リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

「中絶の権利」の基本的な考え方

とりあえずまとめてみました

 中絶は世界中で女性の4人に1人が生涯に一度は必要とする医療処置で、今では国連レベルではすべての女性と少女に安全な中絶にアクセスする権利があると人権規約の一般勧告で宣言しているほど重要な問題だとされています。ところが日本では搔爬という手術が70年間も使い続けられることで、中絶はいやなもの残酷なものとしてタブー視されてきました。
 日本では戦後の優生保護法(1948年)で合法的に中絶が行われるようになったのですが、その頃は欧米ではまだ中絶は違法でした。そこで日本の医師たちは、明治時代にドイツから入ってきた流産の後処置であった搔爬法を導入し、この「危険な方法」は産婦人科医の中でも特別の訓練を受けた者でなければ扱えないと主張して、指定医師制度を作りました。
 一方、海外では女性解放運動(ウーマンリブ)の結果、1970年代に女性の権利としての中絶が次々と合法化されていきました。その際に、欧米の医師たちは「搔爬法」は違法の堕胎師が用いる危険な方法だと考え、必死に新しいより良い方法はないものかと求め、その結果、プラスチック製のカニューレと呼ばれる管を用いた吸引法を導入しました。
 1970年代のことです。日本の医師のごく一部は吸引法を取り入れましたが、それ以外の指定医師たちは「慣れた方法の方が安全」とうそぶいて、搔爬を使い続けました。実際、搔爬の方がコストが低いこともありますが、吸引法を導入してしまうと指定医師の存在意義が薄れるというのも医師たちが吸引法に移行したがらない背景にあると考えられます。
 私自身も40年前に中絶と流産を経験しており、22年前に娘を産んだ時に、娘たちが大人になるまでに日本の中絶状況を変えたいという思いで大学院に入って研究を始めたという経緯があります。
 女性の妊娠を防ぐための薬には3種類あり、第一が普段から避妊をしておくための低用量避妊ピル(低用量と言っているのは、ホルモン量のことで、高容量のものは婦人科の治療で用います)、避妊なしに又は避妊に失敗した性交の直後に服用する緊急避妊薬、最後の一つが今回承認申請が行われた中絶薬(人口流産薬)です。
 日本の産婦人科医たちは緊急避妊薬の薬局販売を求める運動に対してもずっと反対の姿勢を示しています。
 昨年末に承認申請が行われた中絶薬に関しては、「従来の手術と同等の10万円程度の価格にする」「当面はすべて入院して服用させる」「母体保護法指定医のみが処方できるようにする」と言っています。
 海外ではこの中絶薬は1988年から使われており、WHOは2003年に薬による中絶は、吸引法に並んで安全な方法と位置付けています。
 中絶薬は中絶の方法を様変わりさせ、人々の「中絶観」も変えてきました。従来、中絶に猛反対してきたカトリックの国々であるアイルランド、アルゼンチン、メキシコなどでも、近年になって中絶を合法化する方向に転換しています。中絶薬で初期のまだ「胎児」にもならないうちに妊娠を終わらせることは、自然流産とほとんど変わりないことだと感じる人が増えたのだと思います。
 それだけではなく、現代人にとって避妊と中絶は不可欠なものになっています。100年前の女性は、嫁いでから次々と子供を産んで更年期も経験することなく40代で死亡するのが平均的でした。母乳育児の期間も長かったため月経が止まっていることが多く、生涯の月経回数は50回程度だったと言われています。
 ところが、現代の女性は栄養状態が良くなったので初経が早まり、閉経までの時期も長くなっています。子供を産み始めるのも平均30歳前後で、産んだとしてもせいぜい2人で母乳をあげている期間も短い。そのために、生涯に回ってくる月経回数は450回にもなっていると言われます。この月経回数の急増は子宮内膜症などの病気も増やしていると言われますが、「望まない妊娠」をしてしまう可能性も高めています。
 現代の女性にとって避妊と中絶が不可欠だというのは、この月経回数の変化のためでもあります。
従来の日本の中絶はとことん「医療化」されてきましたが、WHOは薬を用いた妊娠初期の中絶は「セルフケア」だと位置付けています。中絶薬はWHOの必須医薬品リストの中でも〈必須中の必須の薬〉だとされる「コアリスト」に2019年に入っています。
 翌2020年にコロナ・パンデミックが始まった時に、国際産婦人科連合は「パンデミックの間、中絶薬をオンライン処方して、女性が自宅で服用できるようにする」ことを各国に求めました。
その1年後にあたる2021年の3月に、国際産婦人科連合は、「1年間の経験から、中絶薬の自宅服用は全く問題がないことが分かった。今後はこの方法(オンライン処方と自宅服用)を恒久化してください」と宣言しました。
 中絶薬はそこまで安全で確実な薬なのです。厳重に取り締まろうとするのでは、使えなくなってしまう女性たちが出てくるばかりです。
 今でも、配偶者の同意を得られなかったり、中絶費が払えなかったりして、中絶にたどり着けない女性たちがいます。特に若い女性が日本ではあまりに守られていません。
 イギリスやフランスでは、避妊も中絶も健康保険がきくため実質無料です。女性にとっては「不可欠なもの」だからです。「生理の貧困」対策のために月経用品が無料で配布されるようになったのも、基本的に同じ考え方に立っています。
中絶が女性の人権だというのは、女に生まれた人間にとって不可欠なものだからなのです。
 月経も避妊も中絶もお産もすべて「保険診療外」にしている日本のシステムがおかしいと思います。女性しか必要としない医療を「自由診療」にして、法外な値段をつけてきた従来の日本の政策が女性差別的なのです。中絶薬の承認を機に、中絶医療のありかたはもちろん、産婦人科医療のありかたをすべて見直すべきだと、私は考えています。
母体保護法指定医師制度は、もはや女性を守るものではなく、指定医師の利権を守るものになってしまっています。
 妊娠12週以降は中期中絶と言われ、日本では死産届や埋葬が義務付けられているばかりか、普通の出産と同じ「出産育児一時金」がもらえることになっています。
 そのため、お金がない女性は妊娠12週以降まで待たせて中絶を行い、「出産一時金」を着服する医師がいることが昨年「中絶ビジネス」として問題になりました。
 本来、中絶は妊娠週数が早ければ早いほど安全なので、「待たせる」こと自体が医師としての倫理に反しています。
 中絶は自由診療なので、たとえば、妊娠初期の中絶を20万円くらいに設定しておき、12週を過ぎると5万円に設定しておけば、お金のない女性たちは12週以降まで待つよう誘導されます。
 母体保護法指定医師の団体である日本産婦人科医会の幹部の病院で、そうした値段設定をまさにしている事例があります。幹部がそのようにすることで、範を示しているのかもしれません。
 海外の産婦人科医や助産師たちに、「日本では中絶の大半でまだ搔爬が使われている」というと、ものすごく驚かれます。海外の医療者にとって搔爬は全くもって時代遅れの手法だからです。
 海外では吸引は助産師などの中間レベルの医療職でも行える処置だと考えられており、国際助産師連盟は吸引や薬の処方による中絶は自分たちの業務だと宣言しています。ただの産婦人科医でも中絶は行ってはならない、指定医師でなければやってはいけないとする「業務独占」は、全く無意味で、女性たちの中絶医療へのアクセスを阻み、値段を吊り上げることになってしまっています。
 中絶薬の世界的な平均卸値は700円台です。価格が安いことも、この薬が必須医薬品コアリストに選ばれた理由の一つなのです。必須医薬品に高額の値段をつけて、使える人を限定してしまうのは間違っています。海外では最も貧しい人に基準を合わせるべきだと言われています。
 私は中絶薬の承認に向けて5つの提言を出し、仲間と一緒に署名集めもしています。


【私たちの5つの提言】
1.望まない妊娠をした女性の選択肢のひとつとして、中絶薬を速やかに承認してください。
2.中絶薬を適正な価格で提供し、経済状況に関わらず、必要とするすべての人が使えるようにしてください。
3.女性を不当に苦しめ、中絶へのアクセスを阻んでいる刑法の堕胎罪と母体保護法の配偶者同意要件をなくしてください。
4.住んでいる地域によって中絶が受けられないことがないように、また女性のプライバシーを守るために、中絶薬のオンライン診療と自宅での服用を解禁してください。
5.中絶へのアクセスを改善し、価格を下げるために、中絶薬を取り扱える職種を増やしてください。


仲間と署名も集めています。
署名のURLはこちらになります🙇⋱↓↓↓
https://chng.it/75Bj9vSf