リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

UNFPA 世界人口白書2023:80億人の命、 無限の可能性 権利と選択の実現に向けて

抜き書き

UNFPA Tokyo | 世界人口白書2023

 最新の「世界人口推計」報告書も「今後数十年間にわたって、高所得国では死亡数が出生数をますます上回る状況の中、移民が唯一の人口増加要因となるだろう」としています(UNDESA, 2022)。

 全世界の出生率は、1950 年には女性1 人当たり平均5 でしたが、2021 年には2.3 へと低下し、個人、特に女性が自身の生殖に関する決定権を行使できるようになったことを示しています(UN DESA, 2022)。こうした進歩が重なり、女性と少女は望まない妊娠や計画しない妊娠を繰り返す状況から大きく解放されました。それと共に女性が達成した教育的・経済的エンパワーメントもまた、女性およびその子どもたちの平均寿命の伸長に大きな役割を果たしました。
 これらは進歩であり、損失ではありません。今後も進んでいくべき前進の歩みです。


 「人口不足」という発言はしばしば、国家レベルの政治関係者から聞かれます。政策に人口動態の観点を取り入れる「戦略的人口学」が、支持を得る効果的な方法だと考える政治家もいます(Teitelbaum, 2015)。実際、多くの国における政治的指導者、政党、運動が、人口動態の変化に対する不安を煽り、既に低く、さらに低下していく出生率自体を強調すること、または移民がもたらす変化とともに強調することで、支持を集めようとしています。
 こうした不安自体を必ずしも民族主義とは呼ぶことはできませんが、この不安に対する反応がそうなることはしばしばあります。民族主義は、民族性または宗教、もしくはその両方と国民性の密接な結びつきを重視する考え方で、こうした政治運動は低所得国、中所得国、高所得国を問わず世界各地で見られます。


 自国の人口が少な過ぎるとした回答者の属性を見ると、女性よりも男性が多いという興味深いジェンダー間の差異が浮かび上がりました(図12)。フランス、日本、米国において、女性よりも男性のほうが、自国の人口を少な過ぎると見ています(フランスでは男性16% に対し女性10%、日本では男性22% に対し女性14%、米国では男性11% に対し女性5%)。自国の出生率が低過ぎると見る回答者についても、ジェンダー間の差異が見られました。ハンガリー、フランス、ナイジェリア、米国など、ほとんどの国で、女性は男性よりも、低い出生率が及ぼす影響はプラスでもマイナスでもないと考えているのに対し、より多くの男性はマイナスの影響を及ぼすと考えていました。すべての国において、国内の出生率が高ければプラスの効果が生じると回答した男性が女性よりも多い結果となりました(ただしブラジルとインドでは、男女間の差は誤差の範囲内)。こうした調査結果を見ると、男性が国内の人口減少と出生率の低下を問題視し、出生率を引き上げることが解決策であると見る傾向が強い可能性があります。
 その一方で、移民に対する見方は非常に多様です。日本とナイジェリアを除くすべての国では、自国内の移民数は多過ぎるというのが最も一般的な意見でした。フランスやブラジル、米国では、成人の過半数にあたる人々が現在の移民数を多過ぎると考えていました。


 やや意外なのは、各国の報告による出生率政策を、人間の自由度指数や民主主義指数と比較した場合の結果です。図16 からもわかるとおり、出生率に影響を与えると明示する政策がない国は、人間の自由度指数の平均値が最も高いのに対し、その他の政策(出生率の引き下げ、引き上げまたは維持を図る政策)を採用している国を見ると、人間の自由度値にはほとんど差がなく、明らかに低くなっています。さらに、出生率政策を持たないとする国は、民主主義指数の平均値も最も高い一方で、出生率の引き上げ政策を採っている国は、どの政策類型を採用している国よりも平均値が低くなっています。
 実際、出生率政策を採用していないとする国の民主主義指数平均値は、出生率引き上げ政策のある国の平均値のほぼ2 倍に達しています。出生率の引き下げを図っている国は、健康や開発面での平均値こそ最も低いものの、民主主義指数の平均値では2 番目に高く、出生率引き上げ政策のある国を大きく、また出生率維持政策を採る国をわずかに、それぞれ上回っています。
 つまり、個人の自由と権利が最も守られている場所では、出生率政策を採用しない傾向があるということです。だからと言って、出生率政策のない国がすべて、開発や民主主義、人間の自由度の水準も高いというわけではありません。この原則に当てはまらない国も多くあります。実際に、この違いの多くは、出生率政策がなく、かつ最高水準の自由や民主主義、開発を誇る一部の国によってもたらされています。とはいえ世界的な平均値は示唆的であり、より自由で民主的かつ開発も進んだ国では、国民の生殖に関する意思決定において、人権を優先する傾向にあると言えます。


権利と選択が後回しにされるとき
 低い出生率についての議論の出発点は一般的に、女性が自分たちの身体や人生を使って何を行わず、またそのことが社会全体にどのような影響を及ぼすのかということです(Cronshaw,2022)。実際に一部の国では、女性がことさらに結婚や子育てを拒否していると見て(Loh,2022; Torgalkar, 2020)、たびたびそれが自分勝手な行動であるとの含みを込めた報道がなされています。低出生率に関する議論の多くから抜け落ちているのは、一人ひとりが自分自身の生殖生活(リプロダクティブ・ライフ)について、実際に何を望んでいるのかという点です(第4 章で詳述)。
 民族主義者の人口動態に関する考え方も同じく、個人の生殖に関する主体性を否定し、女性の権利、特に生殖に関する権利よりも特定の民族集団や政治集団の目標を優先するジェンダーイデオロギーを掲げることが多くあります。具体例としては、強制的な生殖政策(中絶の制限[Philbrick, 2022; Samuels and Potts, 2022]
または避妊具・薬へのアクセスの制限[Council of Europe, 2017]など)や、女性を家庭に閉じ込めるために、職場をはじめ、その他の領域で女性の権利を制限する政策が含まれます。民族主義は、女性と男性の双方に出生率を上げるように説得することをねらった論調を用いることがあり、アジアの4 か国ではそうした例が見られました(Whittaker, 2022)。研究者は、ある民族が優勢になることへの不安が出生率の上昇に寄与しているスリランカの事例を指摘しています(De Silva and Goonatilaka, 2021)。トルコでは1983 年に中絶が犯罪ではなくなったものの、女性にもっと子どもを産むよう奨励する論調に呼応して、公共セクターでの避妊具・薬へのアクセスが難しくなっているとアナリストが指摘しています(MacFarlane and others,2016)。
 こうした考え方には民族主義と結びついているものもある一方で、当然ながら、女性と少女の生殖に関する主体性を他者のほしいままにしようとする社会文化的な規範も多く存在します。世界各地に広がるジェンダー不平等な規範の中には、女性の社会的な役割は何よりも母となり、介護者となることであり、男性の役割は一家の大黒柱として生計を立てることだというものが多く見られます。家族の定義やあり方は、時代や地域によって大きく異なるものの(第4章を参照)、異性愛を前提にしたこの核家族観は「伝統的」かつ「自然」であると見なされています(EPF, 2018)。ジェンダー不平等が無くならない原因が、民族主義者の取り組みであれ、ジェンダー規範の変化に対する反発であれ、もしくはその両方であれ、女性の性と生殖に関する健康と出生率にもたらす影響は深刻です。
 こうした現代の政策は概して、20 世紀に見られた大規模に行われた優生学的プログラムほどの強制力はありません。強制的な不妊手術と強制的な妊娠は、人権侵害として広く認識されており、すべての加盟国は当然これを避けています。それでも人口政策の中には、性と生殖に関する選択を誘導しようとする意図から、出生率に対する政策立案者や政治家の意向を、個人の自己決定権や選択権よりも優先させるものが見られます。さまざまな奨励策や抑制策は最も穏健な政策形態のうちに含まれますが、貧困や恥の意識(スティグマ)、差別、虐待など、重なり合う複数の脆弱性を抱える人々にとっては、こうした政策は選択の余地を完全に排除するだけの効果を持ちます。その最たる例はおそらく、1994 年の国際人口開発会議(ICPD)行動計画を撤回し、生殖と家族計画に関するサービスが制限されるケースでしょう。避妊具・薬や安全な中絶といった性と生殖に関するヘルスケアとサービスの利用に対する障壁が高くなっても、経済的・社会的な強さを持つ女性であれば、これを乗り越えることができるかもしれません。しかし、その他の人々にとっては選択の余地を完全に奪われたように感じられますし、サービス全般の質が低下するおそれもあります。
 トルコでは、公共セクターの家族計画サービスが制限されたために、性と生殖に関する健康のための費用を「自己負担した女性の負債」問題が生じています(Dayi, 2019)。2018 年の公式データでも、家族計画のニーズが満たされていない既婚女性は全体の12% と、2013 年の倍の数値に跳ね上がっています。ポーランドでは長らく、犯罪による妊娠、または生命の危機に関わる場合のみ中絶は合法とされてきましたが、最近の政策変更で緊急避妊手段へのアクセスが制限され(現在は処方がある場合のみ可能)、性教育も制限を受けました(Human Rights Watch, 2019)。イランでは、最近成立した法律で中絶に対する障壁が高まり、現在この問題は情報省の管轄下にあります。また不妊手術を望んで受けることは、公共の保健施設での避妊具・薬の無償提供とともに禁じられています(Berger, 2021)。他にも世界各地で、家族計画サービスが公式または非公式に制限されているケースが報告されています。
 性と生殖に関する健康や権利に対する制限や障壁の原因は、必ずしも有害なジェンダー規範や民族主義、人口動態を操作しようとする取り組みにあるわけではありません。予算や供給の問題などの様々な理由から、サービスや物資に対するアクセスが制約を受ける可能性もあります。しかし、人口動態に関する目標と性と生殖に関するヘルス・サービスへのアクセス制限との間に関連性があることを示唆する事例も見られます。ルーマニア(Benavides, 2021)や米国などの国では、近年になって中絶へのアクセスが急減したのと同時に(Lazzarini, 2022)、移民による「グレート・リプレイスメント」論の急増が見られます(Samuels and Potts,2022)。性と生殖に関する健康上の制約が、特定の集団に不利な影響を与えている例もあります。例えばマレーシアでは、移民女性が性と生殖に関する健康情報や避妊具・薬にアクセスできないだけでなく、妊娠すれば国外退去させられるおそれもあります(Brizuela and others,2021; Loganathan and others, 2020)。
しかし多くの場合、伝統的なジェンダー規範や民族主義的感情との関係性ははっきりしています。記憶に残る例として、中絶や避妊が「欧州の人口に対する大量破壊兵器」として指摘されたケースが挙げられます(Scrinzi, 2017)。


人を中心に
 政策立案者が利用できる手段は、選択を制限しようとする政策だけではありません。女性に対して機会を確保し、エンパワーメントや選択を促進するために、育児休暇プログラムの財源確保、給付金または税制優遇措置による子育て費用の補助、働く女性が子どもを持つことに関する障壁を低くするための職場や家庭でのジェンダー平等促進などの政策を実施する国も多くあります。このようなプログラムは、子どもを持ちたい人々にとっての障壁を低くするとともに、親が子どもの健康や未来に投資する能力を高めうるものです。また、女性の機会均等や経済的エンパワーメントを支援することで、人々の性と生殖に関する権利を実現し、望む数の子どもを持てるようにすることにより、家庭の状況を改善するためのモデルともなりうるものです。
 ジェンダー平等と女性の労働市場への参画を促進する政策対応は、出生率の低い国々に不平等や課題が存在していることを反映しています。例えば、国連人口部によれば、出生率の低い国の女性は、平均して男性の2 倍もの時間を無償の家事労働に費やしています(UN DESA,2020)。このような不平等を正すための取り組みは、女性だけでなく、社会全体の福祉の向上につながる可能性があります。
 国連人口部によると、「出生率の低い国の政府は、出生率に影響を及ぼすための公式の政策がない場合でも、雇用の確保を伴う有給または無給の育児休暇、育児に対する補助金の支給、親向けのフレックスタイムまたは時短勤務、被扶養者である子どもを対象とする税制優遇措置、子ども・家族手当など、出産を奨励する措置を採用しています」(UN DESA, 2020b)。実際のところ、こうした措置の多くは、出生率に対する懸念の有無にかかわらず推奨される社会福祉政策です。
 しかしこうした政策が、合計出生率の増減に影響を及ぼすことを主たる目的としている場合には、深刻な危険性があります。つまり、その目標が政治的または経済的に最優先でなくなれば、政策の縮小や、転換が行われる可能性さえあるからです。実際、本白書による調査データの評価では、多くの国が家庭とジェンダー平等の支援を目的とする措置を縮小していると報告したことがわかりました。具体的には、2015年から2019 年にかけて、38 か国が育児に対する補助金や、子どもを対象とする一時金支給、子どもまたは家族手当(子どもの支援のみでなく、女性が有給雇用に留まるもしくは復帰することを支援する政策)を縮小しました。このことは、大きな疑問を提起します。もし人権や福祉が家族支援政策を実施する主な動機なのであれば、こうした政策は廃止されにくいのではないでしょうか。
 1994 年のICPD 以来、世界は具体的な人口目標に重点を置かなくなってきているとはいえ、政策立案者が出生率に明示的な目標を定めるケースもあります。この20 年の間に、このような目標はベラルーシエストニア、日本、韓国、ポーランド、ロシアをはじめとする国の政府によって定められています(Sobotka and others, 2019)。例えば、ポーランド政府が最近になって発表した「人口戦略2040」は、その名に反して家族政策と出生率引き上げ戦略のみに重点を置き、2040 年までに期間出生率を現状の1.4 から50% 引き上げ、人口置換水準の2.1 を達成することを目指すとしています(Government of Poland, 2021)。イランでは、出生率の引き上げの他、結婚年齢の若年化と離婚率の引き下げ(有配偶出生率を引き上げるため)が目標に掲げられ、1 億5,000 万人への人口引き上げ目標を達成するための中心的要素とされています(Ladier-Fouladi, 2022)。難民の受け入れより出生率の引き上げを優先することが、かなり明確に述べられている場合もあります(43 ページの「グレート・リプレイスメント」に関する囲み記事を参照)(Walker, 2020)。
 一定数の子どもを産んだカップルに見返りを与え、生殖に関するノルマのような形で目標を設定するケースも見られます。すべての子どもに支援を提供する制度とは異なり、こうしたプログラムでは、政府が定めた数値目標に基づき、金銭的な対価を配分します。ハンガリーで採用されている政策では、若い既婚のカップルに1,000 万フォリント(約2 万5,000 ドル)の貸付を行っており、子どもが生まれるごとにその返済が猶予されます。所定の期間内に3 人の子どもを持ったカップルは、返済を免除されます(Walker, 2019)。実際に最近の試算によれば、3 人の子どもを持つ予定のハンガリー国民は「最大で返済不要の助成金4,200 万フォリント(11 万6,713 ユーロ)と、長期的な補助金付きローン7,300 万フォリントを受け取り、純額で1 億フォリントの住宅購入に充てる」ことができると見られます(Anon, 2021b)。
 ロシアにおける制度では、10 人以上の子どもを出産した「母親英雄」に、報奨金として約1 万3,000 ドルに相当する100 万ルーブルを支給しています(Anon, 2022b)。イランでは、2021 年の法律で出産と結婚に対する報奨制度を規定し、25 歳未満のカップルおよび23 歳未満の女性を対象に無利子の貸付を行う、早期の結婚への金銭的支援などを行っています(Government of Iran, 2021)。
 また子どものいない成人に課税するなど、懲罰的または排他的な出産奨励主義の家族政策を提案するケースもあります(Morland, 2022;Gao, 2018)。ハンガリーでは、新設の国立体外授精センターがすべての女性に無償で施術を行う予定としていますが、40 歳以上の女性やレズビアン女性は含まれていません。


希望の実現に向けて
 様々な科学的な証拠を見れば、国民全体の出生率引き上げを意図した政策を策定する必要はないことがわかります。目標達成のためであろうと、その他の目的であろうと、このような政策は長期的には効果がほとんど無いことがわかっています(Frejka and Gietel-Basten, 2016)。近年このような目標を設定した国では、テンポ効果調整後の合計出生率にはっきりとした変化はほとんど見られていません(いつか子どもを持つ予定であった人が、新たな政策を最大限に活用するために特定の時期に子どもを持つことを決定しても、そもそも予定していた家族の人数が増えるわけではないため)(60 ページの特集記事を参照)。このことはロシア、イラン、東アジアの多くの国々、タイなどで証明されています(Gietel-Basten and others, 2022)。実際、出生率の上昇が起きた場合でも、ある特定の世代の出生率コホート出生率)ではなく特定の期間における出生率の上昇として起きる傾向にあります。つまり、政策が影響を及ぼすのは女性が一生のうちに産む子どもの総数ではなく、出産の時期だということであり、ロシアの例はこのケースでした(Frejka and Zakharov,2013)。また、どの国の出生率も時間の経過とともに上下するため、出産奨励策の影響を他の効果と区別することは困難です(Sobotka,2017)。
 実際のところ、出生率の引き上げを明確に意図した政策を導入した国でも、合計出生率は女性1 人当たり子ども2 人よりはるかに低いままのことがよくあります(UN DESA, 2002)。このような政策がなければ出生率はさらに低下していたかもしれないという主張もありますが、これを証明することは不可能です。こうした政策にたとえ効果があったとしても、それはごくわずかなものでしょう。人口動態の動きを見るだけでも、現時点の低い出生率が人口増加の鈍化と社会の高齢化につながることは予測できるからです。出生率が突然劇的に上昇してその状況が継続するか、または移民の流入が増えない限り、この傾向は続くでしょう。
 出生率を劇的に引き上げようとする試みは過去にもありました。このような政策は失敗したか、もしくは悲惨な結末をもたらしました。最も示唆的な例の一つはルーマニアで(Mackinnon, 2019)、1966 年に出生率の向上を目指し、中絶と避妊を完全に非合法化した事例です。この政策は短期的に効果を上げ、合計出生率は女性1 人当たり子ども1.9 から3.7 へと上昇しました。しかしその後、女性が密輸された避妊具・薬を入手したり、非合法の中絶を受けたりすることで、からだの自己決定権を取り戻し、出生率は再び急減しました。この出産奨励主義的政策は、女性から出産に関する管理能力を奪うどころか、法令や規制の手の届かないところに非合法産業を作り出すだけの結果に終わりました。多くの女性が安全ではない中絶を受けたことで、1989 年にこの規制が突然撤廃されるまでに、1 万人の女性が死亡したと見られています(中絶を求めたり、これを扶助したりした者は投獄の対象となったため、この数値は実態を過小評価したものとなっている可能性が高いとされています)。また、同じ1965 年から1989 年までに、ルーマニアでは妊産婦死亡率が2 倍に上昇しました。二つ目の予期できた悲劇的な影響として、出産を余儀なくされた多くの女性が子どもを国営の孤児院に預けたため、孤児院が急速に満員になったことが挙げられます(Mackinnon, 2019)。1989 年にこうした孤児院が公的な検査を受けた際に、50 万人もの望まれずに生まれた子どもたちが過去20年に渡り、放置され悲惨な状況に置かれていたことが判明しました(Odobescu, 2016)。
 事実は以下の通りです。現在世界には史上最多の数の人間が暮らしており、人口動態の動きからも今後数十年間は人口の増加が続くことが確実であるため、グローバルな「人口不足」や人類絶滅の危険性は、現在のところほとんどありません(UN DESA, 2022)。確かに世界人口の3 分の2 は、出生率が人口置換水準以下の国または地域に暮らしていますが、そうした国や地域のすべてで人口が減少しているわけではありません。実際のところ、237 の国と地域のうち、2022 年から2050 年にかけて「低い出生率の持続、および場合によっては高い移民流出率により」人口が1% 以上減少すると予測されるのは、61 の国・地域にすぎません(UN DESA,2022)。また、こうした数字は多くの場合、何十年にも及ぶ健康や開発や生存率の改善の結果、史上最多となった人口からの減少であることに留意する必要があります。
 「空っぽの世界」(ジョン・クリストファーが1977 年に著した終末論的小説のタイトルから付けられた用語)になるという主張も、出生率に関して得られている知見に照らせば、今後の人口変動に関して余りに過信した未来像と言えます。「ひとたび世界人口の減少が始まれば、それは際限なく続くだろう」(Gornall, 2020)といった見方は、単なる憶測にすぎません。出生率が平均で女性1 人当たり子ども1 人を下回ることはほとんどありません。多くの国で数十年にわたり、合計出生率が人口置換水準を下回っているものの、1.0 を下回ったことがある国はほんの一握りです(Our World in Data, n.d.)。出生率の低下は実際、持続的な低出生率を予測するものではありません。出生率の低下が「失速」する例(ケニアなど)の他、一度は出生率が人口置換水準を下回ったものの、この値を超えるまでに回復したケースもあります(スリランカカザフスタン)。欧州の幾つかの国では2 つの世界大戦の間に出生率が人口置換水準を下回りましたが、その後起きた「ベビーブーム」によってこの水準をはるかに上回ったのは、記憶に新しい事実です。
 民族主義的なことば遣いは、政治的な支持を動員するには有効かもしれませんが、強制的な目標の設定や人権侵害無しに出生率に影響を及ぼすことはほとんどできません。実際のところ、国や民族が滅亡するというこれまでの予言の多くは、実現しませんでした。エドワード・A・ロス(「民族の自滅」という語を作った社会学者)は1914 年に米国白人の「絶滅」を予言しており(Ross, 1914)、ほぼ同時期に他の人口危機論者もいずれも出生率低下を理由に、オーストラリア、英国、フランスで白人が滅亡すると予言していました(Emerick, 1909)。これらの予測がいずれも当たらなかったことは明らかです。
 そのため、破滅を予告する人口動態に関する言説を考える場合には、このような議論は誰の利益になるのかを考えるべきです。「終末論的人口論」という用語は、高所得国で進む高齢化を背景に作られました(Robertson, 1982)。この主張によると、急速な高齢化で年金や医療、社会福祉のニーズが、先細る現役世代の支払い能力を上回り、国の経済に背負いきれない重圧がのしかかることになります。こうした破局的思考は、特定の経済的利益を追求する場合(安価な労働力に依存するビジネス企業など)に生じがちです(Evan and others, 2011)。また低い出生率が人口全体の崩壊をもたらすという終末論的な主張も、労働者より雇用主の経済的利益に資するものです(Coleman and Rowthorn,2011)。労働力の供給が減少すれば、逆に労働の価値が上昇するため、労働者にとっては利益となる可能性があります(最も典型的な例は、14 世紀のペストの大流行の後、富裕層と貧困層の力関係にシフトが起こったもの)。
 人口減少のマイナスの影響として取り沙汰されているものの一部は、制度変化によってバランスを取ることができます。少子化、高齢化や人口減少は、課題だけでなく好機ももたらす現象です。「少子化は政府の政策に課題を投げかけており、出生率が極めて低くなれば生活水準が損なわれるが、低出生率と人口減少が中程度
に留まれば、物質面での生活水準は全般的に改善する」と研究者は結論づけています(Lee and others, 2014)。労働力の縮小は必ずしも生産性の低下につながるわけではありません。労働市場のひっ迫による効果の一つとして、労働集約型産業から脱することで(Elgin andTumen, 2012)、技術の発展が刺激されることが考えられます(Kosai and others, 1998)。ロボット工学の活用拡大などの技術進歩は、生産性向上に寄与することができます。また人口増加率が低いほとんどの国では、より多くの女性や、移民を労働力として取り込んだり(Maroisand others, 2021; Marois and others, 2020)、高齢の人々により多くの機会を提供したりするなど、労働参加率を高める余地が多く残っています。
歳をとることは役に立たなくなっていくことと解釈する必要はありません。高齢人口が負担の純増になると考えることは、高齢者の価値と人間性を否定する年齢差別的な固定観念です。
実際、条件さえ整えば、長寿は健康で生産的な余生をもたらします。「健康的な生活様式と雇用は、健康や認知機能、意欲(モチベーション)を生涯にわたって改善し、年齢に関連する生産性の低下を抑えることができます。(中略)年齢に関連する健康の不調が始まる時期には国によって30 年もの差異があり、高齢化が進んでいる場合、通常その時期は遅くなります。持続可能な福祉制度や強い経済力のためには、年齢よりも国民の健康や教育の方がはるかに重要となりうるのです」と研究者は指摘します(Skirbekk, 2022a)。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行(パンデミック)の際には、高齢労働者が感染に対してより脆弱だったため、仕事の継続に大きな困難がありました。それでも、コロナ禍は重要な教訓を残しました。多くの国が、高齢労働者の安全な職場定着を支援したり高齢労働者の自営業への移行を援助したりするために、独創的かつ低コストなプログラムを実施しました。このようなプログラムには、年齢に関係なく利用できる仕事場の創設、リモートワークやフレックスタイムの活用拡大、世代間連携の新たな機会創出などが挙げられます(Pitand others, 2021)。
移民もまた、課題だけではなく利益をもたらします。移民を受け入れることだけで長期的に安定した扶養率を維持することはほぼ不可能ですが(Coleman, 2002; UN DESA, 2001)、移民の受け入れは、高齢化と景気停滞のスピードを抑えて経済成長に寄与することができる、最も即効性と確実性の高い手段です。何より、生まれた子どもが働き始めるには15 年から20 年を要するのに対し、ほとんどの移民は直ちに経済に寄与し、税金を支払うことになるからです。
しかし一部の例外を除いては、各国の政府はおそらく政治的な理由から、大規模な移民受け入れプログラムを導入しようとはしていません。
人口の流出を減らすことを目指す場合、労働力の定着を目的とする政策を実施することに困難が伴うのは、若年層をはじめとする国民が他国に移住している理由を把握し、これに対処する必要があるからです。そのためには、出身国と受け入れる国・地域の間にある(経済的または社会的な)機会の不均衡を是正しなければならない場合もありますが、このことが限りなく難しいケースもあります(地域全体で産業の空洞化が生じている場合など)。こうした課題を認識し、国際的な取り組みを行っている政府もあります。例えば、UNFPAブルガリア政府が2021 年に共催した「人口動態の強靭性(レジリエンス)に関する閣僚級会議」では、移民流出などによる人口動態の変化に対し、根拠と人権に基づく対策を検討しました。
同様に、移民の帰還を奨励するための政策(「誘致政策」)も、世界各地で導入されています。この政策には所得税優遇措置(ポルトガルなど)、帰国した専門家向けの定率所得税または再入国補助一時金(スロバキアなど)をはじめとする金銭的インセンティブなどが挙げられます(ICMPD, 2019)。しかしほとんどの一般的な移民政策と同様に、この政策も特定の集団に対象と焦点を絞る傾向にあります(IOM,2015)。また、内容も比較的限られており、短期的な効果しかなく、様々な制限もあります。
例えば、帰還民は労働市場における機会の制限(賃金の差を含め)、閉鎖的なビジネス環境、不利な教育機会など、そもそも移民の流出をもたらした、単に一度限りの補助金では克服できない「ソフトな障壁」に直面するでしょう(UNDESA, 2020a)。総合的なアプローチが必要なことははっきりしています。本白書で後述されるように、少子化が進む国の女性(と男性)は、望む数の子どもを現実に持つことができていないことがしばしばあります。これには多くの理由がありますが、主な要因として常に挙げられるのは、ジェンダーの不平等による負の側面です。つまり、育児や家事に関して極端な性別役割分担があったり、女性(と親)が差別されるような職場だったりする場合には、女性にとっての機会費用が高くなることです。こうしたニーズに適応す
るために社会構造を変革できなければ、女性やカップルの生殖に関する自己決定権が損なわれるだけです。皮肉なことに、「伝統的な家族観」を説けば説くほど、現実には親が自分たちの望む規模の家族を持つための助けになるどころか、これを妨げ、結果として少子化をさらに進めることにもなりかねないのです。
またさらに広い目で見た場合、多くの地域で深刻な経済不安と世代間格差に直面する子育て世代が抱えている、ますます深まる将来への悲観を克服する必要もあります。多くの国において、若年世代はその親世代よりも将来を悲観しています。YouGov 調査でも実際、将来に対する不安が望み通りに子どもを持てない理由の一つとなっていることが判明しています。
高齢化と人口減少の真の課題は、少なくとも短・中期的に見れば、人口の構造変化に圧迫されている制度を改革することにより、最も効果的に対処できます。具体的には、各国の実情に応じた年金、医療・社会福祉制度および労働市場の改革、生産性の向上、不平等の削減、デジタル格差の縮小、健康で活力ある高齢化の実現、国民全体の経済的・社会的な可能性を最大限発揮できるよう保障することが挙げられます。
 このような政策を導入するためには、人口の数や出生率だけに焦点を当てるのではなく、人々のウェルビーイングを包括的、長期的かつ総合的に捉える必要があります。それにはコストが伴い、どの改革もそうであるように、一部の既得損益は脅かされます。しかし、この手法を採用すれば、現在蔓延している恐怖とは異なるものをもたらすことができるでしょう。それは「終末論的人口論」から「人口動態に関する強靭性」への道、つまりはより公平な未来への道を示してくれるのです。

権利こそがカギ
 「世界には人が多過ぎるのか」「世界には人が 少な過ぎるのか」「人口の増え方は速過ぎるの
か、それとも遅過ぎるのか」–––– 世界は誤った問いを立てています。
 人は、理想的とみなされる生殖水準を満たすことを目的に設計されたものでもなければ、何らかのノルマや公式のもとで生殖を強要される生殖装置でもありません。人、すなわち人間には生まれつき多くの権利がありますが、中でも生殖に関する選択を行使する権利は特に重要なものです。
 こうした権利は、1994 年に世界の国々が採択した画期的な協定である国際人口開発会議(ICPD)行動計画に、広範かつ決定的な形で盛り込まれています。「誰でも、可能な限り最高水準の身体的、精神的健康を享受する権利を持つ。国家は、男女平等を基礎として、家族計画と性的健康を含むリプロダクティブ・ヘルス
アに関するヘルスケア・サービスへの普遍的なアクセスを確保するため、あらゆる適切な措置を実施しなければならない。リプロダクティブ・ヘルスケア・プログラムは、いかなる形態の強制もない方法で、最も広範なサービスを提供すべきである。全てのカップルと個人は、自分達の子どもの数と出産間隔について、自由に、かつ責任を持って決定し、そのために必要な情報、教育および手段を持つ基本的な権利を有する。」
 問われるべきは、人々の繁殖の速度だけではなく、すべての個人とカップルが、持ちたい場合に何人の子どもを持つかを選択する基本的人権を行使できるかどうかです。そしてこの後者の問いに対する答えは、残念ながらノーということになります。
 このことは本白書の他の箇所でも詳述されていますが、繰り返す価値があります。2023 年のデータを見ても、自身の性と生殖に関する健康や権利について決定することができるのは、女性全体の56% にすぎないことがわかります。

 包括的な性教育へのアクセスを保障している国も、全体の65% しかありません(UNFPA,2023)。また、15 歳から49 歳までの女性の9%は、家族計画に関するニーズを満たすことができずにいます(UN DESA, 2022c)。こうした数字は、現在、ごく一部の人しか自分の望む形で家族を持ち、ICPD 行動計画に定められた「自分自身とその家族のために、十分な食物、保護、住宅、水と衛生設備を含めた適切な生活水準」という基礎条件を子どもに提供することができていないことを示しています。


広がる人口不安:今は理由を問うべき時
人口に対する不安が広まっていることは事実です。本白書で詳しく述べたとおり、エネルギーや食料の需要、子どもへの投資能力、そして環境への負荷という点で、世界が手に負えない数の人間を抱えているのではないかと危惧する人がいます。一方で、人口減少に直面する国も増えており、そうした国では労働力の減少、高
齢化による被扶養者の増大、年金基金への圧迫の他、政治力や軍事力の低下に対する懸念も高まっています。
こうした様々な不安は、まさに現実を反映しています。人類の歴史上、世界の各国や地域の間でこれほどまでの人口増加率の差が生じたことはないからです(図24)。各国の年齢の中央値には、人類史上かつてない開きがあり、例えば、欧州では年齢の中央値が42.5 歳であるのに対し、サハラ以南アフリカではその半分以下の18.7 歳となっています(UN DESA, 2022)。
この種の人口変動に直面したとき、多くの社会や政策立案者はこれによって生じた課題に対処するよりも、純粋に人口面での解決策として、人口を増加または減少させる手段の模索を最善策と考えてきたことは、本白書でも繰り返し取り上げました。その焦点は「人口操作(demographic engineering)」という、人口増加を抑えるための強制的な不妊手術や避妊具・薬の利用や、反対に出産を促すための短期的な奨励金(給付金)支給に置かれうることもあり、実際に実施されてきました。
 こうした方法は効果がないことが明らかになっただけでなく、強制や強要の場合には明らかな人権侵害となります(Gietel-Basten and others, 2022)。すべての個人が情報、教育、サービスを受けてエンパワーメントされ、良い社会規範に支えられることにより、家族の規模についての自由な選択が保障されることを、人権基準は求めています。こうした生殖に関する選択権は、家族でも、仲間集団でも、社会的制約でも、また政府でもなく、個人およびカップルに属するものです。
人口変動のペースにかかわらず、政府や社会は個人の選択や性と生殖に関する権利に基づく政策ツールを考案し、人口変動に対し強靭性(レジリエンス)を高めることができます。人口動態に対する強靭性を高めるために世界の国々で取られている先駆的な対策は、不安に駆られた対応を脱し、人口がどのように変化しようと、
目の前にある流動的な機会を受け入れるのに役立っています。あるUNFPA のプログラムの解説では以下のように述べられています。「人口動態に強い社会とは、現時点での人口動態を理解し、今後の対策を講じる社会です。個人や社会、経済、環境に及びかねない悪影響を緩和するとともに、人口変動が人々や繁栄、地球に対してもたらす好機を活用できるよう、人口動態を管理するスキルやツール、政治的な意志や公的支援を備えている社会です」(UNFPA EECA, 2020)。人口動態に関する強靭性を達成するための出発点となるのがデータです。政策立案者は正確な人口データを手に入れることで、自国の人口動向および、重要な点として、人口変動の根本原因を把握することができます。また、ジェンダー関係やさまざまな集団の疎外といった、人口変動を促す社会構造や条件の調査など、複雑な人口推移を分析する専門知識が必要です。
 また同じく極めて重要なのが、そのデータに対してどのような問いを設定するかです。例えば、(人類の適正な数という、あたかも魔法のような数が存在しているかのように)人が多過ぎるのか、少な過ぎるのかを問うのではなく、人々、特に女性や少女、そして最も疎外された人々が、生殖に関する自己決定権を行使できて
いるのかを問うべきです。人々は出生に関する目標を実現できているのか。そうでない場合、それはなぜか。人々の生殖に関する権利は守られ、尊厳をもって平等な暮らしができているのか。こうした問いは政策立案者にとって、人が多いか少ないかという大きな概念よりもはるかに有用です。政策立案者や有識者、サービス提
供者、その他どんな人であっても、権利と選択に関するこのような問いを立てれば、子どもを持つに値する人としない人がいると解釈する余地は生まれません。また、その是非にかかわらず、出生率目標というのは国家やコミュニティ、雇用主など、誰かが特権的に決めるものではないことを保証します。
 人口動態の変化とそのダイナミクスを理解するプロセスにこうした問いを含めると、妊娠出産の意向に関するデータの価値が一層明らかになります。データの収集や分析の観点では、将来に対する意向や欲求、希望を検討対象にすれば、より複雑になることは間違いありません。
 女性1 人当たりの新生児出生数ほど明快な数字でもなく、人々の暮らしや欲求の移り変わりに左右されるからです。それでも、実現の可否に関わらず、個人の出産目標の背景にある情報は非常に豊富です。こうしたデータから、生殖の選択に対する障壁が、避妊具・薬、雇用、教育、保育のうちどのアクセスに関係しているのかがわかります。大家族を持つ人であれば、家族は幸福で、十分な支援を得られているのか。それとも生活に苦労しているのか。子どもがいない人であれば、それは金銭的な理由からか、それとも仕事と育児を両立できないからなのか。不妊に悩んでいるからなのか、それとも子どもがいなくても安心と満足を得られているからなのか。こうした情報は「多過ぎる」「少な過ぎる」という情報よりも具体的で、行動につなげることができます。
 こうした問いはコミュニティや年齢、ジェンダー、所得水準などにより、選択への障壁がどのように異なる形で現れるのかを明らかにするのに役立ちます。社会で異なる力関係と地位にある人々のニーズの違いを認識し、未対策の課題を抱える人々を代表することの重要性を明らかにします。実際の問題が理解できれば、持続
的な解決策を探ることもできます。こうした問いを立てることで、人口や性と生殖に関する健康についての包摂的(インクルーシブ)な見方を取り入れつつ、目の前の人口の実態に対応できる人口動態に対する強靭性を持ち、かつ包摂的な社会を実現するための枠組みづくりという、人口動向を人為的にどちらかの方向に向ける以外の方針に貢献することができます。


年齢にかかわらず、すべての人々に教育を
 人類の発展の歴史は、少女と女性への教育が女性のエンパワーメントを実現し、性と生殖に関する権利を求めることを可能にする並外れた力があることを明らかにしてきました。出生率が高い状況において、教育と合計出生率低下との間に相関関係があることは長い間認識されており、このことを研究した文献も数多くありま
す。近年のある重要な研究では、全世界の開発途上国を対象に、人口と教育のデータに関する統計分析が行われました(Liu and Raftery,2020)。そして、母親の教育が出生率に影響を及ぼし、出生率の急激な低下は、教育を受ける少女の増加率と強い相関関係にあるとの結論に達しました(重要な点として、その相関関係は少なくとも中等教育を修了した女性に限られるものであることもわかりました)。例えば、ケニアとナイジェリアのアフリカ2 か国では、教育の向上と出生率の低下に相関関係が見られます(図25)。
 この結果を見て、教育を受けた女性は母親になることを拒んでいると嘆く人もいるかもしれませんが、実際のところ、女性と少女の教育は少子化が進む状況でも同様に重要です。生涯を通じた教育と訓練の機会の拡大は、経済状況の変化に適応できるだけの労働力を拡大し、高齢化の進む国にとっても重要です(Lutz, 2019)。また生涯学習は、幼少期に適切な教育を受けられず、この先何十年もの人生を生きる何百万人の人々にとって不可欠です。これは特に、早婚や妊娠によって教育を中断した少女に当てはまります。研究によると、経済成長はすべての年齢層の人々に対する教育を反映しています(若者のみに焦点を当てると、結果が出るのは何十
年も先のことになります)(Lutz, 2019)。また、教育そのものが子どもを持つことを思いとどまらせるわけではありません。少子化が進む状況では、多くの場合、学歴の高い女性は低い女性よりも高い妊娠出産意欲を持っているにもかかわらず、その実現を阻む障壁に直面しています(Beaujouan and Berghammer, 2019 ; Channon and Harper, 2019 ; Testa and Stephany, 2017)。
 極めて簡単に言うと、女性と少女を含めたすべての人を対象とした教育の提供は、自分自身の身体について理解したり、妊娠出産を管理したりするために必要な情報と教育を誰もが手に入れるという、ICPD 行動計画の基本要件を満たすことにつながります。包括的な性教育が重要なのもこのためです。もちろん教育がエンパ
ワーメントに対して果たす役割は、自身の生殖の管理を可能にすることの他にもはるかに多くありますが、生殖においても強調し過ぎるということはないほど重要です。
 あらゆる人口状況で、避妊具・薬へのアクセスをそしてどんなに強調してもしきれないのが、避妊の重要性です。これは、どんな人口状況であってもです。意図しない妊娠は、個人と社会双方のレベルで、健康・人権上の課題を生み出します(UNFPA, 2022)。妊娠、出産と子育てを希望に満ちた積極的な選択とするためには、
個人が意図しない妊娠を防ぐことも不可欠です。これは出生率が低い国と高い国の両方に当てはまる事実です。
 女性が望まない妊娠や計画外妊娠を避けるために必要な支援について、UNFPA には50 年に渡るプログラムの経験があります。現代的避妊法、必要なサービス提供とアクセスを拡大させるための公共情報を最適化させるために長い年月を掛けています。それはすなわち、カップルや個人の妊娠出産に関する希望が時間とともに変化したとしても、それを保障するということです。また性と生殖に関するヘルス・サービスが、文化的に適切で、不名誉を感じることなく、権利を肯定し、望むのが避妊か不妊治療かに関係なく個人のニーズに沿う形で提供されることを保障する活動でもあります。そしてさらに、医療以外のサービスの現場である教室やコミュニティスペースなどで包括的な性教育を提供したり、からだの自己決定権の尊重を促進したりすることでもあります。
 さらに、避妊と妊娠出産に関する意向という、誤って伝えられたり誤解されたりすることの多い関係性を理解することも大切です。20 年以上にわたる26 か国の調査を見ると、避妊実行率の上昇は主に、女性やカップルの妊娠出産意向が変化して望む子どもの数が減少したためではなく、元々少ない家族を希望していた人々の
間に利用が広まったことの結果であることがわかります。つまり避妊の実行は、需要の増加よりも供給の増加に依存するものです。この調査では、次のことがわかっています。「ラテンアメリカ、アジアおよびアフリカにおける1970年代以降の避妊実行率の大幅な上昇は、より少人数の家族を希望するようになったためという
より、既にあった需要が満たされた結果にすぎません。26 か国のすべてにおいて大きな割合で需要が充足されており、24 か国では避妊実行率増加が70% 以上、3 分の2 の国では80%を超えています。(中略)このことから、カップルの妊娠出産意向に変化が無かった場合でも、確認された避妊実行率の上昇のほとんどは起きたはずだと言えます」(Feyisetan andCasterline, 2000)。
 その上で、望む子どもの数が避妊具・薬へのアクセスや情報に伴って変化することを示すデータもあります。1990 年代にバングラデシュで行われた調査によると、母親の年齢、女性が現時点で避妊具・薬を使用しているか、女性が家の外で働いているか、そして重要な点として、女性が家族計画を担当するフィールドワーカーと会ったことがあるかが、小さな家族を希望する主な決定要因となっていました(Kabir and others, 1994)。つまり、性と生殖に関するヘルス・サービスへのアクセスが、女性自身の妊娠出産に対する理解と、子どもをより多く持とうとする願望に直接の影響を与えたことになります。パプアニューギニアの別の調査でも、遠隔地に暮らす非識字の女性は、もし避妊具・薬にアクセスでき、家族計画に関するカウンセリングを受けていれば、より小さな家族を望む傾向が高いことが判明しています。重要なのは、こうした女性が望む子どもの数に関する考え方は、生まれる子どもが出産時または乳児期に死亡する可能性をどう考えているかによって左右されるという点です。調査に回答した女性は、子どもの生存率に関する理解に基づいて、自身が実際に望む数よりも2 人以上多く子どもを産みたいと考えていました(Pust and others,1985)。19 世紀から明らかになっているとおり、妊産婦医療サービスの進歩と乳児生存率の改善は、つまり子どもが成人するまで生き延びられるという確証があれば(かなり長いタイムラグがあるとはいえ)、希望する家族のサイズを縮小させるのです。
避妊サービスの価値は、ほぼ普遍的に認められているにもかかわらず、すべての人が利用できるとは言い難く、それとは程遠い状態にあります。ここ数十年、パートナーのいる女性の間で満たされない避妊需要(アンメット・ニーズ)の割合は、2000 年の12.2% から2023 年の10.6% へと、わずかしか改善していません。今
後について2030 年までの予測を見ると、家族計画の必要性のある女性の数は12 億人に増えますが、人口増加のために、2 億6,200 万人の女性の現代的避妊法のニーズは依然として満たされず、絶対数で言えば2023 年の2 億5,700万人から増加することになります。現代的避妊法により満たされるニーズの割合は、2030 年までに78.2% と、微増にとどまる見込みです(UN DESA, 2022c)。つまり、家族計画プログラムを加速させる取り組みを強化しなければ、供給は需要になかなか追いつかないことになります(Kantorová and others, 2020)。


性と生殖に関する健康:避妊のほかに最もよく話題にされながら、おそらく議論されることが最も少ない性と生殖に関するヘルス・サービスには、避妊に関するカウンセリングとケア、HIV を含む性感染症の検査と治療、および妊産婦ヘルスケアが挙げられます。これらはいずれも根本的なもので、ICPD 行動計画や持続可能な開発目標(SDGs)を達成するためには、こうしたサービスに対するアクセスをすべての人に提供することが必要です。しかし、包括的な性と生殖に関するヘルス・サービスには、こうした本質的サービス以外の要素も含まれます。
性と生殖に関するヘルス・サービスは予算面、社会面の懸念からたびたび制約を受け、時には法律による規制を受けることもあるため、その拡大を要求するのは容易ではないかもしれません。しかし資源が乏しく保守的な社会でさえも、人権と経済の観点から、この目標に向けて取り組む理由があることは明らかです。サービスを拡充すれば、特に不妊症の予防と治療、合法である場合には安全な中絶へのアクセス、さらに中絶の法的地位に関わらず、中絶後のケアへのアクセスを満たすことができます。


不妊治療
 全世界のおよそ4,800 万組のカップルと1 億8,600 万人の個人が不妊症であると推定されています(Mascarenhas and others, 2012)。これほどの数値にもかかわらず、不妊症対策は性と生殖に関するヘルス・プログラムの対象外であることが多く、費用が公衆衛生制度で負担されることはほとんどありません(WHO, 2020)。
 特に開発途上国では、これまでの家族計画プログラムで(明示的または暗示的に)高い出生率の引き下げが期待されていたこともあり、不妊治療を受けることは困難です。「家族計画」という言葉自体が、避妊と同義で使われることがよくありますが、本来は生殖に関する計画のあらゆる側面を網羅し、個人やカップルが望みどおりに子どもを持てるよう支援する施策も含意するものです。
 しかし多産の国では、実際のところ、不妊症の比率が過度に高い可能性があることを示す研究もあります(ESHRE Task Force on Ethicsand Law, 2009)。研究者は、逆説的ながらもアフリカをはじめとする多くの国は高い不妊率と高い出生率の両方に直面している(ときに「豊穣の中の不毛」と呼ばれる現象)と言及し、「不
妊率が世界でも最も高い地域では、信頼できる診断や治療が提供される可能性が最も低い」と指摘します(Inhorn and Patrizio, 2015)。しかし、到達可能な最高水準の心とからだの健康を享受し、子どもの数と出産の時期、間隔を決定する個人の権利が、住む国や加入する保健医療制度に左右されることがあってはなりません。
 さらに当然のことながら、高い出生率の引き下げを優先する国に住んでいるからといって、こうした権利が制限されてはなりません。世界保健機関(WHO)は、次のような認識を持っています。「異性のカップル、同性のパートナー、高齢者、性的関係を持たない人の他、一部のHIV 感染不一致のカップルや癌サバイバーなど、特定の医学的条件を持つ人を含め、様々な人々が不妊症への対処やケアサービスを必要としているかもしれません。不妊症ケアサービスへのアクセスの不公平や格差は、貧困層や未婚者、教育を受けていない人、失業者その他の疎外された人々に悪影響を与えます」(WHO, 2020)。
 性と生殖に関するヘルス・サービスによってすべての個人やカップルが希望を叶えられるようにするには、不妊症の予防と治療を受けられるようにする必要があります。WHO は、全世界の不妊症の発生率と病因についてさらに研究を進め、患者の所得水準や居住地に関係なく、より良い対応ができるよう求めています。そし
てどの国でも、不妊症を予防可能な疾病として認識し、包括的な性教育プログラムで不妊症を取り扱うなど、不妊治療へのアクセスの不公平を緩和することや、不妊症への影響があることがわかっている環境汚染物質や有毒物質の廃絶に取り組む政策を導入することができると指摘しています(WHO, 2020)。
 ヘルスケア経済学者も、不妊症予防に取り組めば個人が体外受精などの技術に莫大な費用をつぎ込むことを回避でき、ヘルス・システムの負担も大幅に節減できることを指摘しています(Bourrion and others, 2022)。   
 予防への取り組みには、喫煙や過度の飲酒などの生活習慣要因への対策や、生殖管感染症性感染症および安全ではない中絶による合併症の予防と治療が挙げられます。また、生殖補助医療は、依然として費用が高いものが多くあるとはいえ、低・中所得国でも利用可能になってきています(Inhorn and Patrizio, 2015)。(これについては法的な障壁を克服することも必要です。コスタリカは2016 年に体外受精を合法化した最後の国です(Mora-Bermúdez, 2016)。)低コストの生殖補助医療として、低コストでより簡易な体外受精などの開発も進められています(Ombelet, 2014)。
 不妊治療の利点は、一人ひとりの家族に関する計画における能力強化という主目標の達成に加え、根深いジェンダーの不平等や差別に伴う深刻な苦痛を和らげることにも役立つ可能性があります。男性も女性も不妊の影響を受けますが、いくつかの推計によると、不妊事例の20%から30% は男性のパートナーのみに原因がある他、男性のパートナーは不妊事例全体の約半数に関与しています(Agarwal and others, 2015)。しかし多くの社会では、不妊の原因は当然のように女性にあるとされ、その結果として(ほとんど保護を伴わない)離婚や社会的スティグマ、精神的苦痛、不安、抑うつ、さらには暴力や不当な扱い、虐待などが生じています。
不妊の恐怖は、自分の生殖能力を証明しなくてはならないプレッシャーを感じている女性や男性に、避妊具・薬の利用を思いとどまらせることもあります(WHO, 2020)。また金銭的な影響として、家族に相続権を奪われたり、子どもが提供してくれたかもしれない高齢者介護を受けられなくなったりすることもあります
(ESHRE Task Force on Ethics and Law,2009)。さらに、多くのLGBTQI+(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング、インターセックス等)の人々や同性のカップルなど、不妊の問題に不当に多く直面し、解決策へのアクセスにおいても差別を受けるおそれのある特定の人々も存在しま
す。


中絶ケア
 人工妊娠中絶は、世界の過半数の国(データを報告した国連加盟国147 か国中96 か国)で合法であり(Center for ReproductiveRights, 2023)、これは中絶が性と生殖に関するヘルスケアに不可欠な要素であることを裏付ける確かな証拠となっています。それでも中絶の利用可能性は、妊娠週数・月数に基づく制限や、中絶を希望する理由に基づく制限など、制約がある場合が多くあります。ほとんどの国は、女性の命を救うため、健康を守るために、レイプを受けた場合や胎児に機能障害がある場合に中絶を認めていますが、これら以外の場合については、規制が大きく異なっています。一部あるいは全ての理由のもとでの中絶が合法化されている国のうち28%では、既婚女性の中絶には配偶者の同意が必要とされており、36% の国では未成年者の中絶に司法同意が必要とされています。63% の国では、違法な中絶を受けた女性は刑事責任を問われる可能性があります(UNFPA,2023)。
 安全な中絶を妨げるのは、法的な規制だけではありません。費用、医療インフラの問題、そしてスティグマも、安全な中絶(必要なスキルを備えた者が、WHO が承認した適切な方法を用いて安全な条件下で施術するものと定義[WHO, 2021a])に対する障壁となっているため、安全でない中絶の件数は受け入れがたいほど多く、個人や経済、社会に膨大な負担が生じています。
 年間で7,330 万件ほどの中絶が行われています(Bearak and others, 2020)。2010 年から2014 年までのデータを見ると、中絶の約45%は安全でないものでした(そして、これらのほとんどは開発途上国で行われています)(Ganatra and others , 2017)。安全でない中絶は、世界的に見て妊産婦死亡の主要な要因の一つであり(Say and others, 2014)、妊産婦死亡件数全体の約4.7% から13.2% を占め(WHO,2021a)、毎年約2 万2,800 人の死者を出している他(Guttmacher Institute, 2018)、広く疾病や障害の原因にもなっています。途上国では、毎年約700 万人の女性が安全でない中絶の合併症のため医療施設で治療を受けており、これによる年間治療費は概算で5 億5,300 万米ドルに上ります(Singh and Maddow-Zimet,2016)。サハラ以南アフリカならびにラテンアメリカ・カリブ両地域での調査では、安全でない中絶を受けた女性の約半数が、少なくとも中程度の合併症を体験しています(Qureshiand others, 2021)。安全でない中絶による疾患と死亡は、生殖年齢の女性から毎年、障害調整生存年(個人の生産寿命の損失を測る指標)にして延べ500 万年を奪っており、この莫大
な数字でさえ、まだ少なく見積もられている可能性が高いのです(Grimes and others,2006)。
 望まない妊娠の数が一貫して多いこと(年間1 億2,100 万件と、妊娠全体のほぼ半分に相当[Bearak and others, 2020])、恐るべきことに性的暴力が世界中至る所に存在していること、そして絶対に確実な避妊法はないことを考えると、安全か安全でないかにかかわらず、中絶に対する需要が無くなることはないでしょう。  
 それでも政策立案者は、規制しても中絶は減少しないという多方面での研究結果があるにもかかわらず、安全な中絶に対して法的な障壁を設け続けています。それにより、中絶が安全でないものになり、女性が障害を負ったり、死亡したりという結果を確実に引き起こしているのです(Bearak andothers, 2020)。
中絶が違法である国でも、中絶の水準は合法である国とほぼ同じです(Bearak andothers, 2020)。(中絶に関する法律がより自由な国では、意図しない妊娠率が低くなる傾向があることは重要です。これは、性と生殖に
関するヘルス・サービスが性的に活発な人々のニーズにより配慮したものになっている結果だと考えられます [UNFPA, 2022]。)中絶を規制することはつまり、中絶件数を減らすよりも、女性の健康を損なうことにつながります(PLOS Medicine Editors, 2022)。中絶規制は、特定の集団にさらに大きな悪影響を及ぼすおそれがあります。例えば、合法的中絶が可能な期間を短くすると、生理不順の女性が中絶を受けることは難しくなります(Noblesand others, 2021)。特に、中絶へのアクセスがますます脆弱なものとなり、反論を受けやすくなることを考えると、こうした悪影響は深刻な懸念を伴います(Miani and Razum,2021)。
 実際、中絶を規制するのではなく、性と生殖に関する権利を支援する政策を促進することには「波及」効果もあります。例えばウルグアイでは、中絶の合法化に伴い、思春期の妊娠が減少しました(Cabella and Velázquez,2022)。安全な中絶へのアクセスを拡大すれば、安全でない中絶の合併症に関連する不妊症を
減らせる可能性もあると、中欧・東欧とサハラ以南アフリカのデータを検討した研究者は言及しています(Mascarenhas and others,2012)。つまり、安全な中絶は、女性が子どもを望む場合に出産能力を高める可能性があるのです。


性と生殖に関するヘルス・サービスをすべての人に
 近代的避妊法と、より広範な生殖に関するヘルス・サービスの満たされない需要(アンメット・ニーズ)に関するデータを見ると、ここ数十年で急速な進歩が見られてはいるものの、一定のコミュニティが依然として取り残されていることは明らかです。具体的には思春期の少女や障がい者、高齢者、疎外された民族集団、難
民や移民、不妊カップルや個人、中絶にアクセスできない女性などが挙げられます。
 性と生殖に関するヘルスケア・サービスへの普遍的アクセスを達成するためには、より包摂的な視点から、生殖に関する健康や権利に関するプログラム策定に取り組む必要があります。つまり、最も疎外された人々にも届くであろうと受け身の姿勢で想定するのではなく、こうした集団のニーズに積極的に取り組むことが必要
だということです(142 ページ「取り残されているのは誰か」を参照)。しかし権利擁護者や研究者は、単に疎外された人々やリスクの高い集団に「対象を絞った」アプローチを採用しないように警告しています。窮地に立つ人々の選択肢を広げるどころか、これを狭めるトップダウン型の政策決定に陥るおそれがあるからです
(Gomez and others, 2014)。むしろ取り残されている人々の声に耳を傾け、またプログラム策定の際には、こうしたコミュニティ自体のニーズや解決策、リーダーシップに対応する必要があります。


包摂的な社会は強靭な社会
 社会が人口動態に関する強靭性を実現するためには、人的資本開発について幅広い視点を採用すべきで、例えば労働市場や社会全体における移民の包摂的な参加があります。多くの国で、移民は現地の労働市場に参加することも、やりがいのある人間らしい仕事(ディーセント・ワーク)を確保することもほとんどできません
(Zetter and Ruaudel, 2018)。移民はしばしば、最も脆弱かつ危険で、賃金も低く安定性に欠ける仕事へと追いやられています(Orrenius andZavodny, 2009)。例えば、海外で取得した資格の認定を促進し、参加に対するその他の障壁を取り除くためには、さらなる取り組みが必要です。
 グローバルな視点から見ると、一方に人口の高齢化を抱える国があり、他方に若い人口を抱える国があるという現状は、理論的には連携や交流、強靭性の共有の機会に恵まれていることになります。高齢化の進む国が、若く出生率の高い国と連携し、経済的な移住を支援すれば、移民の流れにより労働年齢人口が増え、年金制度が安定し、さらに短期的な出生率の向上にも寄与するかもしれません。高齢化が進む国の中には、この道を選んだ国もあります(カナダは例としてよく引用されます)(Cheatham,2022)。第3 章で概説したとおり、この取り組みが一般的でないことには理由があります。しかし、現代世界の人口動態における多様性を考えれば、移民から恩恵を受ける社会をより包摂的に捉えることは、人口に関する懸念に対処するための有力な手段の一つとなり得るでしょう。


ジェンダーの平等無しに進歩はない
 強靭性を高めるという目標は、ジェンダーの平等無しには達成できません。ジェンダー平等は、出生率が高い状況における強靭性と発展の前提条件として重要であるとよく強調されています。しかし、出生率の低い状況においても重要性は同じです。最新の研究では、ジェンダーの不平等は人口増加率に関係なく、経済成長を阻む長期的な障害となっていることを示しています(Santos Silva and Klasen, 2021)。
 国連人口部が発表した『世界社会情勢報告2023』によると、少子高齢化が進む国においては、退職年齢の引き上げと、国際的移民の受け入れ水準の引き上げまたは維持に加えて「労働力参加におけるジェンダー平等の達成が、必要な(労働生産性)上昇の成否を左右」します(UN DESA, 2023)。「調査対象の167 か国のうち99
か国では、これら3 つの要因のうち、労働力参加におけるジェンダー平等の達成が、最も大きな変化をもたらします。」同じ調査により、出生率の引き上げを積極的に目指したとしても「2020 年から2050 年にかけての1 人当たり所得の向上には限定的な効果しかもたらさない」ばかりか、扶養される子どもが増えることで、経済成長加速の見込みは事実上損なわれることが明らかになっています。
ある著名な社会学者によると、出生率が極めて低くなる現象は、女性のキャリアアップが実際には可能であるにもかかわらず、実際には仕事と家庭のどちらかの選択を迫られる国において起こりやすいと言います(Rosenbluth, 2007)。家庭内でのジェンダー不平等は、女性が家事と育児の負担を一手に引き受けることを
意味し、民間や国は、働く親たちへの支援(保育、育児休暇など)をほとんど、もしくは全く行っていません。職場でのジェンダー不平等、家庭でのジェンダー不平等、勤労者世帯への構造的支援の欠如という三重の足かせは、同様に所得水準にありながら出生率が高い国との比較において、少子化が進む国の特徴となっています。
 出生率の引き上げに向けた確実な一歩として、家族がリソースと労働をいかに生み出し共有するかという点で、より柔軟な姿勢をとることが挙げられます。もちろんこれは、稼ぎ手が1 人といういわゆる「伝統的」家族構成を廃止すべきだということではありません(詳しくは117 ページを参照)。稼ぎ手が1人というのは妥当な選択肢であり、これが唯一の選択肢である家庭も存在します。しかし、家庭経済について視野を広げ、出産と子育ての大きな労働負担を認識し、父親や拡大家族、保育サービスによる子育てや介護への貢献を評価し、成人男性だけでなく、成人全員の経済的能力強化を可能にすることは欠かせません。もちろんこれは、長年にわたってフェミニストの学者や政策立案者が主張してきた内容です。正規・非正規双方の労働市場、職場、そして家庭でジェンダー平等の条件を整備すれば、すべての人に利益をもたらすのです。
 少子化が進む環境では、女性の教育や雇用、エンパワーメントが出産を阻んでいるようにデータが誤って解釈されることもあります(Cusack, 2018)。しかしフランスの実例は、この想定に反するものです。2020 年のフランスの出生率欧州連合EU)で最も高く(Statista,2022)、EU 平均の女性1 人当たり1.5 という出生率に対し、1.8 となっています(World Bank,2022)。またフランスは、女性の労働参加率が世界でも最も高い国の一つです。これは単なる偶然ではないかもしれません。「欧州の出生率は、女性が働きに出る国で高く、女性が基本的に家庭にとどまっている国で低くなっています。(中略)欧州諸国の出生率のマップはある程度、働く女性のマップと重なります」(Chemin, 2015)。女性が自己決定権を行使できていることが、社会にとって利益となっていることが、ここからも確認できます。フランス国立人口研究所の人口学者ロラン・トゥールモン氏は「女性が自己決定権を持つことは、制度(が機能するの)に欠かせません」と述べています(Chemin, 2015)。

 家庭や働く女性を支援する具体的な社会政策は、必然的にそれぞれの社会が置かれた状況や、利用できる手段によって異なります。例えばフランスで導入されている制度は、長年にわたる適応と革新によって、以前の奨励制度から、女性に対し望む出産の実現能力を強化する制度へのシフトが起こった結果です(UN DESA,
2015)。実際のところ、報奨制度からエンパワーメントへの移行は重要です。人口学者がよく受ける質問に、ジェンダー平等の向上は国の出生率の増加に役立つのかというものがあります。この点について合意は得られておらず、一部の研究でわずかな関連性を示しているだけです(Kolk,2019)。しかしこの種の問いの立て方は、その出産が問題とされている人々自身の意図や願望を排除しているという点で、多くの面で本質的問題を抱えています。女性が何人の子どもを産みたいと考えているのか、そしてその願望を実現するための条件が整っているのか、と問うことがより適切です。
 出産奨励策から生殖に関する主体性をエンパワーメントすることへの移行は、人権面だけでなく経済面でも、社会に大きな利益をもたらします。女性が出産・育児と仕事のバランスをとることを選択できるような取り組みは、即時の生産性向上(より多くの世帯員が有給労働に加わるよう促すことで実現される)と将来的な生産性向上(「有利なスタート」を切って、子どもの生涯生産性が高まることで実現される)の両方につながります(Penn Wharton, 2021)。
 一方、ジェンダーの不平等は経済成長と負の相関関係にあります(Klasen, 2000; Wiley,2014)。その証拠基盤は強固であり、多くの国や地域でこれを裏づける事例が見られます(Tsani and others, 2013; Thévenon and others,2012)。教育やジェンダー平等プログラム、女性の雇用などの開発推進要因による人的資本開発を、個人の生殖目標を操作するツールとして用いるべき、ということをデータは示していません。

 むしろ、いくつもの研究が女性が自らの選択を実現するためのエンパワーメントの重要性を強調しています。また、そうした選択は時代と状況によって変化するとしています。研究者たちは、2013 年の『ランセット』誌での論文で「望む数の子どもと適切な出産時期の実現は、女性、家族、社会にとって大きな利益になる」と結論づけています(Darroch and Singh, 2013)。2021 年に発表された統計によると、韓国の出生率が世界で最も低く、6 年連続の低下で女性1 人当たり0.81 にまで落ち込んでいます(Yoon, 2022)。韓国の市民がそれ以上子どもを持たないのは、必ずしも子どもがほしくないからというわけではなく、支援体制の欠如によっ
て、責任を持って選択を行うことができないからだとされています(Yoon, 2022)。それでも、ジェンダー規範の固定観念は根強く残っています。OECD 諸国の中で、韓国の男女間賃金格差は31% と最も大きく、OECD 平均の2 倍を超えています。また『エコノミスト』誌による働く女性の「ガラスの天井」指数でも、OECD
最下位となっています(Ahn, 2022)。
 もちろん、社会的、経済的状況はコミュニティによって異なるため、生殖に関する選択を支援するために必要な具体的な制度も異なります。家庭を支援し、職場でのジェンダー平等を促すためのプログラムの実施費用に対して反対する人々も多く、この種の投資を行うために使える資金の規模が国によって異なることも事実
です。しかし世界銀行は、たとえばスリランカのような中所得国で出産と子育てを支援する体制がなければ、国にとって莫大な支出が生じると述べています。より多くの女性が有給の仕事に就くことで生じる経済・社会的利益が失われてしまうためです。スリランカの女性の就労率は36.6%であり、世界銀行の調査では、この数
字は特に育児など、女性が家庭内で負う義務に起因するとしています。「核家族が一般化し、女性は子育てを手伝ってくれる拡大家族と一緒に暮らすことが少なくなってきています」(World Bank, 2018)。これは発展にとっても、女性が自己決定権を行使する能力にとっても、制約となります。より包摂的な家族のあり方を
提示すること、特に誰が家計を支えることができ、誰が家族の面倒を見ることができるのかを考えることは、教育機会や家族支援サービスを提供するために行う投資同様に重要です。


人口とはつまり、人々とその権利のこと
 本白書でまとめられている事象を大まかに要約すると、生殖に関する権利を規制する政策には効果がなく、社会全体に害を及ぼす一方で、生殖に関する権利を支援する政策は、すべての人々の繁栄、そして世界の変わりゆく現実への適応の可能性を引き出すということになります。実際のところ、権利というものは、それを支援する強力な政策がない限り、単に理論上のものにすぎないのです。
 性と生殖に関するウェルビーイングを確保するためのもう一つの柱に、性と生殖に関する正義という、新しい原則があります。これは「入り組んだ抑圧に対処」し、「これまでしばしば声を無視されてきた人々の体験」に焦点を当て、「生殖を罰則的に規制する権力と特権の体系的分析を可能にする」ものです(McGovern andothers, 2022)。ジェンダーの不平等や人種の不平等、階級その他の組織的不公正はいずれも、性と生殖に関するウェルビーイングの実現を損なうもので、法制度またはヘルス・システムによって十分に対処されていません。市民社会団体や草の根組織、女性団体その他、最も疎外された人々の視点や経験を発信するフォーラムは、生殖に関する正義を前進させ、ともすれば意識的または無意識的に害を及ぼし続ける可能性のある法制度およびヘルス・システムの説明責任を確保するために欠かせないリーダーであり、パートナーでもあります。2019 年のICPD25 周年ナイロビ・サミットで達成された生殖に関する健康と権利の機運をさらに高める
ことを目的とする「ICPD25 周年ナイロビ・サミットのフォローアップに関するハイレベル委員会」は、各国に対し、普遍的な性と生殖に関する健康と権利を実現する前提条件として、性と生殖に関する正義を達成するよう求めています(McGovern and others, 2022; Luchsinger,2021)。
 これらすべての面で取り組みを拡大しない限り、ICPD 行動計画のビジョン全体も、SDGsのターゲットにある性と生殖に関するヘルスケアへの普遍的アクセスも、世界は達成できません。世界があらゆる分野ですべての可能性を実現するためには、これらの合意された野心的目標を達成する以外に道はありません。全世界の生殖に関する健康プログラムの現状を広範に調査したものでは、次のように結論づけています。


 「生殖に関する健康の進歩は、女性の経済的な能力強化の進歩につながります。避妊具・薬の利用が拡大すれば、女性の主体性、教育および労働への参画率が向上します。初産の年齢が高くなれば(思春期の出産が減少すれば)、学校教育を修了し、正規の労働市場に参入できる可能性が高まります。そして出産する子どもの数が少なくなれば、労働参加率が上昇します」(Finlay and Lee, 2018)。


無限の可能性
 本白書で取り上げた不安の多くは、懸念を説明するための表現に明瞭さと人間らしさが欠けていることから生じています。いわゆる「人口に関する懸念」について語る際に具体性が無いと、女性の身体や外国人、疎外された人々に対して、恐怖と非難の矛先を向けることに陥りがちです。世界の多くの場所で依然として用いら
れている「人口の制御」という言葉や(Yu,2022; Kates, 2005)、「多過ぎる」「少な過ぎる」といった表現は、有害であるだけでなく、生産的な議論を行うには曖昧過ぎます。避妊具・薬を割当制にしたり、出生率を上下させるためにその利用を戒めたりすることは、人を全体で捉え、将来世代を生産する道具としてみなす非人間的な手法です。
 経済的、軍事的、社会的その他の目標達成の観点から人口の有用性について語ることは、さまざまな意味で逆行しています。人口とは、基本的に人々のことです。経済的、軍事的その他のシステムは、人類の利益に資するように用いられるべきツールであり、その逆ではありません。人々は目的そのものであり、目的を達成す
るための手段ではないのです。人々が可能性を十分に発揮し、健康と教育を享受し、機会が与えられていれば、人々は豊かになり、その結果としてシステムも栄えることは、データが示しています。
 人口という単語は、地方または国、民族的または宗教的、地域的または世界的など、さまざまな集団を示す意味で使われます。そのため、正確には誰を指しているのかという点で曖昧さが生じます。国の人口には、不法移民や難民も含まれるのでしょうか。含まれない場合、こうした人々の権利を保障するために必要な仕組み
はあるのでしょうか。政策立案者が一般的に、人口増加が急激過ぎる、または緩慢過ぎると述べる時、暗に特定の人々または特定の少数者集団を指し、その他の人々は含まれていないのでしょうか。迫り来る「人口崩壊」に対して不安を表明する評論家たちは、女性が生殖機械としての役割を果たしていないことを嘆いているのでしょうか。それとも社会的・法的条件によって、女性やカップルの出産に関する目標の実現が妨げられていること嘆いているのでしょうか。指導者が、十分なサービスが行き渡っていないコミュニティで出生率を下げるために避妊具・薬の普及を求める場合、このコミュニティでは生まれる子どもが少ない方がよいと言いた
いのでしょうか。それともコミュニティの一人ひとりが、生殖に関する主体性を十分に行使できていないと言いたいのでしょうか。

 人口についてより有意義な議論をするためには、権利を擁護する表現や具体的な表現を使う必要があります。両方とも、この数十年間に人類が成し遂げた大きな成果を認めつつ、具体的な課題をはっきりと表現し、明らかな解決策を見つける助けになります。「多過ぎる」という表現を使わないことは、人類の存続と長寿の成果を認識することを意味します。「少な過ぎる」という表現を使わないことは、女性が自身の状況に応じた家族計画を行えるようになってきたことを認識することを意味します。私たちはこうして勝ち得たものを称賛する一方で、望む子どもの数と現実の子どもの数の間にある懸念すべきギャップに留意しつつ、年金積立の仕組みをより健全化することを求めるとともに、送り出し国、通過国および受け入れ国の間の秩序ある安全な規則的な移民の移動を可能にする政策を実施し、同時に労働参加率の向上を図る必要があります。
 この学際的報告書では、生態学者や経済学者、防衛計画担当者、フェミニストの視点から捉えた人口について検討しました。そして、政策立案者や報道関係者、医療従事者、各国の首脳や一般の人々が使用する表現や、こうした人々が表明した懸念に注目しました。そこでわかったのは、人口に対する不安はこうした議論の領域すべてに広がっているものの、それぞれの不安の性質は異なり、互いに矛盾することも多いということです。本白書は、問題のすべてに答えを出しているわけではなく、そもそもそれは不可能なことです。繰り返し見てきたとおり、人口に関する懸念は多様であり、状況に大きく依存しています。解決策もそれぞれに応じたものでなければいけません。しかし、人々の権利と選択が制約を受けることは、事態をさらに悪化させるだけであることは確かです。
 すべての問いへの答えを出さなければならないという訳でもありません。絶望と、絶望が武器となって人権を蝕む状況とに備えることで、私たちは希望を持つことができます。私たちが世界の人口の行き着く先をどう見るかの中に、権利に基づいた取り組み方に見出される楽観性と有望性を改めて根づかせる必要があります。
人口動態に対する強靭性を達成するための取り組みには、指針が存在します。その目的は、多様性を持つあらゆる人々が出生率や移住率に関係なく、強靭性を獲得できるようにすることです。人口動態に対する強靭性の重要な特徴は、解決策は一つの分野だけでなし得ないということです。
 「そのためには市民社会や民間企業、家庭と連携し、健康的かつ活動的に歳を重ねること、労働市場と年金を改革すること、家族に優しくあること、(移住管理を)改善することの他、生殖に関する権利と能力強化の促進を目指す総合的な政策を採用する必要があります」と、人口動態に関する強靭性推進を支援する人口学者
たちは述べています。「ICPD 行動計画以降の進展が遅いことからもわかる通り、このような改革に対する政治的支援の確保は簡単ではありません。それでも私たちは、歴史に学びながら、女性が持つべき子どもの数を指定して問題を解決しようとする試みを押し返さなければなりません」(Gietel-Basten and others, 2022)。
 今こそ、すべての人々の可能性を実現するべき時です。それは、女性が男性とともに教育を受け、雇用されること、そして疎外されたコミュニティが、すべての決定の場に立ち会うことができるようにすることを意味します。さらに、あらゆる人に対して投資を行い、一人ひとりがジェンダーや民族、国籍、障がいの有無にかかわらず、私たち全員の未来に貢献できるようにすることです。その未来とは、私たち80 億人すべての未来、無限の可能性を秘めた未来なのです。