リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

国連ビジネスと人権作業部会の声明:ジャニーズだけに集中してはもったいない!

国連ビジネスと人権の作業部会 ミッション終了ステートメント 東京、2023 年 8 月 4 日

訪日調査、2023 年 7 月 24 日~8 月 4 日

ミッション終了ステートメント(日本語)

一部抜き書きします。

日本は 2020 年、アジア太平洋地域の国としては 2 番目に、ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)を策定するとともに、2022 年には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重の ためのガイドライン」を発表しています。

 NAPも上記ガイドラインも全く知らなかった。参照してみたら、確かに「良さげなこと」が書いてあるが、全く実行に移されているとは思えない。特にガイドラインの方では、「2010 年 3 月に、国連と企業の自主的な盟約の枠組みである国連グローバル・コンパクトと国連婦人開発基金(現 UN Women)が共同で作成した 7 原則である、「女性のエンパワーメント原則【引用者注:Women's Empowerment Principles: WEPs】」が参考になる(https://www.gender.go.jp/international/int_un_kaigi/int_weps/index.html)。」「ジェンダーの視点について、人権及び多国籍企業並びにその他の企業の問題に関する作業部会のレポート「Gender dimensions of the Guiding Principles on Business and Human Rights」( https://digitallibrary.un.org/record/3822962)が参考になる。」と書いてあるが、どれだけ「参考」にして「対策を練って来た」のかは、かなり怪しい。

人権を保護する国家の義務
 私たちは、NAP 策定に向けた政府の取り組みを歓迎します。また、NAP の策定に先立ち、その実施を指導する諮問委員会と作業部会を設置することにより、政府がマルチステークホルダー型の2プロセスを確保したことも多とします。しかし、特に東京以外の地方では、UNGPs と NAP に対する認識が全体として欠けている現状が見られました。政府は UNGPs と NAP に関する研修と啓発の実施で、主導的な役割を担うべきです。
 47の全都道府県で、企業や企業団体のほか、労働組合市民社会、地域社会の代表、人権活動家など、あらゆる関係者に、UNGPs と NAP に基づくその人権上の義務と権利を十分に理解させる必要があります。これまでのところ、こうした関係者が NAP の策定に十分に関与した形跡はなく、地方では、NAP の存在それ自体を知らないとするステークホルダーも多くいます。また、NAPのステータスについての透明性が欠けていることもあり、UNGPs の実践はおろか、日本における人権保護にギャップが生じているとの意見も、さまざまなステークホルダーから聞かれました。
 このような中で、NAP の中間見直しプロセスは、政府が関連のあらゆるステークホルダーを巻き込む機会となります。中間見直しでは、移民労働者など、社会から隔絶されたコミュニテ ィに対する人権侵害に特に注意を払うとともに、NAP 改訂に関する作業部会によるこれまでのガイダ ンスに沿い、救済へのアクセスと企業のアカウンタビリティを強化すべきです1。改訂版 NAP では、ビジネスと人権の政策に関するギャップ分析を取り入れ、優先課題を洗い出すとともに、あ らゆる関係者の明確な責任や時間軸、成否を監視、評価するための主要実績指標(KPI)を含む実施形態を明らかにすべきです。……

救済へのアクセス
国家司法メカニズム
 作業部会は訪日調査中、日本での裁判所へのアクセスに対する障壁を含め、司法と実効的救済へのアクセスに関し、特に懸念される分野を特定しました。私たちが確認した重大問題の一つに、UNGPs や、LGBTQ+の人々に関するものなど、事業活動の関連で生じるさらに幅広い人権問題に対する裁判官の認識が低いことが挙げられます。これに対処するため、私たちは、裁判官や弁護士を対象に、UNGPs に関する研修を含む人権研修の実施を義務づけることを強く推奨します。
 また、裁判手続きが長く続くことで、救済へのアクセスが妨げられているとするステークホルダーもいました。また、刑が軽かったり、判決が履行されなかったりすることで、金銭その他の補償が十分に得られないという証言も聞かれました。
 私たちは、政府の資金拠出により 2006 年に設置された日本司法支援センターが、外国人と十分な資金を持たない日本人に無償で法律サービスを提供していることを歓迎します。政府は特に、社会的に隔絶された集団に対するこのプログラムの視認性を高め、司法へのアクセス改善 を図るべきです。また、法務省からは、人権に対する認識を高めるための人権推進・保護活動や、民事訴訟手続きのデジタル化など、救済へのアクセスに便宜を図る取り組みを行っていることもお聞きしました。

リスクにさらされているステークホルダー集団
女性
 日本で男女賃金格差がなかなか縮まらず、女性の正社員の所得が男性正社員の 75.7%にすぎないことは、憂慮すべき事実です。日本のジェンダーギャップ指数のランキングが 2023 年の時点で 146 か国中 125 位と低いことを考えれば、政府と企業が協力し、この格差解消に努めることが欠かせません。女性はパートの労働契約を結んでいることが多く、非正規労働者全体の 68.2%と高い割合を占めている一方で5、男性の非正規労働者の 80.4%の賃金しか稼いでおらず、日本の労働構成におけるジェンダーの不平等をよく物語っています。政府が最近、大企業を対象に、格差を開示するよう義務づけたことは称賛できますが6、この取り組みをさらに拡大することで、ジェンダー性的指向に関係なく、すべての労働者が平等な賃金と機会を得られるようにするための包括的対策みの確保が欠かせません。
 さらに、2018 年には「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」が採択され、 「第 5次男女共同参画基本計画」も承認されてはいるものの、企業幹部に女性が占める割合は 15.5%にすぎないことを考えれば、女性の社会進出の遅れは依然として、官民がさらに懸念すべき動向となっています。女性が昇進を阻まれたり、セクシュアル・ハラスメントを受けたりする懸念すべき事例が報告されていることは、リーダーシップと決裁権者のレベルでジェンダーの多様性 を促進する必要性を物語っています。性差別と闘い、安全で各人が尊重される職場を作るためには、政府が厳格な措置を導入するとともに、企業がこれを実施に移さねばなりません。

藤田早苗氏(エセックス大学人権センターフェロー):「人権」を軽視する日本社会~「ジャニーズ問題」にも言及?!国連の声明・勧告は何を意味するのか。(イミダス 2023/11/09)

ジャニーズに集中したメディア報道

 私は2013年から、日本の人権問題に関して、国連の人権専門家や国際人権NGOへの情報提供・意見交換などを続けてきました。今回の「ビジネスと人権」作業部会の訪日調査にも準備段階から関わっていたのですが、8月4日の記者会見を見ていて、「やっぱり」と思いながらもがっかりした気持ちになりました。
 というのは、出席していたメディアからの質問が「ジャニーズ問題」ばかりに集中して、他の人権課題についての質問がまったくと言っていいほど出なかったからです。訪日調査団の事務局も同じような感想を述べていました。調査団は12日間にわたって日本に滞在し、東京だけでなく大阪、愛知、北海道、福島などを訪問。それぞれの地で、政府や地方自治体の関係者、企業関係者などの聞き取り調査を重ねました。その成果としての記者会見だったのに、あまりにももったいなかったと思います。
 国連が日本の人権状況について提言や要望を示すのは、もちろんこれが初めてではありません。国連の人権機関──国際的な人権条約に基づく「人権条約機関」や、国連憲章に基づいて活動する「人権理事会」の特別報告者 や作業部会が、これまでにも日本政府に対してさまざまな勧告を行ってきています。しかし日本政府は今回も含め、そうした勧告は「法的拘束力を有するものではない」から従う義務はないという態度をとり続けてきました。
 たしかに、勧告は法律ではありませんから、その意味では「法的拘束力はない」と言えるのかもしれません。しかし、こうした勧告は誰かが思いつきで言っているわけではなく、人権に関する専門家たちが調査を重ね、国際的な人権条約や国連憲章に照らし合わせて作成したものです。そして各国政府は、自分たちが批准した条約に当然拘束される。「法律ではないから拘束されない」と言って済まされるものではないことは、日本国憲法第98条2項の「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」を見ても明らかです。
 しかも日本は、人権理事会が2006年に設立されて以降、ほぼずっとその理事国を務めています。いわば、特別報告者制度をはじめ国連が人権を守るための仕組みを「つくる」「サポートする」側にあったわけです。拘束力がない云々という以前に、大事なものだからこそ仕組みを整える側に立ってきたのではないのか、それを自分たちが無視していいのか、ということも問われるのではないでしょうか。

人権教育がなければ、自分の権利さえわからない:

 この背景にあるのは、日本ではまともな人権教育がほとんど行われていないという事実ではないでしょうか。道徳教育ではよく「思いやり」や「親切」が強調されますが、人権は個人の思いやりや親切だけで 守れるようなものではありません。
 国連人権高等弁務官事務所は、人権について次のように説明しています。

生まれてきた人間すべてに対して、その人が能力・可能性(potential)を発揮できるように、政府はそれを助ける義務がある。その助けを要求する権利が人権。人権は誰にでもある。(藤田早苗著『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』より)

 つまり、人権を実現するためには政府が義務を遂行しなくてはならない。そして、その義務の内容を具体的に示しているのが、各種の国際人権条約なのです。
 ところが、そうしたことは学校ではまったく教えられません。「そもそも人権とは何か」「なぜ守らなくてはならないのか」を多くの人が、そしてメディアも理解していないから、政府が国民の人権を守らないような施策を進めても、政治家がとんでもない発言をしても、「おかしい」と気づけないのだと思います。
 そして、人権について理解していなければ、自分の人権が侵害されても「被害を受けた」と気づけず、声をあげることができません。ジャニーズの問題でも、被害を受けた人たちが「当時は性被害だと気づかなかった」「性被害だとわかっていたら逃げ出していた」などと発言していました。その意味でも、「自分には人権がある」と認識することは重要なのです。

 では、人権を理解するための教育には、何が必要なのか。まず前提となるものの一つは、しっかりとした歴史教育だと思います。私が住んでいるイギリスも、植民地支配や奴隷貿易など、過去にさまざまな人権侵害を行ってきました。ただ、日本と違うのはそうした「負の歴史」と向き合い、子どもたちにも教えようという動きが強まっていること。学校の授業の中でも、イギリス、そして欧州全体がどのような過ちを犯してきたかを振り返り、それによって自分たちが得てきた特権について考える。その上で、すべての人には生まれながらにして人権があるんだということを伝え、「その人権を守るために何ができるか考えて、行動してみましょう」と呼びかけるのです。
 そうした教育を受ける中では、難民の人たちに対しても「助けなきゃ」という気持ちが自然と生まれてくるのではないでしょうか 。さらには、自分の国の中でも自分は特権を得ている側だ、だったらそうではない人を助けようという気持ちにもなるかもしれない。この国で寄付やチャリティーが非常に盛んなのは、そういう理由もあると思います。
 もちろん、イギリスの人権状況が完璧なわけではありません。人種差別や女性差別もいまだに根強くあります。それでも、その状況を変えていかなくてはならないという動きがあることを強く感じるのも事実なのです。
 子どもたちが普遍的な人権概念について学ぶことは、そのまま社会全体の価値観の変化へとつながります。日本でも、なんとなく「人に親切にしましょう」「差別はやめましょう」と標語のように呼びかけるのではなく、しっかりとした歴史教育をした上で、人権とは何なのか、たとえば世界人権宣言にはどんなことが書いてあって、自分にはどんな人権があるのか、守るためにどんな手段があるのかということを、子どものときから明確に教えていく必要があると思います。

救済のために:

 あわせて、強く必要性を感じるのは、政府からも独立し、独自の調査権限を有する国内人権機関の設置です。人権侵害を受けた人が被害を訴えやすくするだけでなく、そこが主軸となって、人権に関する教育や啓蒙活動を行っていく。多くの国々ではそうした人権機関が存在しており、フィリピンなどではその機関の職員たちがジープに乗って山奥まで啓蒙活動に走り回っている、だからどんな田舎の小学校にも「人権」という言葉が掲げられていたりするという話を聞きました。日本もこうした人権機関を「遅延なく設置するように」と、何度も国連から勧告されていますが、政府はここでもそれを無視し続けています。