リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

国際人口開発会議20周年(ICPD+20)に向けて

人口学研究(第48号)2012.6 「学会展望」

国際人口開発会議20周年(ICPD+20)に向けて
池 上 清 子(日本大学大学院)
町 山 和 代(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院)
堀 部 伸 子(国連人口基金アジア・太平洋地域事務所)
佐 崎 淳 子(国連人口基金東京事務所)
中 村 百 合(国際家族計画連盟)


は じ め に

 1994年の9月初旬,国際人口開発会議(International Conference on Population and Development,以下 ICPD。開催地の名前をとって,カイロ会議とも呼ばれることもある。)がエジプトのカイロで開催された。私も NGOとして参加したが,その会場の熱気を昨日のことのように,覚えている。日本でも,世界各国でも,会議の進捗状況は,毎日のように報道されていた。特に,人工妊娠中絶に関して,また,セクシュアリティや思春期保健についての議論が活発になされたからである。その結果,最終文書である「行動計画(Programme of Action)」には,リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(Reproductive health/rights,以下 RH/R)が新たな概念として,数か国の留保がありながらも,明記されるに至った(定義に関しては,行動計画第7章を参照)。議論の過程では,宗教的・政治的な背景から,「セクシュアル」という言葉にブラケットが付けられ,行動計画に記載するかどうかが最後まで討議された。結局,最終成果文書は,「セクシュアル」の表現は外された形で合意された。その後,5周年(ICPD+5),10周年(ICPD+10),15周年(ICPD+15)の節目に行動計画は再検討されてきたが,いよいよ2014年は20周年にあたる ICPD+20まであと2年にせまってきた今,現状を見直し,成果の有無を分析し,2014年に向けての課題を洗い出すことは,1994年の会議で決まった ICPD の見直しプロセスとしても重要であろう。
 さらに言えば,2010年の国連総会決議65/234によって ICPD の行動計画は期限なしで延長されることが決まった。しかも,延長される目標と合意内容は,1994年のオリジナルの行動計画を踏襲するというものである。これは,国際政治の影響を受けずに行動計画の継続を保障したことを示す,大きな枠組みの変化と言えよう。2014年の見直しは行動計画の修正・変更を伴わないという点から,枠組み変化後に実施される初めての成果調査となる。
 行動計画は,環境と人口,国際人口移動など,人口に関連する幅広い領域をカバーしているので,本稿では,それらにも触れつつ,ICPD で新たに提唱された RH/R に関連した議論も含むこととした。また,ICPD の行動計画では「セクシュアル」が除かれたが,その後の動きを見ると,概ね国連機関や研究者の間で,「セクシュアル」が含まれる形で議論されることが多い。そこで,セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(Sexual and reproductive health/rights,以後 SRH/R)の表現と概念を使用することとした。
 SRH/R は日本語では「性と生殖に関する健康と権利」と訳される。その基本概念は,権利の考え方が先行しており,1985年に女性の人権として提唱されたものであることは特筆すべき点であろう。また,いまだに SRH/R の訳語や概念が十分浸透しているとは言い難い日本の現状を踏まえて,様々な指摘がなされている SRH の課題や優先分野の中から,まず,2つの国連機関の指摘を紹介したい。ICPD の牽引役を果たしたともいえる国連人口基金UNFPA)は,以下のような優先分野を指摘している。


① SRH に関するサービスが基本的なパッケージとして提供されるように支援すること(パッケージには,家族計画,妊娠・出産関連サービス,HIV予防と性感染症の診断・治療,乳がんと子宮頚がんの予防と早期発見,思春期保健,さらに,ジェンダーに基づく暴力の被害者に対するケアが含まれる。また,すべての項目には RH 物資(避妊薬(具)など)が保障されることが含まれる。)
HIVの予防・管理・ケアが SRH サービスに統合されること
ジェンダーに配慮した人生の生き方(技術)が若い人たちに対する SRH 教育の基本として実施されること
④ SRH サービスが緊急支援や人道的な危機の場合にも提供されること


 次に RH を1980年代後半から,その年次報告書で記述していた世界保健機関(WHO)は RH 戦略を実施する枠組みとして5点を挙げている。
a) 保健システムの実施能力を強化すること
b) 優先順位や分野を決めるために必要な情報の基礎を向上させること
c) 政治的な意思・コミットメントを創ること
d) 支援に必要な法・規則の枠組みを整備・創造すること
e) モニタリング・評価・説明責任を強化すること。


 本稿は5つの節からなる。まず⑴ ICPD の歴史的な意義と現在までの世界的な潮流を振り返り,引き続き,⑵アジア・太平洋地域,⑶中南米カリブ海地域,⑷アフリカ地域と,地域により異なる現状とそれに対応する課題を挙げた。これらはオムニバス形式で,ICPD 研究とそれぞれの地域に詳しい専門家に,分析と課題について執筆していただいたものである。最後に⑸ミレニアム開発目標(以下 MDGs)と ICPD との関係を分析しながら,ICPD+20に向けての展望を試みる。


引用文献
外務省『国際人口・開発会議「行動計画」(監訳)』世界の動き社,1996年。
https://www.unfpa.org/public/home/publications/pid/7751
http://www.who.int/reproductivehealth/publications/general/RHR 04 8/en/index.html
(池上清子)

1. ICPD の誕生から ICPD+20まで
 1994年にカイロで開かれた ICPD は,人口と開発分野における歴史においても,画期的な会議といえ る。まず ICPD に至るまでの人口問題・SRH/R の議論の流れを紹介する。
最初の大規模な世界人口会議は,多くの旧植民地が独立を果たした後の1974年のブカレストで行われ た。これは国連が主催し各国の政府代表が出席した初めての人口に関する国際会議となった。会議では, 南北問題が表面化した。米国など先進国が家族計画プログラムを開発援助の条件とすると主張した一方 で,開発途上国は「開発こそ最良の避妊薬」とインド政府代表が発言したように,社会経済開発によっ て人口問題は解決されるべきであると主張した。紛糾した議論の末,社会経済開発を優先し人口と開発 における20年の目標を明記した「世界人口行動計画」が打ち出された。
 次の1984年のメキシコシティで行われた国際人口会議では,南北の主張が逆転した。当時の米国保守 政権は,マクロ経済は人口問題に影響されないという研究を支持し,人工妊娠中絶など議論の分かれる 事項に争点を向けた。それにも関わらず,前回の世界人口会議で合意された行動計画は再確認された。
 この後,1994年の ICPD までに人口と SRH への投資に関する議論が更に活発化した。異なる論拠を支 持する複数のグループが,政治的なサポートを獲得し ICPD の文書に各グループの論拠を盛り込もうと競合した(Bersnstein 2005)。そのうちの1つが人口,マクロ経済成長をベースにした人口学的な論拠である。2つ目は,1970年代以降のフェミニズムの高まりを受けた,人権アプローチを基にした女性の健康を主張するグループである。3番目は,地球環境問題グループである。1989年にアムステルダム宣言で,「持続可能な開発」という言葉が生まれたことも影響した。これらの主張は激しく議論を交わし,お互いのアプローチを批判した。
 これらの議論を経て1994年に開催された ICPD では,女性の健康を重視するアプローチが基本的な枠組みを提供した。すなわち,人口と開発分野において,個人のニーズや権利を重視する画期的な概念が打ち出された。人口はマクロなレベルの数の問題だけではなく,一人ひとりの生活の質に関する問題であることが合意された。この人権アプローチは,すべての人に価値があるという考え方を基本とし,女性のエンパワーメントは,貧困を減らし,人口を安定させる一つの手段であることを明確にした。ICPDの大きな貢献の一つは,家族計画を中心とする狭く定義された概念から,これまで注目されていなかった分野を取り込み,SRH/R の概念を広げたことである。例えば,若者のニーズ,HIV/エイズジェンダーに基づく暴力,不妊,望まない妊娠,人工妊娠中絶後の合併症,産後のケア,緊急避妊,閉経に関連した症候,女性性器切除(FGM),フィスチュラ(産科ろう孔),生殖器感染症,子宮頚がんや他の婦人科がん,子宮脱・性器脱などが挙げられる。
 ICPD では,個人のニーズや権利に重点をおいた「行動計画」が,参加179カ国により採択された。翌年には北京で第4回世界女性会議が開かれ,人権アプローチがより一層明瞭に提唱された。SRH 関連のプログラムへの援助額も増加した。米国開発庁の人口関連のプログラムへの援助予算額は,1993年の2.5億ドルから翌年には倍増した(Speidel et al.2009)。
国際人口開発会議の合意事項や公約は,会議開催後5年目の見直しの際に,強化され,改訂された。
 具体的な目標としては,2015年までに誰もが初等教育を受け,乳幼児と妊産婦死亡率を減らし,家族計画,助産師や産婦人科医の立会いの下で行われる出産,HIVを含む性感染症の予防などの,SRH 関連のサービスを必要とする人すべてに提供すること,などが含まれていた。この20年を目標達成期間とする「行動計画」は,後に2000年にミレニアム・サミットで採択されたミレニアム開発目標Millennium Development Goals; MDGs)の基本理念のひとつとなった。
 ICPD は画期的な概念を提唱した一方で,会議直後からそのアプローチや概念に反発や疑問がでてきた(Bersnstein 2005)。そのうちの1つは,女性のエンパワーメント,SRH/R へ反発である。第2は,多くの開発途上国が出生力転換を達成して,更に1996年の国連人口部の世界の将来推計人口も下方修正され,人口増加は喫緊の問題ではないと認識されてしまったことである。先進国を中心に人口減少や少子高齢化が深刻な問題になってきた時期でもある。第3に,1970年代後半に提唱されたプライマリ・ヘルス・ケアを通した家族計画プログラムの実施が ICPD では推奨されたが,世界銀行の構造調整政策などの結果,公的サービスへの予算が削減され実施が難しくなった。また,HIVエイズへの援助額が急増した一方で,家族計画プログラムへの予算は ICPD 直後に急減した(Speidel et al.2009)。
 2000年に開催された史上最大規模のミレニアム・サミットでは,ジェンダーの平等や HIVエイズへの取り組みが引き続き優先すべき開発課題であるということが,改めて確認された。一方で,この広範囲に及ぶ開発目標の設定に際し,人口問題と SRH/R の目標は含まれなかった。SRH が組み込まれなかった理由は,人工妊娠中絶をはじめ,ジェンダー,若者のニーズなど論争を生む要素があり,国連は論争を望んでいなかったとみられる(Bersnstein 2005)。また政治的な議論に加えて,SRH についてはモニタリング評価に容易な指標に関しての合意がなされていなかった。3番目は「家族計画の満たされないニーズ(unmet need for family planning)」の概念に対して批判が出たことが挙げられよう。
 ICPD+10(2004年)に UNFPAが行った調査によると,57%の国が開発計画に人口問題を課題として盛り込みそれに対応していくつかの政策をとっていると答えた(UNFPA 2004)。また,多くの政府は,男女平等,女性のエンパワーメントへの対策の強化,若者の SRH 対策,市民社会や民間セクターとの協力の強化,人口動向を開発計画と政策形成に盛り込むよう推進しているなどを具体的な成果として指摘した。
 2007年になり,MDGsの開発目標5「妊産婦の健康の改善」のターゲット5.B として,「2015年までにリプロダクティブ・ヘルスへの普遍的アクセスを実現する」が取り込まれた。具体的な指標は,避妊実行率,青年期女子(15-19歳)の出生率,産前ケアの機会,家族計画の必要性が満たされていない割合(unmet need)である。
 15年後の ICPD+15では,活発な活動が行われなかったが,この時期から米国政府は,政権交代に伴い,グローバル・ギャグ・ルールを廃止し,停止していた UNFPAへの資金援助を再開した。これに影響され,各ドナー(援助国)も家族計画に再度焦点を当てている。2003年から,先進国から開発途上国への家族計画プログラムへの援助額も増えている(UNFPA,UNAIDS and NIDI 2005)。
 前述したように,1990年代後半は,開発途上国の出生力低下のペースが予測より早く,世界の将来推計人口も下方修正されたが,最近の研究では1970年代以降に出生力転換を始めた国の出生力低下のスピードが遅くなっているといわれている(Bongaarts 2002;Casterline 2001)。サハラ以南のアフリカを中心とする高出生力諸国の出生力低下のスピードが遅いのが主因である。これを踏まえ,国連人口部は世界の将来の推計人口を,2002年,2010年と2回にわたって上方修正している。2050年の世界の推計人口は,1996年に発表された推計では89億人であったが,最新の2010年の推計では93億人と発表した(United Nations 2011)。このような上方修正の動きからも,人口増加が過去の問題ではないことは明らかである。
 一方で,近年の気候変動,地球環境問題への関心の高まりは,人口,SRH/R 分野に追い風と言える。
 多くの後発開発途上国政府が,急速な人口増加は環境問題に影響を与える大きな要因だと答えている(Bryant et al.2009)。個人や各国レベルでの二酸化炭素排出量を減らす努力が重要であるのと同時に,人権アプローチに基づいた家族計画プログラムの強化は,地球温暖化,気候変動への対策に大きく寄与し,双方に有利な結果を生むと考えられる(OʼNeil 2000)。
 2008年の推計によると35.8万人の妊産婦が妊娠や出産により死亡している(WHO 2010)。家族計画は,避妊手段を持ち,それを効果的に利用することで,望まない妊娠,安全でない人工妊娠中絶(unsafe abortion)を防ぎ,47-48%の妊産婦の死亡を防ぐと推計されている(Cleland et al.2012)。
 このように,近年の世界の将来推計人口の上方修正,地球環境問題への懸念,妊産婦死亡に対する関心の高まり,MDGsのターゲット5.B の導入,また SRH への援助額が増加傾向にある国際的な潮流を鑑みても,現在は ICPD の概念と行動計画に再度焦点を当てる格好の機会である。
 実際に,世界では重要な課題として既に取り組まれている。今年の7月11日の世界人口デーには,2020年までに世界の貧困国に住む1.2億人の女性たちの家族計画に関するニーズを満たす事を目指し,ゲイツ財団と英国国際開発省(DfID)が主催した「家族計画サミット」がロンドンで開かれた。日本政府の参加はなかったが,ヨーロッパ諸国,米国,オーストラリア,韓国政府と慈善基金団体は2020年までに26億ドルを支援すると宣言した(Bill & Melinda Gates Foundation. 2012.)。
 この機会を有効に使うために,まず,人口問題,SRH を国内の少子高齢化問題や地球規模の課題と関連づけ,再定義するような研究を進めていき,大きな国際的なイニシアティブと提携していくような働きかけが必要であろう。また,WHOが推進しているように,縦割りで実施されていることの多い,SRHと HIVエイズプログラムを統合した医療制度の強化も大きな課題である。また,SRH が幅広い領域をカバーしていることもあり,優先分野の特定,成果の評価のために適切といえる指標の設定,資金の流れの把握をしにくかったが,近年量的な目標が明確に表示されてきている。これらのモニタリングを継続して進めていくことが必要であろう。


引用文献
Bersnstein, S. 2005. “The changing discourse on population and development : toward a new
political demography.”Studies in Family Planning 36(2): 127-132.
Bill& Melinda Gates Foundation.2012.Landmark Summit Puts Women at Heart of Global Health Agenda.
http://www.gatesfoundation.org/press-releases/Pages/summit-women-global-health-120711.aspx(2012年7月11日)
26 池上清子・町山和代・堀部伸子・佐崎淳子・中村百合:国際人口開発会議20周年(ICPD+20)に向けて
Population Association of Japan
NII-Electronic Library Service
Bongaarts, J. 2002.“The end of the fertility transition in the developing world.”Pp. 30 in Policy
Research Division Working Papers New York : Population Council.
Bryant,L.,L.Carver,C.B.Butler,and A.Anage.2009.“Climate change and family planning : least

Casterline, J. 2001. “The pace of fertility transition: national patterns in the second half of the
twentieth century.”Population and Development Review 27 (Supplement): 17-52.
Cleland,J.,A.Conde-Agudelo,H.Peterson,J.Ross,and A.Tsui.2012.“Contraception and Health.”
Lancet 380 (9837): 149-156.
OʼNeil, B.C. 2000. “Cairo and climate change: a win-win opportunity.”Global Environmental
Change 10(2): 93-96.
Speidel, J., S.Sinding, D.Gillespie, E.Maguire, and M .Neuse. 2009. “Making the Case for U.S.
International Family Planning Assistance.”
UNFPA. 2004. “Investing in people: national progress in implementing the ICPD Programme of Action 1994-2004.”New York : UNFPA.
UNFPA,UNAIDS, and NIDI. 2005.“The resource flows project.”The Hague, The Netherlands:
NIDI.
United Nations. 2011. “World Population Prospects: The 2010 Revision.”New York : United
Nations.
WHO. 2010.“Trends in maternal mortality: 1990 to 2008.”Geneva:WHO.
(町山和代)

2. 2014年以降の ICPD:アジア太平洋地域では
 1994年にカイロで行われた国際人口開発会議会議(ICPD)の重要な成果は人口問題を人間一人ひとりの健康または幸福(well-being)という観点からとらえたということであろう。この ICPD の20周年を迎えるにあたり,我々が問うべき質問は果たして人々の健康または幸福度がアジア太平洋地域で向上したかどうかである。端的にいえば,その答えはイエスとノーの両方である。
 世界人口の約60%を占めるアジア太平洋地域は中国(13億人),インド(11億人),インドネシア(2億3800万人)といった人口大国から,南太平洋の人口小国まで抱え,その多様性とともに域内に大きな不公平や格差が存在する。10-24歳の若い人口はほぼ10億人に達し,依然として増え続けている一方で,高齢者の人口も急速に増加している。都市化や国内・国際人口移動は域内各国共通に前例のないスピードで進んでいる。さらに,アジアは世界中でも最も自然災害の被害をうけている地域でもある。しかしながら,この地域は全体的に見れば,経済的にも健康の分野でも,この20年間に大きな進展を見せている。
 カイロ会議のあった1990年半ば,域内では合計出生率(TFR)は1.7から6.9までの幅があった。避妊実行率(CPR)はパキスタンの18%から中国の86%とばらつきが存在した。女性と女児は,年齢・教育レベル・地域・人種・居住地区などの差に関係なく,男性と男児に比べるとすべての指標で悪い状況であった。現在でも多くの課題が残っているとはいえ,1994年以降,アジア太平洋地域では大きな成果を得ている。殆どすべての国で母子死亡率は減少しており,熟練した助産婦による出産の割合は増加している。CPR は,多くの国々で顕著に向上している。その結果,TFR は減少しており,例えばラオスでは,1990年代初頭の6.7から現在の4.5まで急激に低下した。多くの状況改善により,全体として域内の国々で平均寿命も延びている。地域内で最も低い平均寿命は男女ともにアフガニスタンの44年であるが,域内の開発途上国のなかには男女とも70年を超える国も見られる。
 また女性の教育水準は向上し,ばらつきはあるものの教育への投資は確実な成果を挙げた。それでも,世界の非識字人口の3分の2はアジア太平洋地域に住んでいる。経済発展は大学教育の普及と深く関係しており,今後の更なる発展を望むにはより高等教育の普及が必要になってくる。女性の教育水準の高さと TFR には負の相関関係があり,2050年の人口も女性の教育レべルの仮定値によって49億から54億とかなり予測に幅がでてくる。また健康への投資も教育と同様に有効な投資と考えられている。より健康な男女は生産性が高く,両親がより高学歴であれば,子どもの数は少なく,その子どもたちはより健康で高学歴の傾向がある。貧困の悪循環を断ち切るために,教育と健康が果たす役割は重要である。家族計画,母子保健,思春期保健,教育,HIVなどの性感染症対策を含む普遍的な SRH サービスと,ジェンダーに基づく暴力防止を中心に置くアプローチは概して効果的であったといえよう。しかし,成果の達成はもっと促進されなくてはならないし,促進可能である。
家族計画を実行したくてもできない女性の割合(unmet need for family planning)は,南・東南アジア地域で1990-95年には18%であったが,10年後でも,まだ11%であった。この多くは貧困層に属した15-19歳の女性である。当該地域は若い人口が多い地域のひとつであり,家族計画のニーズが満たされない限り,人口の安定化は見込めない。また,18歳未満の結婚と出産は問題であり,この30年間,思春期女子の出生率はほぼ変わっていない。家族計画プログラムへの援助や予算額は減ってきており,この傾向は懸念されるが,最近また家族計画の重要性を再認識する動きも出てきている。
 妊産婦の健康については,アジア太平洋地域は世界的に見てもサハラ以南アフリカに次いで妊産婦死亡率(MMR)の高い地域であるが,とりわけアフガニスタン,東チモ-ル,パプアニューギニアの高い妊産婦死亡率は依然問題である。成人女性の妊産婦死亡の生涯リスクは,先進諸国の7300分の1に対し,アジアでは120分の1である。また国のなかでは地方(農村)に住む女性は都市に住む女性より数倍妊娠・出産で死ぬ可能性が高い。熟練した助産婦による出産と救急産科医療へのアクセスは妊産婦の死亡率を下げる重要な要因である。
 MMR が高い多くの国では熟練した助産婦による出産の割合は50%以下である。アフガニスタンラオス,ネパール,東チモールでは14-19%である。保健医療関係の人材不足,有
害な習慣,父系社会構造,重い経済的負担など女性が救命処置を受けるのを妨げる要因は多い。さらに,アクセスはあってもサービスの質が充分でないことも多い。
 ジェンダーの平等,女性のエンパワーメントは ICPD 行動計画の達成に重要な根本的要素である。性・女児のエンパワーメント,ジェンダーの平等への投資こそが,開発を促進し,貧困を削減するために必須である。女性・女児がその権利を享受し,平等な市民として参加できれば,家族と地域社会の,ひいては,次世代の健康,生産力向上に貢献することができる。過去15年間以上にわたり,アジア太平洋地域の多くの国で,女性は社会生活・家庭生活でも,発言権を増してきている。地方自治への参画は目覚ましく,パキスタンでは,女性議員に33%の議席が割り当てられており,また,フィリピン,東チモールでは,閣僚ポストの5分の1が女性である。開発において,女性が対等なパートナーとして受け入れられるようになってきている証左である。その一方で女性の経済的進出及び経済的状況は男性と比べ依然遅れている。
 1994年の ICPD 行動計画は,多くの点で MDGsの目標設定の青写真となっていると言えるだけでなく,ICPD 目標は,より広範な国際的な開発計画の中に取りいれられてきた。最近では経済金融危機に加え,気候変動,自然災害,温暖化問題,都市化,イスラム圏でのジェンダーに対する保守化傾向など,貧困への対応との関連で,政策立案者に新たな課題を呈している。当地域には,さらに男児選好の影響による男女比の不均等という新しい問題,国や地域の所得や就業機会の不均等により仕事を求めて人々が国境を越えて移動する国際人口移動の問題,多数の若者をどう有効に社会に参加させるかという問題,さらに人口高齢化という重要な問題がある。ここ10年,多くの国で高齢化が加速し大きな問題となってきている。
 先進国の日本,新興工業国のシンガポール,韓国はすでにこれを経験し,またさらに,中国,マレーシア,タイなども,高齢化による財政基盤の弱体化および,高齢化により社会サービスの需要がますます増大することを懸念している。60歳以上の人口割合が現在6-7%に留まる,若いと称されるインドのようなに国でも,今後15-20年後には,同様な問題に直面することになる。
 このようなチャレンジを前にして,我々は将来に向けて ICPD 行動計画をいっそう推進するために,いくつか留意すべき点をあげたい。第一に,我々は,ICPD 行動計画の重要性を既に ICPD をサポートしている人ではなく ICPD を知らない人,もしくは反対の人に訴えかけなければならない。こうして ICPDの賛同者,推進者を広げ,ICPD の趣旨を,国際社会の他の様々な分野の行動計画の中に組み込まなければならない。MDGsとの連携はその良い例といえる。MDGsの8項目のうち少なくとも6項目は,ICPD行動計画と直接関わっている。ICPD 行動計画をわかりやすくひもとき,他者にも理解され,他のフォーラムや行動計画(たとえば Rio+20)に採り入れられることが必要である。特に,ICPD の課題を予算決
定者に対して彼らが理解できる論理と言葉で説明する方法を見出さなくてはならない。資金は年々縮小傾向にあり,その配分決定は,国,地方レベルの予算決定者が行う。従って,こうした人々に,母親の健康,若者の知識や行動,女児の教育,データ収集や分析等に投資することが,ICPD 行動計画のみならず持続可能な経済社会開発や人的資源開発の促進にも役立ち,相互に利益をもたらす良い投資であることを示す必要がある。
 第二に,パートナーシップのあり方も変化すべきであり,“南南”,“北南南”および“三角”パートナーシップを促進し,地域内の多様な経験と成功例を活かすべきである。国連が ASEAN,SAARC,PacificSecretariatなどの域内政府間組織や各国政府をはじめ,補完的な役割を果たしている NGO市民社会,民間部門と協力する機会は多い。その中で国連の役割は,資金や技術の直接的提供者であるよりもむしろパートナー間の仲介者,あるいは,ファシリテイターとなり,それぞれの国が必要としている経験,専門知識を他に探し求めそれを提供することにある。
 第三に,ICPD をはじめ国際的な合意を具体的な行動に移すためは,各国政府はそれぞれの優先課題のコストを算出し,国家およびセクター計画の策定過程に織り込むことが必要である。計画策定にあたっては,最も脆弱で社会の主流から取り残された人々の権利を擁護し,不平等をなくすため彼らに着目たアプローチが全体的なシステムアプローチとともに採用される必要があるかもしれない。2010年代の各国の人口調査等のデータが新たに出てくる時こそ,新しいデータに照らして,国,地方の計画を見直し,貧困削減計画の中に人口動態を反映し結びつける絶好の機会である。今後の開発目標は国の平均値よりも国内の人々の格差(inequity)により注意を払わねばならない。地域内格差が拡大している現在、とり取り残されている最も弱い人々のニーズに応えていく政策を推進させていくべきである。
 第四に,我々は,過去に成功して実証された戦略をもっとスケールアップし,より大きいインパクトもたらすことに集中すべきである。これまで数多くのモデルが開発されてきた。残念なことに,多くのイニシアティブやパイロット事業は,自己の目標達成のみに終始してしまっている。しかし政治的意思と社会資本および財源があれば,優れたモデルは国の開発の枠組の本流となる可能性が高い。将来の投資は,その成功を裏付ける証拠(エビデンス)に基づいて行われるべきである。
 第五に,国家は自分で問題解決に努力しより多くの資源を社会セクターに投資すべきであるが,国連およびその他の開発パートナーも,より効果を上げるために自身の有する資源を少ない優先分野に集中的に投入すべきである。世界人口が70億を超えた現在,その挑戦すべき課題に効果的に取り組むためには,家族計画,SRH サービスへの投資及び若者への投資を緊急に増加すべきである。アジア太平洋地域の保健医療分野の支出,とりわけ,SRH への支出は,現状では不十分,非効率的,不平等,そして,不完全である。当地域の一人当たりの保健医療支出は,アフリカを下回り,個人負担分は高い。この結果,貧困者が弱い立場に置かれることになる。社会的保護措置を広く利用可能にすべきである。
 第六に,若者,そして思春期の健康を国の保健医療計画の中でも優先していく必要がある。アフガニスタン,ネパール,バングラデッシュ,東チモール等では,思春期の出産が多く報告されている。この地域の少女は,SRH に関する権利を享受していない場合が多い。毎年,当地域では約600万人の少女が母となり,3300件の安全でない人工妊娠中絶が行われていると推定される。確かに,多くの国の15-19歳の出産は減少傾向にあるが,未だ,身体的・心理的に未成熟のまま出産,育児に至っている思春期の年齢層の母親が多い。貧困家庭の若者は依然,若年で結婚し,子育てをするケースが多い。これは人権の問題であり,緊急かつ多くの分野を巻き込む対策が必要である。
 第七に,増大するジェンダーに基づく暴力に取り組まなければならない。保健医療セクターはこの問題に適切に対応しておらず,また,保健医療従事者はこうしたニーズに十分にこたえられる体制にないことが多い。この問題は社会・文化的要素と深く関わっているため報告が難しく,実態を把握しがたい。そのため,女性・女児は望まない妊娠や HIV等の性感染症,そして身体的,精神的トラウマに苦しむことになる。社会の主流から取り残された地域の女性・女児はさらにひどい状況に置かれており,虐待,差別およびネグレクトに苦しんでいる。また,親密なパートナーによる性暴力が低リスク女性の HIV感染の主要な原因と報告されている。域内の大半の国々では RR を守り,ジェンダーに基づく暴力と闘う法は整っているが,執行がされていないことが多い。ジェンダー平等を促進し,女性・女児への暴力を
なくすには国家そして市民社会が積極的に関与し,さらには男性・男児を変化の担い手として巻き込む努力が必要である。
 最後に,この地域の人口動態に鑑み,“人口ボーナス”を十分に活かし,若者の有効な社会経済参加を促進し,社会保障制度の充実と経済活動への参加による老年人口の貢献を増やすことが今後の課題であることを強調しておきたい。
(堀部伸子)


3. ラテンアメリカ・カリブ海地域
 ラテンアメリカカリブ海地域は,世界で貧困格差が最も大きく,人口は,5億9140万人で世界全体の8.4%を占める。人口増加率は1.1%,TFR は2.2で,アフリカ,アラブ諸国地域に次いで高い。
 カトリック教徒が大半を占めるこの地域において,国際人口開発会議の行動計画の採択と実施は,人口と開発,女性の地位向上,RH において非常に意義のあるものであった。しかし,⑴大きな貧困格差,⑵人口動態と都市化,⑶ RH/青少年・少女の RH,⑷若者,人口ボーナスと高齢化,⑸ジェンダーの平等,については重要な課題として残っている。本稿では当該地域におけるこれら5つの課題と2014年以降の行動計画について述べる。


1) 大きな貧困格差
 この地域は貧困格差が最も大きく(ジニ指数50.3),それはカイロ会議目標の数値にも明確に表れている。国ごとの開発レベルの格差,国内における貧困格差が大きく,特に先住民,アフリカ系住民において格差が顕著である。貧困層の約半分を先住民が占め,先住民の割合が大きい国では TFR や MMR が高く,カイロ会議の目標達成において課題も多い。
 この地域の多くの国は現在,中所得国である。新興国BRICS)の一つであるブラジルのように,過去10年で経済成長率が年間平均3.3%を保ち,貧困率が年間5%下がり,一日1.25ドル未満で生活する人の割合が5%まで減少した国もある。他方で,この地域で唯一の後発開発途上国のハイチのように,自然災害に見舞われやすく,政治的不安定要素も大きいことから,同割合が55%にのぼる国もある。
 一般的に,貧困は ICPD 目標の指標に大いに関連する。しかし,貧困格差だけが決定要因ではない。例えば,チリは貧困層の割合が低く,教育が普及しているにもかかわらず,CPR に関して言えば,貧困レベルのより高いニカラグアキューバよりも数値が低い(15-49歳の CPR は,チリ58%,ニカラグア77%,キューバ72%)。これは,宗教の影響力の度合いや保守主義または社会主義という政治的要素が影響し合うからである。



2) 人口動態と都市化
 この地域では,1950年から1975年にかけては高い出生率と減少する死亡率により,人口が25年間で2倍になった。しかし,急速に出生率が減少したため人口増加のスピードが減退し,1975年からは人口が2倍になるのに45年間かかり,今世紀半ばには,人口が安定化すると予測されている。
 また人口転換の過程にあり,現在多くの国が人口ボーナスを享受している。1960年の地域平均TFR は6であったが,現在は人口置換水準(2.1)に近づき,2.26である。2050年には,平均 TFR が1.82となって人口置換水準を下まわると予測されている。
 1990年頃より人口増加の大半は都市で起きている。他の開発途上地域やヨーロッパに比べ人口の都市集中化が進んでおり,都市人口の割合は79%である。この地域には,人口1千万人以上のメガ・シティーのうち4つがあり,3人に1人が100万人以上の都市に住んでいる。

3) RH/青少年・少女の RH
 MMR は1990年の140から85に下がり,世界平均や他の開発途上地域に比べるとかなり低くなっている。しかし,貧困格差により MMR に大きな差があり,出産時専門技能者立会いの促進,「三つの遅れ」の是正,緊急産科医療サービス強化などの対策に努めている。
 15歳から49歳の女性の CPR(近代的避妊法に限ると67%)は,先進工業国も含めた他の地域と比べ最も高い。主な宗教がカトリックで,RH 政策を進める時に困難を伴う地域としては,かなり良い結果と言えよう。ここでは,宗教よりも社会経済発展,RH,女性の地位向上,ジェンダーの平等が CPR に対して,より影響力のある要因となっている。
 重要な課題は,農村部貧困層の望まない妊娠・出産と若年妊娠・出産である。2000年以降の望まない妊娠の割合は37%で,高い国ではボリビア60%,低い国ではパラグアイ21%がある。農村部における家族計画の未充足ニーズの割合は都市部に比べて大きい。貧困層の15-49歳の女性では RH に関する情報や避妊薬等の入手が困難なために,不妊手術を除いた CPR が低く,望まない妊娠の割合と出生率が高い(最貧困層の TFR は4~6)。この傾向は若い少女においても顕著であり,農村地域の低所得層の若者は性行為開始年齢が早いにもかかわらず,RH サービスと情報が行き届かず,人口増加はこの層に集中し,貧困の悪循環の要因となっている。15-19歳の少女1000人当たりの出生数は74で,サハラ以南のアフリカ
地域を除く他の地域より格段に高い。また,暴力による14歳以下の少女の妊娠が重要問題となっている。
 このような実態にも関わらず,性教育の普及がうまく進んでいない。その主な原因としては,教師不足,保守派の激しい抵抗,カトリック教会の反対などが挙げられる。
 さらに,人工妊娠中絶数が世界最高の年間約400万件あり,率にすると15-44歳の1000人の女性に対して32である。望まない出産と中絶を合わせると,半分以上の妊娠は望まれていないという事になる。母体を守る為や暴力による妊娠の場合でも中絶を違法としている国がこの地域には7カ国あり,危険な中絶による死亡率はアフリカやアジアよりも高い。
 他の RH に関する課題としては,高い帝王切開率と新生児死亡率,貧困層の高リスク出産,拡大するHIV/AIDS,乳癌・子宮頚癌予防,不妊治療や不妊手術に対する公的サービスの欠如,気候変動による自然災害時の人道援助における RH とジェンダーに基づく暴力(GBV)防止等がある。


4) 若者,人口ボーナスと高齢化
 この地域では,人口ボーナスを享受できる時期がこれから15年程続く。現在,1億500万人の若者(15-24歳:地域全体人口の19%)は,2020年に1億800万人に増え,その後,激減する(2050年:9200万人,12%)。
 高齢化の日本とは逆に,これからの十数年間は従属人口が減少し,経済活動人口が増加する為,社会経済発展の為には大変有利な人口ボーナス期となって,1990年からの経済成長が益々促進される可能性がある。多くの国では,“アジアの虎”のように人口ボーナスを活用しようとしているが,効果的な政策立案と介入は容易ではない。貧困層の若者が置かれた不平等と社会的排除等の重大な社会問題に的確に対応しなければ,人口ボーナスを有効に活用することはできない。
 就学率に関しては,過去20年間にある程度の進展はあったが,いまだに半数以上の若者が中等教育修了していない。低所得層では中等教育修了者の割合は約20%と非常に低い値となっており,高所得層の約79%と対照的である。新しい現象としては,都市部の15-17歳の若者の10%は,学校に行かず仕事もしていない。この割合は18-24歳ではもっと顕著になる。
2030年以降は,人口高齢化が深刻になっていく。65歳以上の人口割合は,1950年の5%から,2050年には17%に増加する。特に,コロンビア,コスタリカ,メキシコ等では,高齢人口が2000年から2025年にかけて3倍になる。また中米の国々では,都市や国外への人口移動により,農村部の高齢化がさらに進む。先進国と同様,人口動態に応じた保健・社会保障・年金政策の改正や経済・社会的インフラ整備が必要となるだろう。


5) ジェンダーの平等
 女性の初・中等教育就学率と15-24歳の識字率が比較的高いこの地域では,5人の女性国家元首を輩出し(チリ,アルゼンチン,ブラジル,コスタリカ,ジャマイカ),国会議員定員数にクオータ制を導入して女性国会議員が30%以上の国も多くある。しかし,農村部,貧困層ほどジェンダーの不平等は顕著で,教育,雇用,RH,GBV等,多くの課題が残されている。
 人口の年齢別性比をみると,1950年代には,50歳代まで男性が女性数を上回っていたが,2010年になると25歳から女性の人口が男性を上回るようになる。これは MMR の減少と,1980年以降,若い男性の組織的犯罪,麻薬密輸に関する暴力,殺人,交通事故等の外的原因による死亡率が上昇したためである。
 男女の人口の不平等は,社会経済に大きな波紋を投げかけている。ブラジルでは女性が男性人口を3900万人上回る。女性の方が長寿のため,単身高齢女性人口が増え,もっとも脆弱な世代とみなされているが,この点は行動計画には指摘されていない。
 GBVに関しては,カイロ会議以来,重要問題として注目されるようになり,法律や制度による対策が取られるようになっている。スペイン政府が出資して設立された MDG 基金による介入も成果をあらわし,保健機関,警察,司法裁判所が一体となる総合対処保護モデル等が構築されている。
 若い女性の就学率や識字率は男性より高いが,農村部の貧困層女性は,この進展を享受できていない。
 また,中等教育を修了した女性の労働市場参入は男性より困難で,雇用機会は少ない。貧困層と農村部の女性の就学率を上げる事が重要であるが,暴力や犯罪防止の為にも,貧困層の若い男性の就学率の向上も検討しなくてはならない。
 この地域では,女性の社会活動・労働参加は経済社会開発と貧困撲滅に欠かせないものとして広く認められているものの,まだ男性には及ばない。これは賃金水準の男女格差やジェンダーによる固定的な労働役割分担に依るところが大きい。失業率は特に都市部女性に高く,都市部貧困層の女性は不安定なインフォーマル・セクターで働く割合が高い。さらに,農村部の女性(15-24歳)の60%以上は無収入である。


6) ポスト2014:カイロ会議20周年以降のロードマップ
 70億人の人口で構成される現在の世界は,財政難,経済危機,国家財政の破綻,増える保守的政府,宗教保守化,気候変動と自然災害,食糧危機,飢餓,貧困格差,国内避難民,GBV,急激な都市化・スラム化と貧困,安全保障問題,蔓延する HIV感染,エネルギー問題等の非常に多様なグローバルな問題に直面している。しかし,政府開発援助(ODA)は減少傾向にあり,さらに,行動計画の中でも特に SRH/RR や女性の地位向上などの課題をタブー視する動きさえ見受けられる。
 行動計画の目標のうちもっとも重要なのは,RH への普遍的アクセスを達成することである。これは,MDG のゴール5のターゲット B でもあるが,現在,全世界で2億1500万人の女性がこの RR を享受きていない。こういった中,これからは行動計画の中で達成できなかった目標に焦点を当てて取り組んでいく必要がある。この地域において,⑴貧困格差の是正,⑵若者,貧困層,先住民とアフリカ系住民に焦点を当てた RH,家族計画の未充足ニーズの減少,GBV防止の強化,ジェンダーの平等,⑶都市化とスラム化の防止・貧困対策,⑷人口ボーナスへの投資,高齢化,脆弱な単身高齢女性増加への対策,⑸南南協力の更なる促進とマルチプル・パートナーシップ,⑹国家予算の割当て増加,の6つが“ICPD+20”,“ICPD Beyond 2014”への重要課題となろう。
 特にこの地域では,貧困と不平等がこれからの最も重要な課題となる。その問題解決の為には人口動向に基づいた開発政策,根拠に基づいた政策論議,統計データの収集と分析のための研究に投資し続けなくてはならない。また,この貧困格差是正対策に関し,どのように人口問題が関連していくか,行動計画を2014年以降どのように実施していくかを深く検討し,ジェンダーに基づいた包括的なプログラムを実施していく必要がある。女性の教育と健康,都市・農村部の貧困層格差是正に焦点を当て,先住民とアフリカ系住民の文化に適応した SRH に投資し,貧困層のアンメットニーズを減少し,若者へのSRH サービスと性教育を充実させ,避妊実行率を上げて望まない妊娠,特に14歳以下の少女の暴力による妊娠を減らす事,さらに危険な妊娠中絶をなくし,GBVを防止していく事が必要とされている。
都市人口が増加する一方で,雇用と社会保障に十分な投資がされず,都市のスラム化・貧困化が進んでいる。この問題解決の為には,都市部の若者の雇用機会を創出し,保健,教育,社会保障に投資し,不平等をなくし,環境・衛生問題に対処しながら,スラム化による犯罪と暴力の蔓延を防止する必要がある。また,的確な社会経済政策,雇用政策,都市計画,インフラの整備,住居政策も不可欠である。
 さらに,限られた期間にしか享受できない人口ボーナスを逃さずに,的確な教育,保健,SRH,性教育政策を実施することが重要である。有効なアドボカシーを政策決定者に対して行い,人口ボーナスを活用できれば,将来の高齢化対策にも繫がる。この地域は日本や他の先進国と違い,2025年頃から高齢化が深刻になり始める見通しであり,それまでにまだ時間がある。先進国の先例を基に,持続可能な経済成長,的確な社会経済政策,人間開発,社会福祉環境政策を実施することにより高齢化に備えることが重要である。
 対策としては,人口開発・SRH/FP政策が国家政策として高く位置づけられ,マルチ・セクトラル・アプローチを使って投資をし,開発に携わるすべての機関・政府,NGO市民社会CSO),報道関係者,政治家,企業,労働組合,著名人と,さらに新しい層からの支持を得られるように取り組み,マルチプル・パートナーとして連携し,南南協力を進めていかなければならない。そして,ICPD PoAの目標達成の為に,ODAだけではなく,開発途上国の国家財政・予算をもっと割り当てて行く必要もある。その意味では,米国国際開発庁(USAID)の撤退後もこの地域の国々が RH/FPに関する国家予算を増やしたのは,他の地域に対して良いモデルとなる。セクター・ワイド・アプローチ,バジェット・サポートは,またそのアドボカシーを通して,途上国のオーナーシップが強まり,技術協力の面からみても非常に重要な役割を果たしたと言える。また,HIV/AIDS と RH/FPプログラムの連携を強めて包括的に実施し,良い成果をあげた実績を基に,効率的に政策・プログラムを策定・実施していく事が,限られた資金を使うためにも重要と言えよう。
(佐崎淳子)


4. アフリカの現況:IPPFの経験から
 昨年10月,地球人口が70億人を超えた。今,70億人の一人ひとりが選択肢と機会を得られるようにするという目標を実現するためには,アフリカでの「ICPD 行動計画」実現のための努力を一層強力に進めて行かなくてはならない。
 国際家族計画連盟(IPPF)は,1952年にインドのボンベイで創設された国際 NGOで今年60周年を迎える。IPPF創設の母は,当時の厳しい社会環境の中,投獄されたり,迫害にあいながらも,いつ何人子どもを生むかを自分で決める権利は女性が持つのだと強く主張し,怒りをもって立ち上がった女性たちである。日本初の女性国会議員の一人で日本の家族計画運動を率いた加藤シヅエもその中に含まれる。
 IPPFは今日では,世界に広がる草の根ネットワークを駆使する SRH サービス提供者であり,全ての人の SRR の擁護者として,151カ国に加盟協会を有し,170カ国以上で活動を展開する国際赤十字連盟に次ぐ世界第二の国際 NGOに成長している。
 アフリカに関しては1971年に,ナイロビを拠点とする IPPFアフリカ地域事務所(IPPF/ARO)が創設された。IPPF/AROは,アフリカの40カ国の現地 NGOを傘下に配し,若者,女性,男性(特に貧困や社会的弱者)の生活改善や行動変容を促している。また HIVエイズ,家族計画,妊産婦の健康,安全でない中絶(unsafe abortion)に関連するサービスと情報を提供したり,地元の住民や法律の専門家や人権の専門組織等のパートナーと共に政府に政策提言活動を行っている。
 表1に示したとおり,アフリカは,依然として,人口増加率が世界で最も高いほか,SRH 関連指標が非常に悪く,世界で最も多くの女性が妊娠と出産が原因で命を落としている。この背景には,アフリでは,女性が年若くして性行動を始め,結婚・出産し,産む子どもの数を制限したいと思いながらも,近代的避妊法が実行できなかったり,貧困と子どもの生存率が低い環境の中で,重要な稼ぎ手として,また将来の社会保障代わりとなる等の理由で,多子を希望する傾向にある웋ことから,女性が繰り返し妊娠し(2),安全でない中絶を行ったり,専門技能者の立会いなしで出産することが多い等の状況がある。
 またアフリカは,HIVと共に生きる人々の数が世界で最も多い地域で,特に15歳から24歳の年齢層では,HIVに関する正しい知識を有する女性の割合が男性より低く,女性の HIV感染率が男性に比べて2倍以上高い。さらには,同地域の脆弱な保健医療システムが問題を大きくしている。たとえば,シェラレオーネ,ルワンダ,マラウィでは,人口10万人あたり医師数は2人に過ぎない(3)。また,2009年に,アフリカ連合アブジャ宣言目標」(国家予算の少なくとも15%を保健医療部門に割り当てる)を実現していたのは,ルワンダ南アフリカだけであった(4)。
 多くのアフリカの女性と少女が,妊娠や出産が原因で今なお亡くなっているのは,以下のような社会経済的状況による。
 まず,ジェンダー(社会的性差)の問題が,女性と少女の健康に大きな影を落としている。たとえば,多くの女性が,夫の許可なしに診療所に行けなかったり,生む子どもの数によって社会的地位が決められたり,子ども婚や女性性器切除(FGM)を余儀なくされたり,兄や弟よりも教育を受ける機会が少なくて字さえよめなかったり,夫が亡くなっても相続権が認められていなかったり,男性から暴力を受けているという状況がある。SRH は,こうした男性と女性間の力関係や,期待される社会的役割や行動様式の影響を大きく受けている。
 次に,サハラ以南アフリカでの貧困削減の進捗が遅いことも問題である。最近発表された世界銀行の報告웏によると,2008年のサハラ以南アフリカでは1日1.25ドル以下で暮らす人々の全人口に占める割合は47%であった。これは1981年に51%だったものが1981年から2008年までの17年間に4%減り5割を割ったものの,他地域と比べるとアフリカの削減幅は最も小さい。さらに,全地域中,唯一サハラ以南アフリカ地域のみが,この17年間に,一日1ドル以下で暮らす人々の数が増えている(図1参照)。
 貧困には,経済資源の不足だけでなく,人権の欠如,不健康,選択の剝奪等の多くの側面があり,人々をより脆弱にする。特に女性の場合は,貧困の影響にジェンダーの影響が合わさり,さらなる SRH の脆弱性につながっている。例えば,生存の危機を伴うような差し迫った状況(例えば紛争時やその後に続くレイプ被害,ストリートチルドレン等によく見られるように年長や有力な男性に脅されて無理強いされたり,本人と家族が生きながらえる手段として等々の性的強要・虐待や搾取)は,多くの女性(特に若い女性や少女)の SRH を含む安寧(ウェルビーイング)に問題を引き起こしている。これらは直接・間接的に貧困によって引き起こされている。最も貧しい女性がそのような立場に追い込まれ易く,その悪影響を受け易い。一方,SRH の問題が,人々の貧困の度合いをさらに深めうる。例えば,望まない妊娠によって退学を余儀なくされた女子は,教育の機会を失うことにより,持てる可能性を十分引き出せず,就職の選択肢も狭まり,生涯にわたる経済的悪影響に直結する。また,女性の収入のみに頼る貧しい世帯では,出産や妊娠が原因でその女性が疾病・障害を負ったり,死亡した場合,家事育児と仕事の両方を担う柱を失った家族はさらに貧しい生活を強いられることになる。さらには,自分の身体や子どもを持つことに関する自己決定や移動が自由にできないために,望まない妊娠をした場合でも,女性が周囲の人々から汚名を着せられて疎外され,社会的にさらに弱い立場に置かれ,貧窮する場合も少なくない。
 同じ地域に在住していても,貧富の違いによって SRH 関連のサービス利用状況や知識レベルに差がある。サハラ以南アフリカでは,最貧20%層と最富裕20%層と比較すると,専門技能者の立会いの下での出産は27%と85%と3倍以上,また15歳から24歳の女性の HIVに関する包括的知識を有する割合は15%と37%と2倍以上と大きな開きがある원。つまり,貧富の差による選択の機会の有無や選択の幅のちがいが,健康と生存の可能性を大きく左右している。
 また,アフリカは,紛争の影響も大きく受けている。内戦や政治不安などのために,多くの人々が,より安全な場所を求めて,住み慣れた場所から逃れている。難民は,食物や飲料水,医薬品などの生存に欠かせない物資はもとより,雨風をしのいで生活するためのスペースの不足や,通常であれば助け合いの基本となる家族や親族,コミュニティの絆が切れてしまうなど,生活に必要な基本的条件がそろっていない。このような環境の下では,女性の健康はさらに悪化する危険性が高まる。たとえば,全国平均値と避難民キャンプの値を比較すると,ウガンダでは,2006年に15-19歳の女性の出産の割合が全国平均の24.9%に対し,難民キャンプでは43.1%とかなり高い(7)。また,紛争による関連施設やサービス供給システムの破壊は,それまでの成果の積み上げも破壊する。例えば,リベリアでは,医療技術者の立会いの下で出産する女性の割合は,1986年に58.1%であったが,紛争後の2007年には36.9%へと減少した(8)。
 このように SRH 指標は,アフリカの様々な問題が複雑にからみあった結果であるから,その改善には多面的な取組が必要となる。女性のエンパワーメント,貧困削減努力,保健医療システムの強化,SRHサービスへのアクセス拡充と質的向上,女性の健康(特に SRH)と教育分野への投資の増大,少女を含む若者の雇用機会の拡大,紛争や自然災害後の緊急支援や復興プロセスにおける SRH への配慮やニーズへの対応等,幅広い活動に,コミュニティ,NGO等の市民社会組織,政府,国際機関,民間セクターが力を合わせ,これまで以上に強力に取り組まなくてはならない。
 現地 NGOの IPPF加盟協会は,コミュニティに根ざした活動を展開しながら,脆弱な公的保健医療システムを補い,貧困層や社会的弱者等の公的サービスの行き届かない人々をカバーし,人々の健康を支えている。また,IPPF/AROは,傘下の加盟協会を動員しながら,粘り強く地域レベルの政策提言活動を行っている。以下に IPPFルワンダ(ARBEF)による草の根レベルでの事業と,IPPF/AROの地域レベルの政策提言活動について紹介する。
 IPPFルワンダ(ARBEF)は,日本 HIVリプロダクティブ・ヘルス信託基金(JTF)の支援により,ルワンダ帰還民を支援するプロジェクトを実施した。帰還民の代表をピア・エデュケーターとして育成し,地域住民に保健医療情報を届けたり,カウンセリング,HIV抗体テスト,性感染症治療,家族計画サービスの提供,現地医療従事者に技術研修を行ったり,診療所に薬や物資を揃え,地域の医療システム拡充にも努めた。女性たちが直面していたジェンダーに基づく暴力(GBV)にも取り組んだ。プロジェクトに参加したある女性は,「暴力を受けるのは私達の習慣の一部で,これは夫が気にかけてくれていることの表れだとさえ信じられている」と言っていた。同プロジェクトでは,帰還民たちが集まって共通の悩みについて話し合い解決策を見出すための場を設け,地域住民の生活立て直しのプロセスを支援し
た。成果は著しく,ジェンダーに基づく暴力が3つの帰還民村で半減した。同じ環境の中で暮らし,同じ問題を抱えるピア・エデュケーターが,地域住民に語りかけることによって,プロジェクトの効果を高める上で重要な役割を果たした。例えば,ある HIVと共に生きる男性は,「ピア・エデュケーターの説明で,妻が自分を支える柱だとわかったので,その後は妻に HIVを感染させないよう行動を改めた」と話している。また,事業計画立案プロセスから地域住民を巻き込んだことが同プロジェクトを大きな成功に導いたことも評価結果で明らかになった。
 また,IPPF/AROは,傘下の加盟協会,アフリカ諸国の政府,UNFPAアフリカ地域事務所やアフリカ連合AU)等のパートナーと協力し,積極的に政策提言を行っている。その成果の中には,アフリカの人々の SRH の向上に極めて重要な3つの地域内合意―「マプト・プロトコール」(2003年)(9),「ハバローネ(アフリカ大陸政策)枠組」(2005年)(10),「マプト行動計画2007-2015」(2006,2010年)―が含まれる。
 特に,2006年にモザンビークのマプトで開催された AU特別総会・アフリカ保健相会議で合意された「マプト行動計画」は,アフリカ政府と市民社会の権利に根ざした行動と優先項目をまとめ,最も貧困で脆弱な女性,男性,若者の生活の質と機会を向上させることを目的とする画期的なものであった。
 

1 Westoff and Akinrinola,2002,Reproductive Preference in Developing Countries at the Turn of the Century: DHS Comparative Reports Number 2,Calverton,ORC Macro.
UNICEF, 2012,The State of the Worldʼs Children 2012,New York,UNICEF.
3 WHO, 2012, World Health Statistics 2011,Geneva,WHO.
4 WHO, 2011,The Abuja Declaration : Ten Years On,Geneva,WHO.
5 Chen and Ravallion, 2012, Briefing Note: An Update to the World Bankʼs Estimate of Consumption Poverty in the Developing World.
UNICEF,前掲, 2012.
7 UBOS and Macro International Inc., 2007, Uganda DHS 2006, Calverton, UBOS and Macro
International Inc.
8 Bureau of Statistics,M inistry of Planning,Economic Affairs Monrovia, Liberia and Institute
for Resource Development/Westinghouse Columbia, 1988,DHS 1986,Monrobia.
LISGIS,M inistry of Health and Social Welfare,National AIDS Control Program and Macro
International Inc., 2008,Liberia DHS 2007,Monrobia,LISGIS and Macro International Inc.
9 2003年にモザンビークで開催された AU通常首脳会議で採択された女性の権利に関するアフリカ人権憲章の追加プロトコール。正式名は,African Charter on Human and Peopleʼs Rights, on the Rights of Women in Africa (ACHPR)。
10 2005年にボツワナで開催されたアフリカ保健相会議で採択された包括的 SRH サービスの万民普及を達成するための政策枠組み。
(中村百合)


5. ミレニアム開発目標との関係
 MDGsは,国連が主催した2000年のミレニアムサミットを機に,ロードマップに従って策定されたもので,開発分野における最大の国際的な枠組みである。社会開発の重要性を受けた形で,人間開発に焦点をあてた内容となっている。特徴としていえることは,達成目標を数値目標として提示し成果を測りやすくした点と,国籍や経済状況などと関係なく開発における普遍的な人権思想を基本に置いたアプローチの2点である。開発途上国は目標1から目標8までのすべての目標についてその達成度を,そして先進国は目標7の環境の部分と目標8について,毎年国連に報告し,国連は MDGs報告書として発表している。
 なぜ,策定当時の MDGsに人口問題と SRH/R は含まれなかったのか。1990年代に国連が主催したテーマ別の国際会議(環境,人権,人口,女性),さらに,経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development : OECD)が発表した「新開発戦略」などの多くの提案が MDGsに採用されたにも関わらず,ICPD 関連について言えば,中心的な概念であり課題である SRH だけは,全く触れられることがなかった。その理由については,すでに第1節で紹介されている。表2は,ICPD の目標のなかで,SRH だけが取り入れなかったことを如実に示している。
 この状況を受けて,国際 NGOである IPPFをはじめとする NGOネットワークは,MDGsに SRH が含まれていないのであれば,9番目の目標として新たに提案せざるを得ないとの立場をとり,活発に提言活動を行った。また,MDGsの策定に深くかかわった J.サックス・コロンビア大学教授は MDGsの目標数値を達成するために必要な項目を「達成に向けた早道(Quick Wins)」として「ミレニアム・プロジェクト報告書」の中で提案した。その中には,SRH や家族計画の推進が含まれていた。このような世界的な動きを受けて,国連の中に,MDGs検討委員会が設立されて MDGs全体の改訂が討論された。
 SRH が MDGsに含まれるようになったのは,2007年になってからである。MDG の目標5「妊産婦の健康の改善」のターゲット Aの MMR の削減に加えて,B として「2015年までに SRH の普遍的アクセスを実現する」が追加された。ターゲット B の達成を測る指標は,避妊実行率,思春期女子(15-19歳)1000人あたりの出生率,産前ケア,家族計画を必要としながらも実行できていない割合である。元来,妊産婦死亡率を1990年に比べて四分の三にまで減らすことはチャレンジであったとしても,MDG5は,他の目標と比べるとその進捗は遅く,達成が最も危ぶまれている。その背景には,「3つの遅れ」でも指摘されるように,医療的な介入だけでなく,社会的なインフラや個人の保健意識が改善されなければ,妊産婦死亡は削減できないからである。予防接種のような医療的な介入によって乳児死亡率が急激に下がったことと大きく異なる点である。
 ICPD の行動計画の内容のほとんどが,MDGsに含まれたとすれば,2007年以降,両者の違いはなくなったのだろうか。MDGsが貧困削減を,そして,ICPD が女性のエンパワーメントを大きくクローズアップしているが,双方ともその基本に,公平性を置いている点では共通している。しかしながら,似て非なるもの,と言える点は残っている。ターゲット B の一つである産前健診に関してみると,MDGsが経済的な格差の解消を公平性担保の大きい方法であると示している一方で,ICPD は経済的要素に加えて社会的要素(人的なサポート,サービスの質,医療インフラの有無など)を重視するため,この数値を挙げていない。しかし,専門技能者立会いによる出産と普遍的な SRH サービスへのアクセスに関する数値を挙げ,これらは,MDGsに含まれることになった。さらに,MDG6に関しては,ICPD は,15-24歳の若い男女の90%が,HIVエイズ感染の予防に必要な情報やサービスを入手できるようにするべき点を挙げる。若年層(しかも男女)による HIV予防の重要性を強調しているが,MDGsではコンドームなどの CPR だけを取り上げ,若いカップルが話し合いながら予防を進めるという重要な考え方には触れていない。
 最後に,今後の展望を考えてみよう。ICPD は2014年に,MDGsは2015年に,最終見直しが予定されていた。MDGsの見直しプロセスには変更がないと思われるが,「はじめに」で前述したように,ICPD に関しては大きな枠組みの変化があった。2010年12月22日に国連総会決議(65/234)で,ICPD の行動計画の実施は,その重要性を鑑み,期限の明記なしに延長されることが決まった。同時に,最終見直しと想定されていた2014年の見直しは,行動計画が継続されるという新たな環境下で実施される,調査という位置づけに変容した。
この状況下では,ICPD 行動計画の継続は,政治的な影響を受けることなく,また,期限の制約をうけずに実施されることが保障されたのである。しかしながら,課題として大きく二点が挙げられる。まず,「ポスト MDGs」と ICPD の関係である。MDGsが終了する2015年以降に想定される開発枠組みであるポスト MDGsの流れと,ICPD 行動計画の継続とが,平行して存在するのか,または,ポスト MDGsが包括的に ICPD 行動計画の目標を包含するのかは現時点では見えてこない。今後,ポスト MDGsがどのような内容・領域を持つのか,興味ある議論が展開されると思われる。第二は,成果を測る指標である。
 1994年から20年先を見越して策定された指標の中には,この18年の間に多くの国で改善された指標(例えば乳児死亡率)もあれば,あまり改善されていないもの(例えば MMR)まで,様々である。本稿の第2節から第4節までに説明されているように,地域によっても課題や取組には幅がある。ICPD の目標を継続する場合には,その達成度を測る指標は1994年当時と同じで十分対応が可能なのかどうか,つまり,現状や将来の課題にどのように対応させていくのかが,問われることになろう。
 翻って日本に関しては,高齢化や少子化問題の社会経済的な側面の研究が進んでおり,新興国や中進国からも注目を集めている。一方で,出生力に直接影響を与える SRH,つまり性行動,避妊,不妊,人工妊娠中絶などの近接要因の研究は保健・医療分野に限っていることが多く,人口レベルでの研究は少ない。欧米諸国や開発途上国で盛んに行われている SRH/R 分野の研究を国内でも行うことは,日本の少子・高齢化問題の理解を更に深め,国内における SRH/R の認識を高める一助となるだろう。
 MDGsには全く触れられていない人口問題がある。高齢化である。私は近々,世界的な規模で高齢化に取り組まざるを得ないと考えている。国連の2050年人口推計によれば,現在の開発途上国のすべてが,高齢化社会を迎えることになると予測されているからである。仮に,途上国が開発を推進し,その結果,十分な社会インフラが整い,人材が育成されていれば,問題はないだろう。しかしながら,後発開発途上国の場合,その開発計画通りに開発が進まないことも大いにあり得る。とすれば,問題は二重の意味で大きい。つまり,国家経済がテイクオフしないうちに,人口構造が変化し人口オーナスの状態に突入するからだ。その場合,果たして高齢化に対応できるのか,という深刻な問題を抱えることになるからである。日本をはじめとする先進国には,成功例も失敗例も含めて,途上国に対して政策立案や対応策に関する情報共有や経験交流といった協力が求められている。


引用文献
OECD/DAC新開発戦略(21世紀に向けて:開発協力を通じた貢献)www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/
oda/
「ミレニアム・プロジェクト報告書」(和文)www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/
Thaddeus, S.,& Maine,D.(1994).Too far to walk :maternal mortality in context.Social Science
& Medicine, 38(8), 1091-1110.
(池上清子)