リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

なぜ厚生労働省の「中絶薬危険」印象操作が問題なのか

2004年10月の厚生労働省医薬食品局 監視指導・麻薬対策課の報道発表資料「個人輸入される経口妊娠中絶薬(いわゆる経口中絶薬)について」

「中絶薬は危険だ」と誤解させる記述の問題性をあぶりだすための対話。

①「ときに手術が必要となる出血等の危険性がある」
・まず、「出血」すること自体はこの薬の過程で必ず起こることで異常ではありません。
・中絶が完了しないために外科的手術が必要になることはありますが、異常な出血のために緊急処置としての手術が必要となるわけではありません。
・またここで言われている「手術」は、日本の医師の大半が行っている「全身麻酔下」での「搔爬手術」が想定されているものと思われますが、海外では(特に妊娠9週までの初期であれば)「歯医者のような局所麻酔」をかけて「吸引処置」(手術とは呼ばないほど簡単な操作)を手動吸引器または電動吸引機で行います。(患者の希望などのために)「全身麻酔」をかける場合も、3分間ほど意識を消失させているあいだに2分間程度で「吸引」を行って終わりだそうです。(オーストリアの医師の談)
・また海外では、中絶薬に起因する大出血の危険があるとは全く言われていません。何かしら別の症状をもっているのに気づかなかった場合に異常出血が起こることはあるかもしれませんが、きちんとした問診(スクリーニング)を行っていればそうしたリスクは非常に低いと思われます。
・不完全な中絶(不全流産)のために出血が続くことはあります。しかし、出血量が重篤でない場合には経過観察することも多いし、患者と相談してミソプロストールを再度投与するか、医師と患者の合意の上で外科的処置を行うことはあります(患者がさっさと終わらせたいというケースもよくあります)。必ず「手術」をしなくてはならないわけでは全くありません。


②「敗血症等の重大な細菌感染症や子宮外妊娠患者への投与による卵管破裂のリスクがある」
・重大な細菌感染症(Clostridium sordelliiというごく稀な最近)による敗血症の疑いが出たのは2004年頃のアメリカでの話で、その時米食品医薬品局は(念のために)死者が出たことを警告するラベルを製品に付けるように指導しました。厚労省が危険情報の出所としているのはその時の「警告文」です。しかし、その後も中絶薬使用後にこの細菌による中毒性ショックで死亡した事例が全世界で通算10件(アメリカ8件)確認されましたが、これは年間5600万件にも上る中絶が何十年か行われてきた中で起きていることであり、また薬そのものの副作用であるとは断定されていません。
アメリカでは死亡した患者のほとんどがミソプロストールを経腟投与していたことがほどなく判明したために、膣に入れる際に細菌がまぎれこんだのではないかと疑われ、アメリカのみならず全世界的に現在の標準的な服用法はバッカル(頬と歯ぐきのあいだに薬を置いて溶かす方法)に変わりました。
・子宮外妊娠の可能性は問診によって十分除外できると考えられています。妊娠初期ではエコー検査で見逃がすこともあるため、エコーで見落としているのに「誤診」したままで症状が出ているのに気づかない方がかえって危険だと考えられています。コロナ禍以降は不必要なエコー検査は行わないことが徹底されるようになり、昨年3月に出たWHOの新しい『アボーション・ケア・ガイドライン』では「エコー検査をルーチンに行わないこと」が奨励されています。
・薬による中絶治療後に子宮外妊娠と診断される頻度が非常に低いことが明らかになっているため、医療従事者が子宮外妊娠の患者を除外するために用いる治療前の様々なスクリーニング検査(主に問診ですが、自分や家族に既往のある患者についてはエコー検査を行うなど)は成功していると考えられています。さらに、薬による中絶治療が、子宮外妊娠の女性に異常な合併症を引き起こすことを示唆する証拠はありません。(Caitlin Shannon et al. 2004)


③「中絶薬自体が怪しいものだという印象を与えていることは問題か」
・そのとおりです。中絶薬に関して「正しい情報を得ること」も女性とすべての妊娠しうる人の人権です。その正しい情報に基づいて「安全な中絶を提供されること」も、科学の進歩を享受することも人権として保障されるべきなのです。(WHO 2022)
・中絶が危険なものであると仄めかすことで、安全な中絶にアクセスしにくくすることは、上記の権利保障に対して不当に「障壁」を作ることであり、人権規約の社会権規約自由権規約の両方に反しています。

最後に。何十年もかけてこの薬ほど安全性と有効性を示すエビデンスが山ほど積まれてきた薬はありません。世界中で反中絶派の反対が強いからこそ、「安全な中絶」であることがくりかえし確認されてきた中絶薬について、危険なものだと誤解させる印象操作を政府が行っていることは、結果的に日本女性の権利行使を阻んでいることになり、非常に大きな人権問題です。「日本政府のしていることは女性差別であるばかりか、科学に対する冒とくでもある」とさえ言われているのです。


ほぼ同時期に登場したバイアグラについては、どれほど死人が出ても制限なしで使われ、中絶薬については「ゼロリスク」ではないことを理由に規制される……要はこの薬の問題はジェンダーの問題なのです。