リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

産科医療機関スタッフのための:流産・死産・人工妊娠中絶を経験した女性等への支援の手引き

日本の最近の調査結果より

厚生労働省 令和3年度子ども・子育て支援推進調査研究事業:「子どもを亡くした家族へのグリーフケアに関する調査研究」

産科医療機関スタッフのための流産・死産・人工妊娠中絶を経験した女性等への支援の手引き

中絶に関連した部分だけコピペして貼り付けてみました。

3.2. 人工妊娠中絶

 人工妊娠中絶は、「話すことのできない悲嘆」といわれます(J・W・ウォーデン:悲嘆カウンセリング)。中絶の経験は本人にとっては公に話しにくい事柄であり、周囲もそれを慮り、そっとしておこうとしたり、何事もなかったかのような態度を取ったりしがちです。
 人工妊娠中絶は、理由の如何にかかわらず、限られた時間内での意思決定があります。また、最終的には、このことを自分(たち)が決めたということを抱えていく体験です。この経験をした方の悲嘆は深く、「子どもに対して申し訳ないという気持ち」や「自分を責めてしまうこと」をはじめとする罪悪感や、子どもを想う気持ちを持つことも許されないのではという葛藤や辛さを感じ、なかなか他者に話すことが難しい状況にあるといわれます。
 令和 3 年度実施の「過去5年以内に人工妊娠中絶を経験した女性 824 名を対象としたインターネット調査」からも、そうした実態が明らかとなりました。以下、いくつかのデータをご紹介します。
 ●“人工妊娠中絶を経験した直後”においては、84.2%が「(非常に〜まあ)辛かった」と回答した(図 1)。


図 1. 人工妊娠中絶をした直後の辛さ(n=824)


 ● 人工妊娠中絶をした直後に感じた辛さとしては、「子どもに対して申し訳ないという気持ち」(64.8%)や「気持ちの浮き沈み」(57.3%)、「自分を責めてしまうこと」(50.5%)をはじめとして多岐にわたり、「今後の妊娠・出産への不安」との回答も 29.0%にのぼる(図 2)。

 ●人工妊娠中絶に関連して、「最も辛かった時期、日常生活に支障をきたすことはあったか」を尋ねたところ、日常生活への支障が「(しばしば〜たまに)あった」と回答したのは 63.8%にのぼる(図 3)。

● 人工妊娠中絶に関連して、最も辛かった時期にあったこととしては、「妊娠継続の中止の経験を突然思い出し辛い気持ちになること」(58.8%)、「眠れなくなったり、眠りが浅いなど、睡眠への影響」(40.6%)、「パートナーとの人間関係の変化」(33.4%)、「消えてしまいたいと思う気持ちになること」(30.9%)などが挙げられた(図 4)。


● 最も辛かった時期における精神的な問題の程度を、K6尺度*を用いて測ったところ、「K6 尺度の得点が 10 点以上(うつ・不安障害が疑われるに相当)」は 72.1%、「K6 尺度の得点が 13 点以上(重度のうつ・不安障害が疑われるに相当)」は 62.0%にのぼった(図 5)。
(注)本来は過去 30 日の精神状態について尋ねるもの



K6尺度とは:

 K6は米国の Kessler らによって、うつ病・不安障害などの精神疾患をスクリーニングすることを目的として開発され、一般住民を対象とした調査で心理的ストレスを含む何らかの精神的な問題の程度を表す指標として広く利用されている。
 「神経過敏に感じましたか」「絶望的だと感じましたか」「そわそわ、落ち着かなく感じましたか」「気分が沈み込んで、何が起こっても気が晴れないように感じましたか」「何をするのも骨折りだと感じましたか」「自分は価値のない人間だと感じましたか」の6つの質問について5段階(「まったくない」(0点)、「少しだか」(1点)、「ときどき」(2点)、「たいてい」(3点)、「いつも」(4点))で点数化する。合計点数が高いほど、精神的な問題がより重い可能性があるとされている。
出典:厚生労働省 HP(http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html

● 人工妊娠中絶の直後の辛さについて、誰かにつらさを相談した人は 44.2%にとどまった(図 6)。相談しなかった理由としては、「こんなことを相談していいのかわからなかった」(39.2%)、「妊娠継続の中止について、人に話すことに抵抗があった」(36.2%)、「相談しても理解してもらえないと思った」(35.3%)、「身近に相談する先がなかった」(29.9%)などが挙げられた(図 7)。




 人工妊娠中絶を選択した方が抱える事情はさまざまであり、求められる支援も、状況によって異なるでしょう。ただ、データが示すように、人工妊娠中絶を経験した方の多くが辛さを感じていること、また、辛さを感じつつも誰にも相談できないでいる方も多く存在することを理解し、寄り添っていただければと思います。

【第Ⅰ章 3.2.人工妊娠中絶 参考文献】
• J・W・ウォーデン著、山本力 監訳、上地雄一郎・桑原靖子・浜崎碧 訳:悲嘆カウンセリング - 臨床実践ハンドブック, 2011
• 管生聖子:死んでしまうことはもうわかっている」わが子を「産む」母親の語りの分析, 心理臨床学研究 38(5), 400‒410, 2020
• 管生聖子:人工妊娠中絶をめぐる心のケア -周産期喪失の臨床心理学的研究(2022)、大阪大学出版

3. 人工妊娠中絶を経験した女性や家族に対して医療者が行えるケア

 人工妊娠中絶を選択した女性は、その選択の理由となるさまざまな事情を抱えています。経済的理由や望まない妊娠、DV、性被害などもあれば、出生前診断で発覚した胎児の重篤な疾患・障害、母体側の理由による中絶のケースもあるでしょう。複数の課題が複雑に関係していることもあります。こうしたさまざまな事情を
抱える患者たちの中には、心を閉ざしたり、気持ちをあえて表出しない人もいます。どのように関わればいいか、難しさを感じる医療者も多いことでしょう。
 一方で、人工妊娠中絶を経験した方が、さまざまな辛さを抱えつつも、なかなか周囲に相談できていない状況にあることは、「Ⅰ章 3.2. 人工妊娠中絶」(P10〜)で示した通りです。
 人工妊娠中絶に立ち会った医療者としてできることは、それぞれの経験や悲しみ方に個別性があることを認識し、まずは十分に悲しむ時間・話す時間を作ること、話しを聴くこと、さまざまな感情(悲しみ、罪責感、怒り、泣くなど)の表出を受け止めること、ではないでしょうか。人工妊娠中絶の場合は、たとえ胎児への愛着や罪悪感を抱いている場合であっても、それさえも抱いてはいけない、話してはいけないと感じる女性もいます。また、「これまでの自分と違ってしまった」と感じる女性もいます。できる限り、女性のその時その時の心の在り方に関心を寄せてください(人工妊娠中絶に対しての心理的サポートモデル)。一方で、無理に感情を表出させようとしたり、悲しむことを強要するようなことは避けなければなりません。本人が話したくない場合には「話さない」ことも受け入れ、温かい見守りと共に、聞く準備があることを伝えておくことが必要です。また、ゆっくりとしたコミュニケーションのためには、静かな環境(場所・時間)を作ることも重要です。
 日々のケアにおける女性とのかかわりの中で、可能であれば、傾聴を含む悲嘆へのケアを提供できることが望まれます。



 人工妊娠中絶をした女性や家族に「これからさまざまな感情が生じるかもしれないこと、その表れ方は人によって違うこと、どのような気持ちを感じたとしても、その気持ちを否定しなくていいこと」を伝え、また、必要なときには、人工妊娠中絶に立ち会った医療機関自治体に相談してほしいことを伝えておくことも重要です。
 「4.情報提供リーフレットの活用」(P32〜)で紹介する、情報提供リーフレットにも、こうした情報が掲載されており、それを渡すことで、人工妊娠中絶を経験した女性だけでなく、その場にいない家族へ伝えることも可能となります。

【第Ⅱ章 3. 人工妊娠中絶を経験した女性や家族に対して医療者が行えるケア参考文献】
• 管生聖子:人工妊娠中絶をめぐる心のケア − 周産期喪失の臨床心理学的研究,
2022

両面印刷して三つ折りできるリーフレットもサイトにあります。