リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

アイルランドの過去が語る「ポストローのアメリカ」の姿

FiveThirtyEignt, By Monica Potts, JUN. 8, 2022, AT 6:00 AM

ロウ判決が覆される前に、アイルランドとの対比で未来を展望していた記事。日本はアイルランドの来し方に目を向けるべきではないかな。

『中絶がわかる本』にも概略が載ってます。「国民投票」までの道のりと、人々の熱い思いを垣間見ることができます。

fivethirtyeight.com

むしろ日本はアイルランドにもっと目を向けるべきではないか。

仮訳します。

 2018年以前、アイルランド共和国のほとんどの女性は、イングランドウェールズのクリニックに行くか、自宅で自己管理の中絶を行うのでもなければ中絶を行えなかったが、そのどちらの手段や方法を見つけるのは困難なことだった。

 1983年に施行された中絶禁止令の最初の数年間は、中絶に関する情報は検閲されていた。ある種の書籍は禁止され、『コスモポリタン』誌のアイルランド版でさえ、英国のクリニックの広告の代わりに空白のページがあった。一方、中絶を求める人々は、孤立、汚名、医療関係者からの限られた援助に直面した。そして、これらの障壁を乗り越え、情報、物流、資金調達の手助けをしてくれるフェミニストのネットワークの一つにどうにかたどり着くことができた少数の人々は、それでも手術、交通、食事、ホテルのために数百ポンドかそれ以上を支払う可能性に迫られた。

 英国バーミンガム大学でグローバル・リーガル・スタディを担当するフィオナ・デ・ロンドラスは、アイルランドの役人がフェリーや空港で「若くて妊娠しているように見えたら」女性を質問すると教えてくれた。アイルランドで妊娠していた場合、癌のような胎児に影響を与える可能性のある医療を受けることができないかもしれないと、デ・ロンドラスは述べている。「女性が国から受けることができる唯一の権利は、妊娠が終わったときに死んでいないことだ。それを除けば、国に胎児を守る義務がある」。

 アイルランドの中絶禁止法は世界で最も厳しいものだった。1983年から2018年まで、「胎児の生命に対する権利」は「母親の生命に対する権利」と同等であり、国家には "その権利を擁護し、正当化する "権限が与えられていたのである。これはアイルランド憲法の修正第8条に明記されており、1983年の国民投票有権者の3分の2が承認した。さらに、アイルランドの法律では、中絶の実行や手段の入手は最高で14年の懲役刑に処せられていた。

 もちろん、それでもアイルランドでの中絶は止まなかった。中絶は海外でも地下でも行われていたのだ。しかし、中絶が依然として行われていること、そして中絶の需要があることは、中絶を合法化するための努力を容易にすることはなかった。アイルランドで中絶が合法化されるまでにはさらに35年かかり、中絶の権利のために地道な活動や話題となるような苦悩の物語が広がっていったのである。


 ドブス対ジャクソン女性健康機構裁判におけるサミュエル・アリト裁判官の多数意見案が5月にリークされる前、ほとんどのアメリカ人はロー対ウェイド裁判が覆される可能性が高いとは思っていなかった。中絶の権利を憲法で定めた50年近く前の判例は、現状に一種の満足感を与えており、民主党員も共和党員も、ほとんどのアメリカ人は、ローがもはや国の法律でなくなる深刻な危機にあるとは思っていなかったのである。

 中絶に関する世論調査は複雑だが、ほとんどのアメリカ人がそれについて考えることに時間を費やしたくないということを示している。しかも、彼らは中絶について、いや、それどころか妊娠について、実はよく知らないのである。多くのアメリカ人は、この問題については左派も右派も極端だと考え、その議論を完全に避けているのだ。また、多くのアメリカ人は、ロー判決が覆されるべきではないと考えているのは事実だが、ロー判決が何を認めているのかを正確に把握していないため、ロー判決に抵触する規制を支持することすらある。また、多くのアメリカ人は、ロー判決が覆された場合、自分の州で何が起こるかを知らない。

 このような一般的な知識の欠如は、アイルランドでは胎児の人間性を確立する国民投票が可決される以前から存在していた。中絶が合法でなく、一般的に認められていなかったからである。もちろん、米国が異なるのは、連邦最高裁が多くの女性にとってすでに存在している権利を奪おうとしていることだ。しかし、アイルランドの例は、妊娠中の人々が健康な生活を送る権利を含むそれらの権利へのアクセスを拒否することがもたらす完全な結果を、アメリカ人がまだ知らない可能性があることを示している。

 中絶を拒否された人々が直面する悲惨な結果に、広くアイルランド国民が気づくまで、ほぼ10年かかった。1991年、14歳の少女が友人の父親からレイプされるという事件が起こった。司法長官は、法律が胎児の生命を守ることを国家に義務づけているとして、彼女と彼女の両親が中絶を受けるためにイギリスに渡航することを禁じる差止命令を提出した。その頃、少女は自殺願望があり、臨床心理士は法廷審問で少女が自殺する危険があると証言した。最終的に、アイルランド最高裁は最初の判決を破棄し、自殺の危険が実際にあったという理由で少女の中絶を許可することを決定した。

 ベルファストのアルスター大学で社会政策の上級講師を務めるフィオナ・ブルーマーは、中絶に関する多くの調査、フォーカスグループ、講義を行っているが、この頃、修正第8条の末期には、中絶に強く反対する人は人口の10パーセント程度だったと推定している。「中絶反対の声は圧倒的で、声も大きく、敵対的でした。中絶反対派の声は大きく、強く、敵対的で、人々は中絶について話したくないという環境を作り出していたのです」と彼女は言う。しかし、ハラッパナバルの死後、多くの人々が改革を望んでいることが明らかになり、状況は変わり始めた。

 さらに、女性が自宅で自己管理する中絶が簡単にできるようになった。1988年、フランスと中国は、ミフェプリストン3 とミソプロストールなどのプロスタグランジンを併用した妊娠初期の中絶を承認し、他のヨーロッパ諸国もすぐにこれに続いた。インターネットが普及し、これらの薬が入手しやすくなったことで、ミフェプリストンとミソプロストールの併用療法は、その後数年にわたり普及した。(アイルランドでは、薬を入手することは違法ではなく、使用することだけが違法だったのだ)。

 2005年、レベッカ・ゴンパーツ医師は、合法的かつ安全に中絶を行うことができない世界中の中絶希望者に相談を提供し、自宅で中絶を自己管理するために必要な薬を提供する非営利団体、Women on Webを設立した。調査によると、アイルランドの女性たちがWomen on Webや同様のサービスを利用するようになり、海外に行くことなく妊娠を終わらせることができることに喜びと安堵を感じていることが判明した。また、これらのサービスを友人にも勧めたいと考えていた。薬による中絶の増加は、中絶がいかに簡単で安全なものであるかを浮き彫りにした。2018年に憲法8条を廃止する国民投票が可決されたとき、66.4%の得票率だった。


 米国は今、かつてのアイルランドと同じ道を歩んでいるのだろうか。ロー判決が覆された場合、多くの州で施行される手はずになっている法律は、極端で不人気なものである。13の州は、直ちに、あるいは数週間以内に中絶することを全面的に禁止する。ただし、13州すべてが、母親の生命と健康のために何らかの例外を設けている。しかし、ニューヨーク・タイムズ紙の分析によれば、レイプや近親相姦の場合は例外としない州が多い。また、リプロダクティブ・ライツ・センターの分析によれば、ロー判決を覆すか弱めるかすれば、たとえ地域の法律が明確に中絶を禁止していなくても、24の州と3つの米国領で事実上中絶が禁止されることになるそうだ。

 さらに、制限が設けられると、女性はすでに安全な中絶にアクセスすることが難しくなるだけでなく、リプロダクティブ・ヘルスケアは他の点でも影響を受ける。例えば、米国では妊娠・出産は中絶よりも危険であるというデータがある。つまり、ロー判決が覆されれば、妊産婦死亡率はさらに悪化する可能性が高く、しかもその多くは完全に予防可能であるということだ。中絶を拒否されることは、精神的な健康にも永続的な影響を及ぼしかねない。アイルランドを例にとれば、アメリカでは中絶医療に対する考え方が劇的に変化する前に、もっと多くの女性が亡くなったり、精神衛生上の問題を経験したりしなければならないだろう。


 しかし、アメリカではすでに意識が変わりつつある兆しもある。超党派世論調査会社PerryUndemを共同設立した世論調査員Tresa Undem氏によると、テキサス州で6週以降の中絶が禁止されて以来、中絶禁止法について知るテキサス人が増えたという。さらに、Undem氏によると、男性や独立した女性有権者が以前よりもこの問題について話したり考えたりしているという。「私が調査をしてから初めて、彼らがこの問題を極めて個人的に捉え、行動を変えるのを耳にしました」。

 アンデム氏は、ローカルニュースにまで浸透した持続的な報道が、ロー判決が覆された場合の影響を人々に認識させ、その結果、この問題への関与を強めている可能性があると述べている。例えば、5月2日から5月22日にかけて行われたギャラップ社の世論調査では、2021年5月以降、アメリカ人が「プロチョイス」であるとする割合は6ポイント上昇し、55%になった。この変化の多くは、民主党員や、若年層や女性など民主党寄りのグループがそのように認識するようになったことに起因する。それでも、すべての状況またはほとんどの状況で中絶が合法であることを望むと答えたアメリカ人は、以前よりも多くなっている。

 しかし、ロー以前の現実は、ほとんどのアメリカ人にとって遠い過去の話になっている。「フロリダ州立大学法学部のメアリー・ジーグラー教授は、「人々は(最悪の物語を)信じないだけです。そして、もしそれを信じたとしても、それを経験したことがないため、それがどのようなものかを理解できないのです」。人々の心を本当に変えるような話は、しばしば極端なものである、と彼女は言う。


 「最終的にアイルランドで変化のきっかけとなった物語と、その変化が起こるまでにどれだけの時間がかかったかを考えてみてください。現実には、米国の多くの女性が、修正第8条が覆される前のアイルランドと同様の条件のもとですでに生活している。しかし、こうした話のほとんどは、有色人種の女性、貧困層の女性、不法滞在の女性、南部の州の女性など、すでに疎外されている女性が関わっているため、国の多くはそうした状況を変えるために行動しようという気に今のところなっていないのです」。カリフォルニア大学アーバイン校法学部のミシェル・グッドウィン教授は、「今、死に瀕しているのは黒人や褐色の女性たちです」と言う。アメリカ人は黒人女性の苦しみや死に慣れている、と彼女は言います。この国の妊産婦死亡率を見るまでもなく、『女性のリプロダクティブ・ヘルスに口を出すな』と言うべきでしょう」。

 しかし、今のところ、そうはなっていない。実際、ロー判決が覆されようとされまいと、赤や赤に傾いた州は制限的な法律を通し続けるだろうし、中絶権活動家は女性がそれを克服できるよう手助けしようとするだろう。青い州の活動家たちは、つい最近まで自分の州で中絶の権利を確保するために活動してこなかった。それは、米国の変わった法制度が、権利を拡大するための連邦政府の行動をはるかに困難にしていることも一因である。

 アイルランド北アイルランド、韓国、タイ、メキシコ、コロンビアなどでは、最近、中絶の権利が拡大し、リプロダクティブ・ジャスティスの運動も多くの州で再び取り入れられている。

 中絶反対運動は、国民の少数派であるにもかかわらず、50年以上にわたって政治体制の構造的障壁を克服するために絶え間ない努力を続け、今まさに最大の勝利の時を迎えているのだ。「中絶にアクセスする意味のある権利を削り取る方法、最高裁の候補者指名プロセスを攻略する方法......あのレベルの組織とコミットメントは、このように断片的な環境では有効だ」と、デ・ロンドラスは言う。「たとえ不本意な賞賛であっても、彼らが行ったことは非常に驚くべきことです。」

もう一つ、アイルランド国民の世論を大きく変えるきっかけのひとつになった、流産処置をしてもらえずに死亡したサヴィナ・ハラッパナヴァールに関する記事もメモっておきます。

What Ireland’s history with abortion might teach us about a post-Roe America | PBS NewsHour