リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

中絶医療の制限で女性の自殺率上昇

中絶医療の制限で女性の自殺率上昇

 米国では多くの州で人工妊娠中絶権が制限されており、その是非が政治的対立軸として社会に影響を及ぼしている。中絶医療へのアクセス制限は生殖年齢にある女性のストレスや不安と関連するが、自殺との関連を検証した研究はない。米・Wharton School of the University of PennsylvaniaのJonathan Zandberg氏らは、中絶医療の制限が生殖年齢女性の自殺率と関連することをJAMA Psychiatry(2022年12月28日オンライン版)に報告した。(関連記事「人工妊娠中絶権を奪う米最高裁判断に抗議」「NEJMが中絶否定の米最高裁判決を非難」)


TRAP法施行と生殖年齢女性の自殺率の関連を検討
 米国では1970年以降、州単位で中絶を制限する法律が制定されており、その中には妊娠6週以降の中絶を禁止するものも含まれる。中絶経験がうつ病や自殺未遂などの精神衛生上の負の転帰と関連するとの報告がある一方で、中絶可能期間中に手術を受けた女性と比べ、期間外であるために手術を拒否された女性ではよりストレスと不安が強いとの報告もあり、中絶医療へのアクセスと生殖年齢女性の自殺率の関連を検証した研究はない。

 そこでZandverg氏らは、州ごとに異なる中絶・生殖医療に対する規制の年次変化について評価するため、中絶医療従事者の規制に関する法律である外来手術センター法、入院特権、転院協定から成るTargeted Regulation of Abortion Providers(TRAP)法を指標とするTRAP法指数(範囲0〜3)を算出。生殖年齢(20〜34歳)および生殖年齢以降(45〜64歳)の女性における州単位の年間自殺率、自動車事故による死亡率との関連を検討した。調査期間は、米国で中絶手術が行われた最初の年である1974年からTRAP法の完全データが入手可能な最後の年である2016年までとした。なお、規制施行年が州によって異なるため、追跡期間は州ごとに異なる(範囲4〜40年)。


生殖年齢女性の自殺率は5.81%上昇
 調査期間中に21の州で少なくとも1つのTRAP法が施行されており、自殺による死亡の10万人・年当たりの発生率は生殖年齢女性で1.4〜25.6、生殖後年齢女性で2.7〜33.2だった。生殖年齢女性の自動車事故による死亡の10万人・年当たりの発生率は2.4〜42.9だった。

 生殖年齢女性において、TRAP法が施行されていない場合の10万人・年当たりの自殺率の加重平均は5.5であった。TRAP法の施行は、生殖年齢女性の自殺率の有意な上昇と関連したが〔非正規化係数(β)=0.17、95%CI 0.03〜0.32、P=0.02〕、生殖後年齢女性との関連は認められず(同0.06、−0.01〜0.24、P=0.47)、生殖年齢女性の自動車事故による死亡率との関連もなかった(同0.03、−0.04〜0.11、P=0.36)。TRAP法の施行は、施行前と比べ自殺の年間発生率を5.81%上昇させたと推計された。この傾向は、TRAP法指数を全米妊娠中絶・リプロダクティブ・ライツ行動同盟(NARAL)による17項目のカテゴリーから算出した加重・非加重アクセス指数に置き換えた検討でも同様であった。

 以上から、Zandberg氏は「米国における中絶医療へのアクセス制限は生殖年齢女性の自殺率上昇と関連しており、自殺の危険因子と考えられる。自殺予防策に反映させるには、中絶医療へのアクセスに影響を及ぼす要因と自殺リスクとの関連についてさらなる研究が必要だ」と結論している。

(編集部)