東京新聞 2020年4月20日 02時00分
執行猶予付き有罪判決を受けたにもかかわらず、売春防止法に基づいて二十歳以上の女性が身体の自由を拘束される施設がある。現在、全国でただ一カ所残る東京婦人補導院(東京都昭島市)だ。同法違反(勧誘等)の罪で裁判所から補導処分付きの判決を受けた女性たちが入る。だが、最近十年間の収容者は計四人にとどまり、「時代にそぐわない」と法改正や廃止を求める声が上がる。 (木原育子)
◆3畳に鉄格子「刑務所のようだ」
婦人補導院設置の根拠となる売春防止法は、戦後の混乱期、売春に身を投じる女性の保護更生を目的に一九五六年に制定された。
法務省のホームページは婦人補導院の目的を「規律ある明るい環境のもとで、社会生活に適応させ…(中略)…社会で自立して生活できる女性として復帰させる」と説明している。
だが、実際に東京婦人補導院を訪ねると、部屋のクリーム色の扉には頑丈な鍵がかかり、担当者の許可なく出入りはできない。一人用の部屋の広さはわずか三畳。立て板の向こうは便器がむき出しで、食事は小窓から配膳される。窓には鉄格子がはめられ、十センチほどの隙間から空が見えるだけだ。
補導処分の期間は六カ月。施設での授業は、裁縫や食事の作り方など生活全般の学び直しが中心で、併設された東京西少年鑑別所の職員や近隣の女子少年院の教員が担当する。東京婦人補導院の担当者は「視察に来た方から『刑務所のようだ』との指摘は正直あります」と明かす。
◆収容者10年でわずか4人
婦人補導院は五八年、東京、大阪、福岡の三カ所に設けられた。収容者が最も多かった六〇年には、計四百八人を収容した記録が残る。警察庁によると、六〇年に売春防止法の勧誘違反容疑で検挙された女性は一万二千四百五十四人で、婦人補導院への収容率は3・3%だった。
収容者は時代とともに減少。法務省によると、二〇〇九~一八年までの十年間の収容者は一一、一二、一四、一七年にそれぞれ一人ずつ。同時期の検挙者数は計二千四百十二人で、平均収容率は0・2%だった。
裁判所が補導処分付きの判決を出す件数が減った背景について、婦人保護施設の関係者は「刑事処分ではなく、支援施設への入所などで自立につなげる流れができているのではないか」とみる。検挙された女性の多くは、貧困など何らかの事情を抱えているからだ。
◆「時代にそぐわない、廃止を」
売春防止法を巡っては、売春に応じた男性は処罰されないことなどから、法律の抜本的な見直しを求める声が根強い。
厚生労働省が設置した検討会は昨年十月、女性の保護更生ではなく権利擁護のための新法制定を提言。ドメスティックバイオレンス(DV)の被害やアダルトビデオへの強制出演といった困難な問題を抱えた女性への専門的支援を盛り込むことを求めている。
ジェンダー法に詳しいお茶の水女子大の戒能民江・名誉教授は「婦人補導院は売春防止法のシンボル的機能を果たしてきた。売春防止法には女性の尊厳の回復や自立支援は明記されておらず、処罰の意味合いが強い。福祉的視点が欠如しており、時代に合わせた法制度にするためにも補導院廃止を検討するべきだ」と指摘する。
<売春防止法改正の動き> 4章で構成され、1956年の制定以来、抜本的な改正はされていない。厚生労働省の検討会が昨年10月、保護更生を目的とした同法4章を廃止し、女性の権利擁護の視点を盛り込んだ女性自立支援法(仮称)制定の必要性をまとめた。性暴力や性搾取の問題に対応できる法律に変えたい考えだ。与党の国会議員でプロジェクトチーム(座長・上川陽子元法相)を発足させ、法制化を目指している。一方、法務省が管轄する3章に規定された婦人補導院の見直しを巡る議論は低調だ。