リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

日本の避妊は「途上国」以下――ガーナ人女性が激怒した現実【早乙女智子×福田和子対談】

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 「あなたはどうして避妊にコンドームを使っているんですか?」――買いやすいから、便利だから? では、コンドームと同じくらい買いやすく、便利で、避妊成功率がより高いものがあったら、あなたは使ってみたいですか? 

 一般社団法人日本家族計画協会の調査(2016年)によると、日本で用いられる避妊方法の82%が男性用コンドームによるもの。しかし女性にとっては「つけてもらう」「つけてくれた」など、“男性主体”の避妊法というイメージがどうしても拭えません。日本国内には避妊方法が複数あるものの、低用量ピルの服用率は4.2%、女性の体内に入れる子宮内避妊システムIUDやIUSなどを使っている人は1%と普及率が低いのが実情。しかし、世界に目を向けると、多くの選択肢の中から女性が自分に合った避妊方法を選び、“バースコントロール”を行うことが当たり前の時代となっている様子です。そこで、公益社団法人ルイ・パストゥール医学研究センター研究員で産婦人科医の早乙女智子医師と、スウェーデンへの長期留学で日本に世界と同レベルの避妊法や性教育がない現状を知り、日本の性を考える「#なんでないの」プロジェクトを起ち上げた、同プロジェクト代表の福田和子さんに、日本の避妊事情が抱える問題点と女性主体の避妊について対談していただきました。

ピルの普及を阻む「スティグマ」とは
――日本の避妊事情は、世界的に見てどのような感じなのでしょうか?

早乙女智子医師(以下、早乙女) 統計上で、日本の避妊実行率は約44%といわれています。方法としては、コンドームが40%(避妊実行率の中では80%程度)で、低用量経口避妊薬ピル(以下、ピル)が4%。そして、子宮内避妊システム・IUSは2%と一握りなので、日本全体でコンドームによる避妊が主流といえるでしょう。ピルが認可されたのは1999年なので、国連加盟国の中でも本当に最後の方だったのですが、そこから20年たっても一向に普及していないということですね。

福田和子さん(以下、福田) やっと4%って感じですよね。普及しない理由として、経済的な問題や副作用などの漠然とした不安もあるかもしれませんが、女性主体の避妊に対する「スティグマ」も強いと思います。

――日本では聞きなれない言葉ですが、「スティグマ」とはなんでしょうか。

福田 汚名や負の烙印という意味のほかに、社会的にそのグループに属することで受けるマイナスのイメージです。ピルで言うなら、ピルを飲んでいることで「遊んでいる」といったイメージを持たれてしまうことがスティグマです。

早乙女 月経困難症でピルを服用していても、「彼氏がいないのに飲んでいるなんて、遊び人だな」とか言われるんだもんね。本当に面倒くさい。それに、もし避妊のために服用しているなら「私はしたい時にするし、産みたい時に産む。今妊娠は困るからピルが必要なんです。それが何か?」と言い返せばいいだけなのに、それもできないのが今の日本。

福田 スティグマは同性内でも根強いし、言い返すのはまだ無理ですよね。日本ではスティグマという言葉自体が普及していないから、概念としても薄いのかも。

避妊は「する」「しない」ではなく、継続的に行うもの
――なぜ日本では「ピル=性交渉」というイメージが先行してしまうのでしょうか?

福田 大学入学後、日本の性産業の歴史について学んでいた中で感じたことがあって。性産業従事者の女性は「男性を楽しませる」ためにセックスをしますが、家庭内の女性は「子どもを産むため」のセックスであり、女性が「楽しむ」という概念がなかったと思うんです。そういう考え方が、当時から現在まで続いたことにより、女性がセックスを楽しむことや、回数が多いことに対してのスティグマが生じたのではないでしょうか。その結果、「ピルを飲んでまでセックスをする物好き」とか、反対に「私は遊んでいないからピルは必要ない」っていう感覚になっちゃうのかなって思いますね。

早乙女 「私は遊んでいないからピルは必要ない」と言う人もいますが、1回のセックスで妊娠することだって普通に起こることなので。そして、避妊は性交1回ごとに「する、しない」ということではなく、自分の人生の中で「“今”は妊娠している場合じゃない」とか、「この男性の子どもを産んでもいいか」と考えた上で行うこと。避妊をしなくてもいいのは、妊娠をしたい時だけで、避妊はライフプランを形成する上で“継続的”に行うという概念に気付いてほしいです。

福田 セックスの回数が多いこと自体は問題じゃないし、ピルを飲むだけでヤリマンとかって定義されるのもおかしいですよね。

早乙女 ヤリマンやビッチ、遊んでいる女とか、陳腐なワードが固定化されているけれど、どれも男性が女性を貶めて、優位に立った気分でいるだけ。そんなくだらない自己満足のために“女”が使われているんだけど、男と女を入れ替えて成り立たないものはすべてジェンダーバイアスだから、丸めてポイしていい。常に「男女を入れ替えて成り立つか」で考えていくと、バイアスは簡単に見えてきますよ。そして、自分の体や人生に向けられていることなんだから、「ピル飲んでいるのは遊び人」とか言ってくるヤツには、「遊ぶためで何が悪いんですか? アンタとはしないけどね!」って言ってやれ(笑)。


避妊が保険適用外なのは、軽視されているから


――海外の避妊事情はどうなんでしょうか?

福田 上の表は、カナダ・バンクーバーで開催されたWomen Deliver 2019 Conferenceで無料配布された、避妊の種類をまとめたシートです。日本で選べる避妊法は、コンドームとピル、IUDやIUSくらい。でも、海外だとパッチや注射、インプラントなどさまざまな種類があるんです。

早乙女 海外の場合は、かかりつけ医や若者が気軽に相談できるユースクリニック(※25歳以下なら、避妊、セックスの話や人間関係の悩みまでプライバシーも守られながら専門家に相談できるクリニック)も充実しているから、医師と相談しながら自分に合った避妊法を選択できるんです。オランダではピルを飲んだことのある人が80~90%だし、アメリカには校内にアフターピル自動販売機を置いている大学もあるとか、ピルや中絶費用が無料の国も多いです。

福田 学校の保健室でピルがもらえたり、緊急避妊薬のアフターピルを薬局で売っている国もたくさんありますよね。スウェーデンでは、効果が3~5年持続するIUSが3,000円ほどで、出産経験がない女性も使っています。韓国はアフターピルに処方箋が必要ですが、それでも3,000円くらいと聞きました。日本だと診察が必要な上に金額は1~3万円前後しますし、低用量ピルを飲む場合だって検査料や初診料が必要なので、初診だけで1万円は用意して行くぐらいかかります。その後は薬代だけで毎月2~3,000円くらいを払い続けることになりますが、そんな話は日本以外で聞いたことないですよ!

――日本は避妊具の選択肢が少ないうえ、女性側への負担も大きいんですね。

早乙女 すごくトリッキーなんだけど、日本ではピル自体も避妊用と治療用に分かれていて、避妊用は自費なんです。でも、治療用は「避妊用ではありません」という体をとっているから、中身は同じなのに保険が適用されるんですよ。IUSも、過多月経などの治療目的であれば年齢に関係なく入れられて、保険適用で1万円以下なのに、避妊のためだと自費で5万円以上。しかも、主に経産婦が対象なので使用できる人が制限されています。つまり、それくらい日本では避妊に対するアクセスのハードルが高いんです。

福田 そういうところもスティグマを生んでいますよね。日本は治療費の多くを保険でカバーできる国ですが、適用外なのは美容整形や予防医療などの個人が選択する“アディショナル”なもの。そこに避妊が含まれていることで、「自分の好み」でやるものというイメージになってしまう。重要な医療とか、当たり前の医療として捉えられていないんだと思います。


世界が驚愕した、日本の途上国的な避妊事情
――福田さんは「#なんでないの」プロジェクトの代表として、日本の性事情を世界に向けて発信されていますが、海外と比較してどのような印象を受けますか?

福田 以前、セクシュアルヘルス(性の健康)やジェンダーの平等に関する国際会議で登壇する機会があったので、性教育がない、避妊具も少ない、中絶も手術で行われるという日本の現状を話したら、「残念な国なんだね……」みたいに静まり返っちゃったんです。そして、中絶手術の費用が10万~20万円っていうと、みんなキレていました。私の話を聞いたガーナ人の女性は日本の現状に衝撃を受けたらしくて、「なんで怒らないの!?」ってすごく怒っていて、ネパールの看護師さんには、「私が日本へ行って、産婦人科医に避妊具の種類を教えようか?」とも言われたんですよ。どこの国も同じようなリアクションで、日本の避妊事情の遅れを肌で感じました。

――発展途上国といわれる国の方が、日本より避妊事情が充実しているんですね。

早乙女 私たちが途上国だと思っている国は先進国から援助を受けているので、経済格差や文化的差異はあっても、避妊のベースは先進国と一緒なんですよ。ちなみに、ジェンダーギャップ指数で日本は110位(149カ国中)。この領域で日本は先進国ではなく、完全に途上国です。女性の性に関する問題は、「途上国として」というスタンスで考えないといけないと思います。

福田 国際会議で避妊の問題が語られるとき、話題になるのは、ヘルスケアセンターが少ないことや、物流の問題で避妊具のストックが不足していることなど、必要な女性にうまくデリバリーできていない現状なんですよね。そもそも、日本のように「認可されない」という議題がないんです。参加した際、誰にもわかってもらえず、ただ驚愕されるだけという苦しみを味わって、すごく絶望しましたね。


避妊は自立した女性の証し
――日本では女性主体の避妊に対して、スティグマが強いようですが、海外ではどんな雰囲気なのでしょうか?

早乙女 「大人はセックスするものでしょう?」という感覚なので、普通に受け入れられています。

福田 逆に、女性が何かしらの“バースコントロール”を考えていないと、自立した女性として見てもらえないですね。私がスウェーデンでピルをもらいに行った時、医師の対応が「自分や相手のことをきちんと考えているってことだから、すごくいいことだよ」と褒めてくれたんです。そして、「どれにする?」と多くの避妊法を説明してくれて、「自分のライフプランや相手との関係性を考えて選んでね」とポジティブな姿勢で向き合ってくれます。なので、自分自身が受け入れられている気持ちになりますし、すごく良いことをしているんだと思えました。

早乙女 日本は相談窓口に、もれなくスティグマが置いてありますね。高校生カップルが学校の性教育でピルを知って病院にもらいに行ったら、「高校生には出さない」と言われたという事例が去年もありました。海外はユースクリニックもあるから、学生でも、親からも学校からもフリーで、プライバシーを守られながら相談ができるのに。

福田 ピルでもアフターピルでも、親の署名が必要とか、高校生お断りと書いてある病院が、日本にはありますよね。正しい性教育が必要なのはもちろんですが、せっかく知った知識を活用できない方が、知らずに対策できないより残酷。性教育の先のアクセスも守られないといけないなと思います。

(後編につづく)

早乙女智子(さおとめ・ともこ)
日本産科婦人科学会専門医。日本性科学会認定セックスセラピスト。1986年筑波大学医学専門学群卒業。2015年京都大学大学院医学研究科単位取得退学。2019年京都大学博士(人間健康科学)取得。世界性の健康学会(WAS)学術委員、厚生労働省社会保障審議会人口部会委員。1997年に経口避妊薬の認可に向けて結成した一般社団法人性と健康を考える女性専門家の会代表理事。ジョイセフ理事。現在は、倖生会身原病院産婦人科常勤医および公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センター研究員。著書『避妊』(主婦の友社)、監訳『ピル博士のピルブック』(メディカルトリビューン)他。

福田和子(ふくだ・かずこ)
#なんでないのプロジェクト代表、世界性の健康学会(WAS)Youth Initiative Committee委員、I LADY.ACTIVIST、性の健康医学財団機関誌『性の健康』編集委員国際基督教大学
大学入学後、日本の性産業の歴史を学ぶ。その中で、どのような法的枠組みであれば特に女性の健康、権利がどのような状況にあっても守られるのかということに関心を持ち、学びの軸を公共政策に転換。その後、スウェーデンに1年間留学。そこでの日々から日本では職業等にかかわらず、誰もがセクシャルヘルスを守れない環境にいることに気付く。「私たちにも、選択肢とか情報とか、あって当然じゃない?」 との思いから、17年5月、『#なんでないのプロジェクト』をスタート。


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