リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

指定医師のアンダーコントロールにある日本の中絶(2)

「治療的流産」とは?

 ところで、従来の日本の中期中絶(最後の月経から数えて12週以降)は、プレグランディン膣坐剤(膣内の粘膜を通じて徐々に成分を吸収させる薬)を使って、人工的に流産させるのが一般的である。プレグランディンは1970年代に日本で開発され、1984年に優生保護指定医師が行う「妊娠中期の治療的流産」に限定して承認され、要指定薬、劇薬として厳重な規制がかけられた。
ちなみに、治療的流産とは古い言葉で、まだ中絶が厳禁だった欧米で、「女性の命が危険」なときに限って行う中絶のことを指していた。たとえば1965年のニューヨーク州法では、母親の生命を保続させる目的の「治療的流産」しか許されていなかった 。MSDマニュアル家庭版では、「治療的流産(誘発による):母体の生命や健康が危険にさらされる場合や胎児に大きな異常がある場合に、医学的な手段(薬や手術)によって誘発された流産」と説明されている 。
では、治療的流産は日本ではどのように定義され、どんな場合に該当すると考えられているのか。日本産科婦人科学会(以下、学会)と日本産婦人科医会(以下、医会)の各々のホームページで「治療的流産」を検索してみたが、何も出てこない。学会と医会が共同編纂している『産婦人科診療ガイドライン――産科編』2020年版には、「CQ205 妊娠12週未満の人工妊娠中絶時の留意事項は?」という項目はあるが、妊娠12週以降の「中期中絶」の説明は皆無であり、「プレグランディン」「ゲメプロスト」「治療的流産」といった言葉も見当たらない。
 医会のホームページに掲載されている2017年の「研修ノート」の中にはかろうじて記述が見つかった。 
 「No.99流産のすべて III.流産の処置 5.後期流産の処置」の中に「プレグランディン」がある。しかし、ここには薬を使う手順が示されているだけで、プロセスの一環として「治療的流産」に該当するかどうかの判断を行うことは全く記載がなく、何が「治療的流産」に当たるのかの定義もない。
 2022年4月に医会で行われた記者懇談会の資料「安全な人工妊娠中絶手術医ついて」も同様で、ラミナリアなどの頸管拡張材で前処置をしておき 、子宮収縮薬(膣坐薬)を用いる手順は説明されているが、やはり「治療的流産」への言及は皆無である。
 現実に日本では、出生前診断の結果としての中期中絶が広く行われている が、それが「治療的中絶に当たるかどうか」の議論は聞いたことがない。どうやら日本では、特に根拠もなく、指定医師が「これは治療的流産だ」と言えばそれですみ、実際には自由に中絶が行われているようである。これではプレグランディンに「厳重に規制」をかけた意味はない。実のところ、「厳重な規制」が効果を上げているのは、薬の流通を制限し、管理を強化することで、「指定医師しか使えない」ように特権化しているところだけである。