日本の中期中絶でもっぱら行われているのはプレグランディン膣坐剤を使った「分娩法」
人間の妊娠期間は約40週である。日本では刑法堕胎罪によって妊娠全期間にわたって「堕胎行為」は犯罪とされている。しかし、母体保護法で違法性が阻却される(合法的であることにされる)条件が定められており、それに則って母体保護法指定医師が行う場合には合法の人工妊娠中絶であるとみなされる。日本では妊娠12週未満までの中絶を初期中絶、満12週から妊娠22週未満まで の中絶を中期中絶と分類してきた。長らく初期中絶は掻爬および/または吸引による外科的手法で、中期中絶はプレグランディンという膣坐剤を用いて子宮を収縮させ、分娩させる方法(分娩法)で行われてきた。妊娠初期と中期の中絶は、手法のみならず法的な扱いも変わる。12週以降の中期中絶 は、胎内で死亡した胎児を分娩する「死産」と同等に扱われ、市区町村への届け出と埋葬が義務付けられている。
なお、日本では中絶も出産も健康保険の対象外であり、各医療機関が自由に医療の内容と価格を決定できる。妊娠12週までの初期中絶は一般に10万円程度といわれており、通常は高くても20~30万円程度である。一方、出産費用はここ30年ほどのあいだに高騰してきた。1994年に「分娩費」と「育児手当金」を一本化して、「出産育児一時金」制度を創設した時には、家庭負担軽減のために一律30万円が健康保険組合から組合員(産婦当人またはその配偶者)に支給されることになった。ところがこの一時金の額は、2006年には35万円、2009年には1月に38万円、10月に42万円へと上昇した。出産数の減少に伴い、収入減を恐れた医療機関が、確実に入ってくる一時金を上回る金額に設定し、当事者から徴収することで、徐々に値上げをしていったためだと考えられる。しかも、42万円に設定された2009年10月の時点で、一時金は組合員を介することなく(組合員がいったん高額な出産費用を立て替えておき、後で補填されるのではなく)直接核医療機関に払い込まれる方式を選べるようになった。厚労省はこの金額を恒久化するとしていた。しかし、少子化対策を理由に、2023年4月には50万円へと大幅な引き上げが行われた。
ここでは、こうした出産費用や出産育児一時金の値上げの良し悪しを評価することは置いておく。問題は、この出産育児一時金が中期中絶を含む「死産」に対しても、通常の「出産」とほぼ同様 の額が支給されていることである。つまり、妊娠12週を過ぎると高額な一時金が下りることを利用して、初期中絶より中期中絶の方が本人負担のかからないことをアピールして、実質的に中期中絶に誘導するケースが絶えないことである 。当然ながら、中絶を行うのであればより早いタイミングで行う方が、本人に対する健康上のリスクは少なくなる。ところが、中絶費用を自費で賄えない人に対して中絶のタイミングを後ろ倒しに誘導し、医療機関が一時金を着服する「中絶ビジネス」の問題が起きている。この問題は2021年の国会でも取り上げられたが、中絶は「保険外診療」であるために、国が各医療機関の中絶料金を規制することはできない。
では、12週以降の中期中絶はどのように行われているのだろうか。先に述べた通り、日本では、1984年に承認されたプレグランディン膣坐剤を用いた「分娩法」が一般的である。プレグランディンは膣内に薬を挿入し、粘膜から成分を吸収させることで子宮を収縮させ、経腟で妊娠産物を外に押し出す。この方法は「分娩法」と呼ばれることもある。
しかし、プレグランディンは、このたび日本でも初期妊娠中絶に承認された「メフィーゴパック」の第2剤ミソプロストールと同じ働きをする薬で、プレグランディンだけでは確実に妊娠を終わらせることができない。つまり、ごくまれな「事故」ではあるが、胎児が「生きたまま」生まれてくることがある薬だという事実が長いこと伏せられてきた。
そうした「事故」は、「中絶」を望む女性はもちろん、それを介助した医療者も苦しめてきた。プレグランディン単体での中期中絶はやめるべきであり、薬を使った中期中絶を続けるのであれば、ミフェプリストンとミソプロストールを併用すべきだと、私は思う。