結局は医師が堕胎罪に問われるかどうかが究極の問題だった?
厚生労働省・生殖補助医療専門委員会/部会や日本産婦人科医会(旧日本母性保護産婦人科医会)の報告・提言の経緯が説明されている。これを読むと、2000年の提言「女性の権利を配慮した母体保護法改正の問題点―減数手術を含む」でうたっていた「女性のオンデマンドの中絶」を認めるという考えは、結局、女性自身に「減数手術をするかどうか」の判断を押し付けて、医者が責任のがれしようとしたのでは? と疑いたくなる。
減数(胎)手術に関する見解
減数(胎)手術に関する見解
多胎に対する減数(胎)手術に関しては、FIGO 指針にみられるように、当該国の法令の範囲内としながらも、世界規模でこれを認めることでコンセンサスがえられている。わが国においては既に多数例が経験され、また、厚生労働省・生殖補助医療専門委員会/部会や日本産婦人科医会(旧日本母性保護産婦人科医会)から報告・提言されているように、一定条件のもとに実施されてもよいとされているかの如くである。しかし現実には、闇の中に処理され実態は明らかでない。日本受精着床学会・倫理委員会は、減数手術の現場における取り扱いをどうすべきかについて審議し、下記の結論に達した。
1 減数(胎)手術を母体保護法の下に合法化する
2 母体保護法における人工妊娠中絶の定義のなかに、「母体内において胎児を消滅させる場合」を加える
3 減数(胎)手術の適応は人工妊娠中絶の適応と同じく、「妊娠の継続又は分娩が母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」とする
4 減数(胎)手術に伴う母体並びに胎児に対する危険などの副作用を説明し、同意を得ておくものとする
5 減数手術の実施に際し、性別などによる減数(胎)児の選別を行ってはならない
6 人工妊娠中絶の届出時に、減数(胎)手術の実施に関する報告を提出する
この会で真っ先に審議されているのは、以下の法的問題である。
「1 法的問題
減数手術の法的問題は、究極的に犯罪になるか否かである。法学者の解説の下に、刑法の基本原則に立ち戻って考えると、その行為が犯罪として処罰されるには、①その行為が犯罪の構成要件に該当すること(構成要件該当性)、②その行為が違法であること(違法性)、③その行為について行為者に責任を問うことができること(有責性)、の三つの要件がすべて満たされなければならない。そして構成要件に該当する行為が常に違法であるとは限らないこと、すなわち違法性が阻却される場合があることが指摘される。刑法では以下の 35~37 条で違法性の阻却が認められる場合を規定している。
35 条【正当行為】 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
36 条【正当防衛】 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
37 条【緊急避難】 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた場合は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
減数(胎)手術が母体保護法にいう人工妊娠中絶といえないという考え方が成り立つとすると、その違法性が阻却される可能性があり得るかが法的論点となる。はじめに、刑法37 条の緊急避難に当るとして、減数(胎)手術の違法性阻却を認めようとする見解を紹介する。減数(胎)手術を緊急避難の要件に当てはめると、減数(胎)手術というのは、母体や胎児への危険という「自己又は他人の生命、身体・・・・・・に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為」であり、それによる胎児の生命の喪失は、それによって回避された母体や生存胎児への危険の程度を超えるものではないといえる限りは、「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」に当り、違法性阻却が成立することになる。
また 37 条の緊急避難の要件を満たさない場合でも、母体の生命・健康の維持、生存すべき胎児の生命・健康、児を養育する両親の社会的、経済的状況などを踏まえて、やむをえないと認められる場合であれば、目的の正当性、手段の相当性、法益均衡等を総合考慮して、刑罰による処罰に値するだけの実質的違法性、可罰的違法性はないという考えも成り立つ。
以上を要約すると、減数(胎)手術の違法性が阻却される場合が相当程度認められることになると考えられる。
(2)倫理的問題
――後略――
2005年日本産科婦人科学会 倫理委員会議事録
女性委員が、「女性の自己決定権を重視した母体保護法の改正案はむしろ推奨されるべきものではないか。本会としてもリプロダクティブヘルスライツを推進する姿勢は必要だ」と主張しているのが目に留まった。
平成17年度第1回倫理委員会議事録
日日 時:平成17年5月27日(金)16:00~18:30
場 所:全共連ビル「No.14会議室」
出席者:
委員長:吉村 泰典
副委員長:田中 俊誠
委 員:稲葉 憲之、大川 玲子、亀井 清、齊藤 英和、佐々木 繁、竹下 俊行、栃木 明人、松岡幸一郎、
宮崎亮一郎
幹 事:阪埜 浩司、澤 倫太郎、久具 宏司、下平 和久、杉浦 真弓平成17年度第1回倫理委員会議事録
――中略――
(6) 多胎減数手術についての当日配布資料について
松岡委員「代議員からの本会会告の見直しの意見のなかにも多胎減数手術についての意見があった。日本産婦人科医会としては平成12年に母体保護法の改正に関する提言を提出しており、その中に多胎減数手術は人工妊娠中絶の適応で行えるような改正を求めた。」
吉村委員長「現在医会では議論されているのか。」
佐々木委員「当時は国に働きかけも行った。この改正案には妊娠12週未満は女性の同意のみで人工妊娠中絶を受けられる条項があり、少子化が深刻な現状では強く国に法改正を求めるのが難しい時期であることも事実だ。」
松岡委員「現状では、母体保護法の解釈のなかで多胎減数手術を運用している。日本医師会とのすり合わせも必要であろう。学会として明確に法改正を要望していくことが重要だ。」
大川委員「この女性の自己決定権を重視した母体保護法の改正案はむしろ推奨されるべきものではないか。本会としてもリプロダクティブヘルスライツを推進する姿勢は必要だ。」
亀井委員「この医会提言も公表からすでに5年が経過している。内容自体も再度見直しが必要かもしれない。」
佐々木委員「医会会長も任期中に検討すると申していた。」
田中副委員長「女性の権利という言葉よりリプロダクティブヘルスライツという言葉のほうが適切ではないか。」
吉村委員長「多胎減数手術は実態もわからないのが現状だ。我が国でどのくらい行われているかのデータもないというのは問題だ。子供の福祉や学問的観点からも多胎減数手術をどうするか考えて行く必要がある。継続審議としたい。」――後略――