リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

『指定医師必携』より

特徴的な記述を抜粋します

ここで参照しているのは公益社団法人日本産婦人科医会の『指定医師必携』です。その後、更新されていたら失礼いたします。少なくとも2019年(平成31年3月改訂)の段階では、以下のような文面でした。

p.2
母体保護法の目的:本法の目的は母性の健康を保護することである。


母体保護法の特色:第14条にあるように、人工妊娠中絶を行い得る指定医師の資格審査・指定権を民間団体たる都道府県医師会が持っているということが、他の法律に類を見ない特色である。
 医師に対して法律上の資格を付与されているのは、この母体保護法指定医師と精神保健指定医のみである。後者の指定権者は厚生労働大臣であるが、母体保護法指定医師の指定権限は都道府県医師会が持っている。


単純にここで、なぜ民間団体が指定権を持っているのか、疑問に思いませんか?? せめて、こちらも大臣指定くらいにはすべきでは???

都道府県医師会は、厳格なプロフェッショナル・オートノミーを発揮し、母体保護法の適切な運用に努めている。指定医師もこの点をよく認識し、本法の趣旨に反せぬように十分な自重、自戒が必要である。


母体保護法は指定医師に「特権」を与えています。その特権を「プロフェッショナル・オートノミー」などというかっこいい言葉で「守る」のはズルくないですか? 「我々は専門家なのだから自律しているのだ。国にも誰にも関与させない」と言って、特権を守っているだけのように見えます。また、目的は「母性の健康保護」でしたよね? だったら、未婚女性やDV被害者の女性にまで「配偶者同意」を求め、中絶を拒むのは「本法の主旨」に反していませんか?

p.9
人工妊娠中絶と他の医療との差異

 人工妊娠中絶は、次の諸点において、中絶以外の医療行為とは大きい差異がある。
……人工妊娠中絶以外の医療行為、特に手術は、個人の生命、健康の保持・増進の目的をもって行うものであるが、人工妊娠中絶は生命ある胎児を含む妊娠を人工的に中絶する手術である。


「健康」とは「身体的、精神的、社会的健康」であるということは、WHOが定義しており、他の諸国(たとえばイギリスなど)では、望まない妊娠をした女性が中絶できないことは「精神的健康(苦痛)」の問題だとして合法化しています。なぜ日本の女性は、「望まない妊娠を継続する精神的苦痛(健康の保持・増進ができない状況)」を指定医師に取り除いてもらえないのでしょうか? 逆に言えば、どうして指定医師はそうした「苦痛」を与え続けているのですか?

p.9
中絶は患者の求めに応じて行うものではないこと
 人工妊娠中絶は患者の求めに応じ行うものではなく、中絶の適応があると指定医師が判定した場合のみ行うべきもので、この点が他の医療との大きな差異である。


国連の世界保健機関(WHO)も国際産婦人科連合(FIGO)も、中絶は必要不可欠な医療(エッセンシャル・メディシン)であると位置付けており、第三者の承認がなければ中絶ができないというのは人権侵害だと位置付けています。どうして日本の「指定医師」だけが「判定権」を持てるのでしょう? どうして世界ではスタンダードである患者の求めに応じた中絶(オンデマンド/オンリクエストによる中絶)が日本では行えないのでしょう? 古い法律の方を変えるべきではありませんか? 海外の産婦人科医師たちは、「女性のリプロダクティブ・ヘルス&ライツのため」として法改正などに積極的ですが、なぜ日本の指定医師たちはそういう方向に進まず、女性たちを苦しめる現状を維持しようとばかりしているのでしょうか?

p.10
医師であることだけでは人工妊娠中絶は実施できない。人工妊娠中絶を行うには、民間団体である都道府県医師会に指定権限が与えられている指定医師を取得していなければならない。医師の資格の上に、更に指定医師の資格が必要とされる仕組みになっている。したがって、第三者より、母体保護法の自主的運営の能力について批判を受けないように、指定医師はすべての点について自重しなければならない。


申し訳ありませんが、批判させていただきます。そもそも、1950年代に確立した「そうは」が今も初期妊娠の6割で使われていて、見かねた厚労省が「吸引法」を広めるように依頼しても、新たなガイドラインでは「日本の実情に合わせて併記する」と、海外標準(WHO)の中絶医療を推奨することを求めた私のパブコメに対して回答してきたのは、おそらく「そうは」のことですよね? 海外では吸引法よりもリスクが高いとして半世紀前に淘汰された「そうは」を未だに擁護していること自体、もはや「自主的運営の能力」に欠けていると、私は批判したいです。

p.12
指定医師は、人格、技能および施設の3条件を総合的に審査されるが、とくに更新に当たっては人格の点が重視されるので、指定医師としての品位を疑われるような場合には指定されないこともある。
 すなわち、法の適応を無視して中絶を行ったり、届出の義務(第25条)を履行せぬ場合などである。


日本の中絶の99%が「経済的理由」で行われていると言われていますが、この経済的困窮の度合いは「生活保護」を受けているか、中絶しないとそのレベルになってしまう人のことだと国は明らかにしています。この条件をきちんと満たして初期中絶を行っている指定医師はどの程度いるでしょう? また、中期中絶については、「医学的適応」がある場合のみに認められているはずですが、この条件をきちんと満たして中期中絶を行っている指定医師はどの程度いるでしょう? 非常に疑問です。そもそも日本の法律では認められていない「胎児異常」による中絶も、経済的理由として処理していると聞いていますが、本当ですか? そうだとすれば、法律違反ですよね??

p.13
母体保護法において特筆すべきは、指定医師制度で、これは世界に類例をみないわが国独特のものである。この指定医師は、医師特に産婦人科医の中から人格、技能、設備等について厳重な医師会の審査を受けて指定されるものである。
 診療にかかわる医師には高い見識と職業倫理が求められ、日本医師会からは次ページに掲げた綱領が示されている。職業の尊厳と責任を自覚し絶えず学術面での向上を目指すなど自らを律するとともに、医療を受ける人びとを尊重することが求められている。


世界に類例のない……ということは、世界の標準から全く離れているということですね。また、「職業の尊厳と責任を自覚し絶えず学術面での向上を目指すなど自らを律」してきたなら、1980年代から世界で使われてきた新しい経口中絶薬のことなど、とっくに精通していて、導入しているはずではないのでしょうか? それができていないのは、なぜですか?

p.13
また胎児を取り扱う視点からも、胎児の尊厳に留意し、胎児の持つ個々の多様性と独自性を尊重する姿勢で臨むことは、医師自らが様々な点で多様性を示し、その独自性を相互に尊重していることと同様に、社会的および倫理的にも留意すべき重要なことである。


『指定医師必携』では、胎児や医師の尊厳や多様性や独自性は「尊重」されているようですが、「女性」の尊厳や多様性や独自性にはいっさい触れていません。産婦人科医で、しかも中絶を独占している「指定医師」なのに、女性のリプロダクティブ・ヘルス&ライツに関する記述も皆無です。中絶は「医療」ではないからと言い逃れするのでしょうか? 繰り返しますが、国際的に「中絶」は「必要不可欠な医療(エッセンシャル・メディシン)」だということをご存じないのでしょうか?


そして、わざわざ引用している”医の倫理綱領”日本医師会(2016年10月)では、次のように書いてあります。

p.14
 医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。
1.医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす。

そもそも、”医の倫理綱領”は「指定医師」だけではなく、すべての医師に向けられたものであるのに、ここでわざわざ出していること自体が、倫理綱領を守らない「指定医師」が多いのではないかと邪推したくなります。


また、こと「中絶医療」あるいは「中絶ケア」に関しては、全くもって医学的な知識と技術の改善はなされてこなかったように見えます。さらに、

6.医師は医業にあたって営利を目的としない。


これについては、目を覆いたくなります。多くの母体保護法指定医師が、何よりも自らの利益すなわち「営利」を重視しているように見えるのは、決して私だけではないと思います。


現状、日本で中絶を行えるのが「指定医師」である限り、どうか再考を願います。真の意味でのリプロダクティブ・ヘルス&ライツの担い手になっていただきたいと、心の底からお願いします。