リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

「産んだら一生恨んでやる」…朝日新聞男性記者が不倫相手を自殺未遂に追い込んだ「衝撃の言葉」の数々

朝日新聞 11/7(木) 7:35配信


「産んだら一生恨んでやる」…朝日新聞男性記者が不倫相手を自殺未遂に追い込んだ「衝撃の言葉」の数々(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース

 今年8月26日、日本経済新聞社の女性記者A子(33歳)がストーカー規制法違反容疑で逮捕された。なぜ政治部のエリート記者が逮捕されるに至ったのか? 裏には不倫相手である朝日新聞記者Bとの泥沼のやりとりがあった。前編記事『「一人にしないで」「死にたくない」…泥沼不倫の果てに日経エリート女性記者が「ストーカー容疑」で逮捕された「本当の理由」』より続く。


【画像】温泉宿で…妻子持ち朝日新聞エリート記者が不倫をした“証拠写真


何度も「堕胎してくれ」と懇願
 警察からBの暴行の件で何度も事情を聞かれていた際の2人のLINEのやりとり

 A子は1年前の2023年10月1日から日本経済新聞社へ転職が決まっていた。9月にはBも厚労省担当へ異動が決まり、会う頻度は少なくなっていた。ところが、10月の第一週にA子の妊娠が発覚する。経口避妊薬を服用していたので、予期せぬ妊娠だった。

 「不安と歓びからA子はBに電話で妊娠したことを告げました。しかし、その答えは『オレ無理だから、堕ろしてくれ』という無情なものでした。翌朝、Bが部屋に来て何度も『堕胎してくれ』と懇願したようです。そして『妊娠したことは親にも会社にも誰にも言うな』と強い口調で約束をさせました。

 A子は一人でも産みたいと懇願しましたが、Bは『堕ろせ』の一点張りだったそうです。何度も口論になって、そんな時でさえBは暴力を振るいました。

 妊娠が発覚してからBはほぼ毎日のように部屋に居座っていました。中絶をするという確約を取り付けるために必死だったのだろうと思います。しかしA子の意志も固く、このままでは出産してしまうという焦りから、なかば監視をするかのような状態だったのだと推測します。

 Bは『中絶をしてくれたら毎日会って一生支えていく』という言葉も口にしました。それでも暴力は続きましたし、『産んだら一生恨んでやる』との文言も残っています。初期中絶ができるのは12週までということで、A子の精神は崩壊寸前でした」


「おまえが子供を殺した」
 左目が腫れ上がるまで殴打された

 最終的にA子が折れるかたちで、中絶手術をすることになった。

 「中絶手術はBもA子に付き添い、手術費用も立て替えたそうです。『これから一生君を支えていく、守っていく』という言葉もあったそうです。しかし、以降もBからの暴力は止まなかったのです。

 口論の中、Bは興奮することがたびたびあり、A子は突き飛ばされたり、激しく振り払われたりして怪我が絶えませんでした。

 激昂したBが『おまえが子供を殺した』と、信じられないことを口にすることもあったそうです」

 新居でも近隣住民からの通報で何度も警察が来たという。それでも同棲状態は続いた。中絶手術をしたことで肉体的にも精神的にも傷ついたA子は、友人とも同僚とも連絡を取らず、家に籠ることが多くなったという。

 「今年の2月頃からA子への暴力がさらに増えてきました。Bが母親を伴って、謝罪をするためA子の母親と四人で話し合いをしたこともありました。それでも暴言や暴力が止むことはありませんでした。4月末には部屋の中で左目が青黒く腫れるほど殴打されました」

 今年の3月にはA子の両親が直談判をしに、Bの勤める朝日新聞社を訪れた。A子に対するあまりに非道な仕打ちを訴えに行ったのだ。

 「その頃のA子は精神的にとても不安定でした。私が電話で食事に誘っても、来ようとしません。自分が子供を殺してしまったという意識に苛まれていました。仕方なく私が部屋に行って一緒に過ごすこともありました」


大量の睡眠薬を飲んで救急搬送
 Bに強く掴まれてできた痛々しいアザ

 A子は極度の不安から眠れなくなり、心療内科から処方された睡眠薬をいつも服用していたという。睡眠薬もどんどん成分の強いものになっていった。A子が自殺未遂をしたのはその頃だった。

 「いつものように安否確認の連絡をしたのですが、『最近あんまり会えなくてごめんね。今までありがとう』という不穏な返信が来ました。すぐに自宅へ駆けつけると、焦点な定まらない目付きのA子は大量の睡眠薬を飲んだ直後でした。

 すぐに救急車を呼んで搬送され、一命は取り留めました。友達も多く、いつも明るくて、よく笑うA子がまるで別人のようになってしまいました」

 Bとの関係も膠着した状態が続いた今年8月6日のことだった。A子の母親が、A子の置かれた状況や不倫、妊娠中絶などの経緯を打ち明けるメールをBの妻宛に送った。それを知ったBが激昂したのだ。

 「翌日、『なんてことしてくれた!もう限界だ』とA子の部屋に来て怒鳴り散らしました。その様子をA子の母親が電話越しに聞いて、四谷警察に通報したのです。

 警察官によって引き剥がされるようにBは帰宅しました。その足で彼は本所署へ被害届を出したのです。被害届を出した数日後にA子が出したメールが原因で、本所署の警察が四谷署でA子に面会をしたいということになりました。そこでストーカー規制法に基づく警告を受けたのです。Bにメールをするなという事でした。

 ところが警察からの警告の直後に、また生理が止まってしまいました。もちろん連絡してはいけないことは理解していましたが、B以外に相談できる相手がいなかったのです。

 それで17日以降、25日までの間にBに計64通のメッセージを送ったのです。そのメールが逮捕される原因となりました」


供養へ出かけようとしたところ…
 64通のメッセージは一部内容が報道されている通り。「生理がこない」「妊娠していたらどうしよう」「中絶が原因で遅れてるのかな」「死にたいよ」「お願いだから一緒に背負ってほしい」といった内容だった。

 「確かに警告後にメールを送ったことは事実です。しかし、それは相手に危害を加えるようなものではなく、また中絶しなくてはいけないかもしれないという、極度の精神不安から絞り出すように送ったものでした」

 翌26日のこと。27日は中絶した子どもの月命日だった。Bが供養のために寺に来ることを想定し、A子は会わないように1日ずらして出かけようとした時だった。本所警察の警察官から「A子さんですか?」と呼び止められた。そこで本所署へ同行を求められ、警告を無視してメールを送信したことなどを理由に逮捕された。

 「水子供養をお願いしているお寺には二人の名前の入った卒塔婆がありましたが、A子の逮捕後にA子の許可なくBが片付けてしまいました。今はA子一人の名前の入ったものが置かれています。

 これが私の話せるすべてです。どうか事実を知ってほしい。このままの状態では、A子はどこに行っても、誰に会っても色眼鏡で見られてしまいます。誰にも話をすることができないA子の気持ちを含めて、同情ではなく理解をしてほしいと思います」

 B記者の行為について朝日新聞に問い合わせると、「お尋ねの件については、お答えは差し控えます」との回答だった。

またBに直接、事実関係を確かめようと電話をかけるも不通。自宅に手紙を送ったが、期日までに回答はなかった。A子の人生はこれから先も続いていく。事実が理解され、少しでも障害となるものが払拭されることを願ってやまない。

【詳しくはこちら】『「一人にしないで」「死にたくない」…泥沼不倫の果てに日経エリート女性記者が「ストーカー容疑」で逮捕された「本当の理由」』

週刊現代、野田 洋人