リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

イスラム教における中絶

忘備録

Abortion law in Muslim-majority countries: an overview of the Islamic discourse with policy implications
Gilla K Shapiro
Health Policy and Planning, Volume 29, Issue 4, July 2014, Pages 483–494, https://doi.org/10.1093/heapol/czt040
Published: 08 June 2013
(仮訳)

 宗教は、中絶を行うかどうかという患者の生命倫理上の決定や、国の中絶政策において重要な役割を果たします。それにもかかわらず、イスラム教の立場の全体的な理解はまだ研究されていない。本研究ではまず、最も権威のある聖書のテキスト(すなわちコーランとスンナ)と、その他の有益な要素(すなわち現代のファトワイスラム神秘主義と広範なイスラム原理、利益団体、多国籍イスラム組織)を検証することで、中絶に対するイスラムの立場を詳細かつ体系的に分析した。イスラム法学は中絶を奨励していませんが、聖書では直接禁止されていません。中絶に関する見解は非常に多様で、多くの宗教学者は妊娠中の特定の段階における特定の状況下での中絶を認めています。妊婦の生命が脅かされ、120日が経過していない場合が、最も非難されるべきでない中絶であることは一般的に同意されていますが、その他の状況(身体的・精神的健康の維持、胎児の障害、レイプ、社会的・経済的理由など)や、胎児の妊娠期間後半の発育に関しては、顕著な異質性が見られます。

 この研究では、次に、イスラム教徒の多い国での中絶の権利について、国をまたいで調査しました。その結果、47カ国中18カ国が、妊婦の命を救う以外のいかなる状況でも中絶を認めていないという、保守的なアプローチが多く見られました。しかし、国によって大きな違いがあり、10カ国は「要求があれば」中絶を認めていました。

 イスラム教徒の多い国での政策展開を可能にする言説的要素と、中絶の権利に関する研究を強化するための今後の研究について議論した。特に、より寛大な中絶法を実現するためには、最も権威のあるテキストが明確に中絶に反対しているという誤解を個人に解かせること、特定のイスラム法派に存在するより寛大な解釈を強調すること、中絶を支持する重要なアクターを強調すること、そしてイスラム教徒が多い国では受け入れられない政策フレームに留意することが必要である。<<

以下は、細谷幸子「イランの 「治療的人工妊娠中絶法」 をめぐる議論」より

2)イスラーム法から見た人工妊娠中絶
 人工妊娠中絶に関して、イスラーム法学の第一の法源であるコーランには明示的な表現がないとされる。そのため、イスラームの諸学派は異なる見解をもっている。だが、生命の神聖性が優先される点と、親が子を殺すべきではないとする点がコーランに示されているとの解釈から、各学派とも共通して人工妊娠中絶を禁止行為としている。イランのアーヤトッラーたちも、これに対して異議をもたない。
 イスラーム法の文脈において、人工妊娠中絶は、妊娠している女性の権利と胎児の権利が対立する議論としては理解されない。胎児は全能の神の創造物で、出生前にも生きる権利をもち、その命を奪うことは刑罰の対象となる。一方で、イスラームの位置づけにおいて、人間の身体は神からの預かりものとされ、女性が自らの身体に関する決定を完全に自由にできるとは考えられていない。

J Family Community Med. 2001 Sep-Dec; 8(3): 25–35.
PMCID: PMC3439741
PMID: 23008648
INDUCED ABORTION FROM AN ISLAMIC PERSPECTIVE: IS IT CRIMINAL OR JUST ELECTIVE?
Mohammed A. Albar, DM, FRCP (London)

社会的な理由による人工妊娠中絶は、世界中で広がっています。世界では年間5,000万人の胎児が殺されていると推定され、その結果、20万人の妊婦が死亡し、数百万人が苦しんでいます。違法な中絶による合併症は非常に深刻です。中絶は今でも多くの国で家族計画の手段として用いられています。中絶の医学的な理由は限られており、中絶全体のごく一部を占めています。この論文では、中絶に対するさまざまな見解、その歴史、時代の変遷、そして現在の法的状況について論じています。イスラム諸国の状況と、中絶に関するイスラム教のファトワの影響に重点を置いています。
ーー中略ーー
中世ヨーロッパの教会や現在のカトリック教会の姿勢に比べて、妊娠を継続することで妊婦の健康や命が危険にさらされる場合には中絶の必要性を認めていることは、より現実的で人道的だと思います。

自由な中絶法を持つ多くの国で行われている要求に応じた中絶は、シャリア(イスラム法)では決して容認されません。残念なことに、チュニジアでは1965年7月1日付で65/24法が可決され、根拠の乏しい理由での中絶が認められました。1973年11月19日付の法律第73-75号が施行されると、状況はさらに悪化しました。1973年11月19日付の法律No.73-75が施行されると、状況はさらに悪化しました。

チュニジアは、すべてのイスラム法学者や、イスラムの会議や法学者の会合で認められているすべてのファトワに反した法律を持つ唯一のイスラム教国です。25 チュニジアは、すべてのイスラム法学者およびイスラム会議や法学者会議で認められたすべてのファトワを無視する法律を持つ唯一のイスラム国家です。残りのイスラム諸国は、健康や生命を危険にさらす可能性のある妊娠中の深刻な問題から妊婦を守るために中絶を認めています。多くの国では、深刻な奇形の胚や胎児がいる場合に中絶を認めています。このような中絶を行うための期限は、受精から計算して120日であり、これはLMPから134日に相当します25,41。


以下は、2014年にインドネシアの中絶合法化に関する記事。

中絶合法化に賛否 女性保護か教義順守か | じゃかるた新聞
2014/10/20

インタビューに答えるナザル医師
 イスラムで禁じられている人工中絶を合法化した大統領令に今年8月、ユドヨノ大統領が署名した。違法中絶で女性が死亡するケースがある一方で、堕胎は教義に反すると批判が相次ぐ。女性の保護か教義の順守か―。中絶合法化で各界が揺れている。

 中部ジャワ州警は2日、トゥマングン市で祈祷(きとう)師(ドゥクン)を名乗る男(69)と2人の関係者を、女性を死亡させた疑いで逮捕した。容疑者らは先月5日、32歳の女性に中絶行為を施し、誤って出血多量で死なせた疑い。被害者が病院に搬送されて事件が発覚した。容疑者らは妊娠3〜4カ月の20〜30代の女性を中心に施術し、1回で100万〜500万ルピアを稼いでいたという。
 国家家族計画庁(BKKBN)の調査によると、国内の中絶行為は年間250万件以上といわれている。中絶を希望する妊産婦は中絶が禁止行為のために医療機関に行けず、不正に取引される薬物を摂取して堕胎したり、ドゥクンに依頼したりする。ドゥクンは女性の腹部を乗る蹴るなどして、胎児を流産させる中絶方法をとる。しかしドゥクンの中絶は失敗することも多く、依頼した女性の10〜30%が死亡していることも明らかになっている。
 ユドヨノ氏は近年、国内で性的暴行被害が増加し、レイプによって妊娠し出産した場合、心的外傷後ストレス(PTSD)を発症したり、子どもの虐待や育児放棄につながる可能性があると懸念を示した。「女性と子どもを含め国民を保護することは当然だ」と合法化を進めた。
 さらに暴行被害者の3割を10代が占めていることなどから、心身の健康保護を規定した健康法の効力が保たれないことが問題視されていた。これらを受けて、イスラムで禁じられている中絶行為合法化に踏み切った経緯がある。ユドヨノ氏は署名の際に「自分が署名する最後の大統領令だ」と言葉を残した。
 西ジャワ州バンドンの国立パジャジャラン大学犯罪学イェスミ・アンワル氏は「犯罪から女性を保護し、健康法の適用が強化される」と評価する。合法化で警察と医療機関の連携を強化し、犯罪抑止にもつながる可能性があるという。

■暴行被害で妊娠し中絶
 国際家族計画連盟(IPPF)は中絶者の3割が10〜20代の若年層であると指摘。大半がレイプなどの暴行被害で妊娠しているという。
 女性が中絶したことが発覚した場合、家族や親族から縁を切られることもある。病院での治療費の相場は70万〜80万ルピア。工面できずに出産した子どもを捨てる事件も発生している。
 西ジャワ州ボゴール県内の大学に通う女子学生ブンガさん(24)=仮名=は、インターネットで購入した薬物で中絶した。ブンガさんは約3カ月前、交際していた男性との間に妊娠。友人に勧められて通販サイトで薬物を購入した。ブンガさんは「錠剤を飲み続けて流産するのを待った」と振り返った。服用して3日後から兆候が出始め、約1週間かけて中絶したという。
 ブンガさんの中絶行為に対して、同県イスラム学者会議(MUI)は「教義に反する」として、遺憾を表明。ユドヨノ大統領に大統領令の改正を求めている。

■子ども保護求める声も
 国家子ども保護委員会(KPAI)も合法化に反対する姿勢を表明。ギウォ・ルビアント・ウィヨゴ元委員長は「中絶は子どもの命を奪う行為。生きる権利を剥奪することは許されない」として、同令を児童保護法違反にあたると指摘している。KPAIは子宮にいる胎児を「子ども」と説明。中絶で女性が守られるとは限らないと話している。
 ナフシア・ムボイ保健相は9月初旬から同令に関してインドネシア医師会(IDI)と協議している。医療従事者のために人工中絶の研修制度を確立することで合意した。IDIのザエナル・アビディン会長は、中絶は医療倫理に反するとした上で、流産した場合のみ中絶行為を適用すべきだという。(西村百合恵、アリョ・テジョ、写真も)

 中絶合法化を定めた大統領令 8月中旬にユドヨノ大統領が署名した。夫を含めた相手から受ける性的暴行をレイプと定め、暴行の被害者と、出産で母体・胎児に命の危険がある場合に限り中絶を認めている。夫からの暴行で希望しない妊娠をした場合も証明書類があれば中絶ができる。

明確なプロセス必要 合法化に反対 医師会

 インドネシア医師会(IDI)で法規則や医師指導に携わるナザル医師(65)は、中絶合法化に医師会としても個人的にも反対の姿勢を示している。「医師になったのは人命を救うため。中絶は医師の誓いに反する」と語った。
 ナザル氏は中絶合法化の大統領令を「未完成」と断定する。レイプ被害者の線引きなど中絶対象者の選別を誰が行い、また被害の証明方法をどうするのかなど詳細が決まっていないからだ。具体的な施行方法については現在保健省が協議しているという。
 ただし、ナザル氏は中絶に反対する一方で、保健省の決定次第ですぐに治療ができる技術と体制があると話す。「レイプ被害を証明するのは警察の仕事。施術するのは医者の仕事だ。役割を明確にして仕組みや体制を作るべき」と指摘する。医師会は医療行為に専念し、被害者の中絶を許可する権利はないと強調した。「明確なプロセスと問題を検討することが必要。段階を踏んで施行してほしい」と訴えている。

以下はWHOの『安全な中絶:医療システムのための技術的及び政策的ガイダンス』Safe abortion:Technical & policy guidance for health systemsより、一部仮訳。

IV. 安全な中絶ケアに対する規制政策とアクセスの障害をなくすこと
 法的根拠とその解釈の範囲は、女性の安全な中絶へのアクセスに影響を与える法的・政策的環境の一側面に過ぎません。医療制度やサービス提供の障壁もまた、法律、規制、政策、慣行の中に成文化されている場合があります。中絶に関する情報やサービスへのアクセスを制限する法律、政策、慣行は、女性がケアを求めることを妨げ、冷ややかな効果(報復や罰則を恐れて行動を抑制すること)をもたらします。
 障壁の例は以下の通りです。

  • 合法的な中絶サービスに関する情報へのアクセスを禁止したり、中絶の法的地位に関する公開情報を提供しなかったりすること。
  • 1人以上の医療従事者や病院の委員会、裁判所や警察、親や後見人、女性のパートナーや配偶者からの第三者承認を必要とすること。
  • 必須医薬品の承認が得られないなどの理由で、外科的・医学的な中絶方法を含む利用可能な方法を制限すること。
  • 高度な機器を備えた入院施設の医師など、安全にサービスを提供できる医療従事者や施設の範囲を制限すること。