朝日新聞 2023年5月18日
(社説)飲む中絶薬 負担の軽減につなげよ
人工妊娠中絶のための飲み薬が、国内で初めて実用化されることになった。
望まない妊娠と中絶は、女性の心と体に大きな負担を与えるものだ。それを軽減する選択肢として、当事者が安心して利用できるよう、政府や医療関係者は工夫をこらしてほしい。
21年度の人工妊娠中絶は約12万6千件。子宮内を器具でかきだす掻爬(そうは)法、器具で吸い出す吸引法が用いられてきた。しかし、世界保健機関(WHO)は経口中絶薬と吸引法を「安全で効果的な方法」として推奨する一方、子宮を傷つけるおそれのある掻爬法は「廃れた方法」として置き換えを促して久しい。
海外では1980年代以降、経口薬の使用が広がり、80以上の国・地域で用いられているが、日本での導入は遅れた。
今回承認された中絶薬は妊娠初期が対象で、英国の製薬会社が21年12月に承認申請していた。2種類の薬を36~48時間空けて服用するもので、国内の治験では24時間以内に93%が中絶に至った。
中絶薬が各国で普及した背景には、高い安全性や効果に加え、手術や入院を必要とせず自己管理でき、プライバシーが保護される点にあるといわれている。コロナ禍でオンライン診療と郵送による処方も広がった。
初導入となる日本では、当面の間、入院施設のある医療機関が処方する。高い安全性が認められているとはいえ、医師が経過を確かめ、知見を共有することは、薬を定着させていくうえで必要なプロセスだろう。ただし、本来、入院を伴わずに処方されている薬であり、一定期間後の再検討は不可欠だ。
中絶は自由診療で、この薬自体は高価ではないものの、費用は医療機関しだいという。従来の中絶より負担を軽くする配慮も求めたい。
手術だけを前提にしてきた現行の母体保護法指定医のしくみも、包括的に見直すことが必要になってくる。
方法の選択肢が広がっても、中絶をめぐる状況には課題が残っている。形骸化しているとはいえ刑法には堕胎罪があり、中絶を罪悪視することにつながっている。女性自らによる堕胎は対象から外すべきだ。
また、母体保護法には中絶に本人だけでなく配偶者の同意を求める規定があるが、女性が妊娠・出産について自ら決める権利を尊重することとの矛盾が大きい。夫との関係が破綻(はたん)している場合は本人の同意で足るとするなど運用は見直されてきたとはいえ、規定自体をなくすべきだ。国際NGOによると同様の規定があるのは、中東など約10の国・地域にとどまる。