロ人口開発会議、1995年の第4回世界女性会議を経て推奨されるようになった。1995年9月には、野坂浩賢女性問題担当大臣が第4回世界女性会議における首席代表演説を行っている。野坂氏は当時の村山富市首相の側近で、この演説でも村山首相が慰安婦問題の償いとして発足した「女性のためのアジア平和国民基金」を土産として披露している。


その後、1996年に村山内閣が総辞職し、自民党が政権を奪還し、野中広務氏が1998年から1999年10月まで内閣官房長官を務めていた。同氏は1998年10月にフィリピン・マニラで開かれたAPEC女性問題担当会合(代表岩男壽美子氏)にメッセージを寄せており、1999年6月に男女共同参画社会基本法が成立している。野中氏は当時から夫婦別姓を支持するなど比較的リベラルな人物だったようだが、1999年に内閣官房長官を交替した青木幹雄氏はあまり女性問題に明るいとは考えにくい。野中氏は2002年に自民党男女共同参画推進協議会長を務め、翌年、政界を引退している。


2000年、森喜朗内閣に変わってから、男女共同参画審議会の岩男壽美子会長が審議会答申の中で、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツへの今後の取組」として、以下の「視点」を示し、11項目にもわたる具体策を提唱している。内容からして、この答申内容が基本法と第1次基本計画の核になったのはほぼ間違いないように思われる。

【視点】

女性も男性もそれぞれの身体の特性を十分に理解し合い、思いやりをもって生きていくことは、男女共同参画社会の形成に当たっての前提といえる。とりわけ、女性は、妊娠や出産をする可能性があることもあり、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの視点から女性の生涯を通じた健康を支援するための総合的な対策の推進を図ることが必要である。


妊娠、出産期は女性の健康支援にとっての大きな節目であることから、我が国の妊産婦死亡率が先進国の中でやや高いことなどの課題を踏まえ、妊娠・出産の安全性や快適さを確保することが必要である。また、不妊に悩む男女が多いことから、精神面を含む支援を行っていく必要がある。


女性が自らの身体について自己決定を行い健康を享受するという観点から、性と生殖に関することを含め自らの健康について、幼児期から高齢期に至るまで適時、正しい情報を入手できるよう十分に対応する必要がある。人工妊娠中絶の件数は、昭和30年と比較し、平成11年では1/3以下に減少しているが、未だに33万件を上回っており、中でも20歳未満の女性の人工妊娠中絶は増加の傾向にある。これらの事実は人工妊娠中絶が女性の心身に及ぼす影響に対する認識や安全な避妊の知識が十分でないことなどが原因となっているものと思われる。このため、女性と男性の相互の尊敬と理解に基づく家族計画等の普及が重要である。


女性の生涯を通じてリプロダクティブ・ヘルス/ライツが保障されることが肝要である。

さらに具体的な取組を見てみよう。まっさきに「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」の精神を持ってきているのが目を引く。1のリプロダクティブ自己決定や性教育の必要性の主張、4の不妊治療、9の避妊の普及などを見ても、まさに今現在の日本でも通用する注目すべき内容である。

【具体的な取組】

1.リプロダクティブ・ヘルス/ライツの考え方を踏まえ、性と生殖に関し、自ら判断し、決定すること(性的自己決定)を相互に尊重することが重要である。このため、自分の身体や相手の身体について正しい情報を入手し、自分で判断し、自ら健康管理できるようにするため、学校や地域における性教育や健康教育の一層の充実を図る必要がある。その際、青少年の性行動が低年齢化・活発化している状況を踏まえ、また、性情報が氾濫している状況を踏まえ、学校や地域においてリプロダクティブ・ヘルス/ライツの視点に立つ性教育や健康教育の充実を図る必要がある。なお、性教育を進める際には、避妊に関する情報提供及び適切な対応にも留意するとともに、学校と関係機関・地域社会、あるいは産婦人科医・助産婦・保健婦等と必要に応じ適切な連携・協力を行うことも重要である。


2.摂食障害、喫煙、飲酒及び薬物については、それらが生殖機能や胎児に影響を及ぼすものであることから、女性が主体的に取り組めるよう学校や地域社会において健康被害に関する正確な情報提供が行われる必要がある。特に、喫煙は個人の問題ではあるが、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの考え方を踏まえ、生涯を通じた女性の健康への配慮という点から、公共空間を始め飲食店など不特定多数の人が利用する空間及び職場においては禁煙が推進されることが望ましい。


3.妊娠・出産の安全性や快適さ及び避妊の選択肢を確保するため、周産期医療や家族計画指導を含む母子保健医療施策等を推進する必要がある。


4.子どもを持ちたいにもかかわらず不妊で悩む人々が、正しく適切な基礎情報を基にその対応について自己決定できるよう、不妊に関する多面的な相談体制を整備する必要がある。また、不妊治療に関する研究環境の整備を推進する必要がある。


5.月経、乳がん子宮内膜症骨粗鬆症更年期障害等の女性に特有な健康状態あるいは女性に多く見られる疾病について、これらに関する研究及び予防、健康診査、相談、情報提供等の適切な保健サービスを推進する必要がある。


6.医師、保健婦助産婦、看護婦、カウンセラーや保健所、市町村保健センター等の担当職員に対し、女性の生涯を通じた健康支援の総合的な推進を図る視点から、リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する研修を強化する必要がある。


7.女性が生涯を通して自己の健康を維持・管理するため、思春期、月経時、妊娠・出産期、更年期、高齢期など女性の生涯を通じたメンタルヘルスに関する事業を推進する必要がある。


8.HIVエイズ性感染症は、女性の健康に甚大な影響をもたらすものであり、HIVエイズについては、正しい知識の普及・啓発、医療体制の充実、治療薬の研究開発等の予防から治療までの総合的な対策、性感染症については、正しい知識の普及・浸透、予防、健康診査、相談、治療等の対策の推進を図る必要がある。


9.女性が主体的に避妊するため、低用量経口避妊薬(ピル)や女性用コンドーム等に関する知識の普及等の支援を行う必要がある。


10.女性労働者の母性保護及び母性健康管理の徹底を図る。特に、妊娠中及び出産後も継続して働き続ける者が増加していることにかんがみ、これらの女性労働者が引き続きその能力を十分に発揮する機会を確保するための環境を整備することが重要である。また、妊娠又は出産を理由として、雇用管理面で不利益な取扱いを受けることのないよう企業の望ましい雇用管理の在り方やそのための環境整備に向けての方策等について、母性保護条約の改正など国際的な動向も見極めつつ検討を進めるべきである。


11.女性をめぐる現行の関連法令、関連制度について、リプロダクティブ・ヘルス/ライツを保障するための法的整備を含め、総合的に今後の在り方を検討する必要があるが、その際、リプロダクティブ・ヘルス/ライツのうちのライツの概念については、種々の議論があるため、世論の動向を踏まえた検討が必要である。

上記で示されている「取組」はいずれも20年間放置されており、今ここからすぐにでも始めるべき内容である。


さらに、リプロダクティブ・ヘルス/ライツについても、次のような注釈が加えられている。

リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:1994年にカイロで開催された国際人口・開発会議において提唱された概念。リプロダクティブ・ヘルスは、個人、特に女性の健康の自己決定権を保障する考え方。健康とは、疾病や病弱でないことではなく、身体的、精神的、及び社会的に良好な状態にあることを意味する。リプロダクティブ・ライツは、それをすべての人々の基本的人権として位置付ける理念である。リプロダクティブ・ヘルス/ライツの中心課題には、いつ何人子どもを産むか産まないかを選ぶ自由、安全で満足のいく性生活、安全な妊娠・出産、子どもが健康に生まれ育つことなどが含まれており、また、これらに関連して、思春期や更年期における健康上の問題等生涯を通じての性と生殖に関する課題が幅広く議論されている。

ところが、2004年10月8日に岩男壽美子氏を会長に冠した第1回男女共同参画基本計画に関する専門調査会議が開かれ、「生涯を通した女性の健康支援」の担当委員として、神戸大教授で医師(応用健康学、環境衛生・エイズ性教育等が専門)の石川哲也、横浜市女性協会・横浜女性フォーラム館長の桜井陽子氏、放送大学教授で文化人類学者の原ひろ子氏の3名が指名された。一方、2005年2月25日の男女共同参画会議(第17回)以降、岩男壽美子氏は同会議の議員ではなく、専門調査会議長として参考人の立場で参加するようになっている。


石川・桜井・原担当委員3名が、中絶について否定的な文言を第2次基本計画に盛り込んだ張本人だとは言わないが(実際には、当時の安倍幹事長が「大幅削除」に関与したらしい)、少なくともここに岩男氏が含まれていたら、全く違う内容になっていたかもしれない。


第1次基本計画には「女性が自らの身体について正しい情報を入手し、自分で判断し、健康を享受できるようにしていく必要がある」、「(カイロ会議で)リプロダクティブ・ヘルス/ライツという概念が提唱され、今日、女性の人権の重要な一つとして認識されるに至っている」と記されていた。これらはまさに岩男氏の答申の内容通りだが、これらの文言も第2次基本計画以降は消えてしまったのである。