リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

人工妊娠中絶の権利を奪われた従業員に対して、企業は何ができるのか 50年ぶりに覆った判決に対処するための5つのアクション

ドブス判決に対して:Harvard Business Review by アンドレア・ハーゲルガンズ ,ソニー・バシ 翻訳 藤原 朝子 2022.9.5

dhbr.diamond.jp

以下の提言は、女性が「活躍」できてない日本企業にも大いに参考になりそうだ。

「人工妊娠中絶は合衆国憲法が認める権利である」とした約50年前のロー対ウェード判決が、2022年に覆された。2022年6月のドブス対ジャクソン判決で、米連邦最高裁は、合衆国憲法は人工妊娠中絶を保障していないという判決を下したのだ。そのため、企業は長期と短期を見据え5つのアクションを起こすべきだと筆者らは主張する。アクションに取り組むことで、会社の評判と従業員の忠誠心、職場における女性の力から、報いを受けることができるという。


人工妊娠中絶は合衆国憲法で権利として認められていない
 米連邦最高裁は、2022年6月のドブス対ジャクソン判決で、「人工妊娠中絶は合衆国憲法が認める権利である」としたロー対ウェード判決(1973年)を覆した。それ以来、多くの企業リーダーは自社内の反応の大きさに驚いている。だが、驚くべきではない。むしろこれは、現在そして未来の従業員のために、企業が対応措置を強化する機会と考えるべきだ。

 米国の女性にとって、ロー判決の破棄は、コロナ禍で苦しかった2年半に追い討ちをかけるようにやってきた。2020年の時点で、白人女性の賃金は、白人男性の賃金の73%にとどまっていた。黒人女性の場合は、黒人男性の賃金の58%、ヒスパニック女性ではヒスパニック男性の賃金の49%だ。

 そこにコロナ禍がやってきて、子どもの学校がオンライン授業になったり、託児所が閉鎖されたりしたために、子育ての負担が女性の肩にいちだんと重くのしかかるようになり、多くの女性が働くことを辞めた。女性政策研究所(IWPR)によると、現在も、働く女性の数は2年前より200万人少ない。

 優秀な人材を獲得するための競争が激しくなる中、企業には従業員が直面する問題を解決する一定の責任がある。この責任を負わなければ、優秀な人材の採用や維持に苦労することになるだろう。

 企業リーダーはドブス判決の前から、女性従業員を維持したり、職場復帰させたりするためには、職場環境をつくりなおす必要があると、専門家から助言を受けていた。ドブス判決により、女性を引き寄せ、育成し、報酬を与えることはさらに難しくなるだろう。米国では、従業員の医療保険料を事業者が一部負担する仕組みになっているため、従業員がリプロダクティブ・ヘルスケアを受けられるかどうかは、企業が対処すべき問題であり、事業活動とは無関係な政治的な議論として切り捨てるわけにはいかないのだ。

 人種的公平や気候変動などの社会問題で、企業のアクションと、それに対する期待が歴史的な高まりをみせている中で、企業リーダーはこの議論を始めようとしている。筆者らが属するPR会社エデルマンが、企業の信頼性について調べた「トラスト・バロメーター」2022年版によると、米国人が社会問題について正しいことをしてくれると唯一信頼している機関は、企業だった。

 中には、ロー判決で認められた中絶権が消滅する可能性を早い段階から察知して、対策を練ってきた企業もある。そのきっかけとなったのは2021年秋、妊娠6週間を過ぎた中絶を事実上禁止するテキサス州法を、連邦最高裁が合憲とみなした判決だ。この判決を受け、エデルマンはクライアント作業部会を設置した。しかしいまは、すべての企業が長期的アクションと短期的アクションを検討する必要がある。そのいずれにおいても、第一歩は、自社の従業員をサポートすることだ。


 第1に、企業はいますぐドブス判決に関連したアクションの検討に入っていい。すでに、エデルマンを含む多くの企業が、州外で中絶手術を受けたり、自分のジェンダーを確認する医療を受けるための旅費をカバーしている。グーグルは、中絶が合法的な州に転勤する機会を提供している。パタゴニアとライブ・ネーションは、ドブス判決に抗議するデモで逮捕された従業員の保釈金を負担している。企業は従業員向けのメッセージで、この問題について多様な意見を許容する姿勢を示すべきだ。だからといって特定の姿勢をサポートするアクションはとれないと考えるべきではない。


 第2に、リーダーはドブス判決を、出産と子育てのあらゆる側面で従業員をサポートするきっかけと考えるべきだ。今回の判決は、妊娠する可能性がある従業員の経済的な側面に大きな影響を与える。IWPRによると、州レベルの中絶規制措置は、15〜44歳の女性の離職率を高め、休職期間を伸ばすだけでなく、労働参加率と所得レベルを押し下げて、州経済に年間1050億ドルの損失を与える。

 シティグループが導入している非課税の家族扶養手当の給付や、栄養補助食品大手クリフ・バーのような社内託児所の設置を検討してみよう。子育てを理由とする離職を最小限に抑えるため、妊娠関連の追加医療費を負担したり、有給の育児休暇を延長したりすることを検討してもいいだろう。


 第3に、企業は職場における女性従業員の役割と、女性が上級管理職に昇進できる道のりを検討すべきだ。ドブス判決は、男女同一賃金や、上級管理職、取締役への女性の登用など、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)におけるこれまでの進歩を吹き飛ばすおそれがある。出産や育児期に男女の賃金格差が拡大することはよく知られている。自分の会社で、子育て中の人が成功する余地をどうすれば創出できるか、もう一度考えてみよう。

 たとえばワークシェアリングを導入すれば、子育て中の従業員が短時間勤務でも、インパクトの大きい仕事を担当できるし、これまでと異なる復職ルートを設ければ、子育てに集中するために離職していた人たちが職場に復帰しやすくなるだろう。


 第4に、企業には、正直でオープンな会話ができるインクルーシブな環境をつくる責任がある。筆者らの同僚であるシドニー・ローチは、2020年のコロナ禍初期、CEOに新たに期待される役割ができたとして、「最高共感責任者(Chief Empathy Officer)」という肩書をつくった。妊娠する可能性のある人と、そのパートナーやアライ(味方)のために、コロナ禍の時のような思いやりのある環境を標準にしなければならない。妊娠が普通のこととみなされ、子育て中の人が直面する問題が悪いことや恥ずべきことのようにみなされない、インクルーシブな職場文化をつくるためには、組織のすべてのリーダーに果たすべき役割がある。


 第5に、長期的に雇用主は、自社の業務が果たせる役割を考えるべきだ。タラ・ヘルス財団が2021年秋に行った調査によると、「優秀な人材」の66%は、州法で中絶を事実上禁止するテキサス州で職を得ることを思いとどまり、64%は同様の州法があるいっさいの州で求人に応募しないと答えた。こうなると企業は、本社や新オフィスを設置する場所を考え直す必要に迫られる。

 妊娠中の従業員の一部は、万が一の時に備えて中絶を規制する州への出張に懸念を示す可能性があることも、企業は認識する必要がある。企業は出張に代わる柔軟な選択肢と「理由を聞かない」という方針を打ち出すべきだ。また、ロビー活動費がどのように使われているか見直し、従業員の価値観やニーズと矛盾することに政治資金が使われていないか精査すべきだ。

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 この問題に関する企業へのアクションの呼びかけは、その範囲も規模も、いままでとはレベルが違うものに感じられるかもしれない。しかし、2020年のジョージ・フロイド殺害事件後の企業の行動と同じように、ドブス判決は企業にとってのターニングポイントだ。ドブス判決が打ち立てた判例を考えると、今後は中絶以外の権利も奪われることになるかもしれない。

 企業は、同性婚から避妊具の使用まで、いまは判例で確立していると思われていることが覆される可能性を見越して、みずからの姿勢、そして行動計画を検討しなければならない。リーダーにとって、これは大きなチャレンジであり、正しく対処するためには、時間と資源と先を見越した戦略的計画が必要だ。しかし、それに取り組んだ企業は、会社の評判と従業員の忠誠心、そして職場における女性の経済的パワーから、報いを受けるだろう。