リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

ルポ職場流産

雇用崩壊後の妊娠・出産・育児 小林美希著(2022年)岩波書店

知らなかった概念や興味深い議論がいろいろ出てきたので、メモ・抜き書きしておく。

  • 妊娠解雇:妊娠を理由にした解雇、退職勧奨、契約解除、降格等の不利益取扱い。本来は男女雇用機会均等法違反。
  • 職場流産:職場環境の劣悪さが原因と思われる流産。労働基準法男女雇用機会均等法によって、妊産婦の夜勤免除や業務軽減は本人が申請すれば適用されることになっており、罰則規定もある。
  • 社会的ハイリスク妊婦:阪南中央病院の北田衣代医師らの2000~08年の妊娠12週以降の総分娩数5585例について妊婦の就労状況や生活環境などを調査…そのなかで「経済的(困難)」が317例とトップで、2良いが「未婚」(301例)、3位が「若年」(137例)
  • 夫の解雇で分娩予約金を払えない。通院中に失職して健康保険証が失効した……出産育児一時金はあくまでも健康保険に入っている人が使える制度だ。考えてみれば、若年未婚の場合にはもらいようがないのではないか? 親の保険組合から果たして一時金が出るのだろうか? これは調べる必要がある。
  • 保育所に2ヵ月ごとに就労証明、年に2度の所得証明提出……自分の時に、そんな必要があっただろうか? 都道府県や自治体によってルールが違うのか?
  • フルタイム貧乏:フルタイムで働くと保育料や住民税が上がってしまうが、パートタイムで夫の扶養に入って社会保険や住民税の負担、通園交通費や延長保育量の負担がなくなるため、手取りは同じになる。ただしパートになるとキャリアを積めなくなる。
  • 不育症:これ自体の存在は知っていたが、治療成功率について:不育症の権威で著書『「不育症」をあきらめない』(集英社新書、2007年)のある牧野恒久医師は、「自然流産は年間約30万件にのぼるが、そのなかで不育症を適切に治療すれば、年間5万3000人の赤ちゃんを流産から救うことも夢ではない」と試算している。「行政は不妊症には条件つきで助成をしているが、不育症は当てはまらない。不育症は、妊娠はするけどその命をなくす病気だ。妊娠の期待から一気に落胆や喪失感に襲われる。こうした不育症にも社会が目を向け、バックアップして欲しい」…。
  • 育児休業切り:女性ユニオン東京の藤井豊味書記長は、「不況時は、組織再編や業務縮小を理由に、育児休業を取得する社員や残業できない社員が不当な異動を命じれられたり、降格人事に遭うことが多い。どんなに優秀な社員であっても、企業はフルに働くことができない社員をコストに感じ、嫌がる傾向がある」と憤る。……もちろん「育児休業」を取れることも労働者の権利である。
  • 育児短時間制度:制度があっても仕事量は変わらない。結局無理がきてしまう。
  • 夫の転勤・海外赴任:妻がキャリアを断念するしかなくなることも多い。特に中途半端な長さの海外赴任だと、海外で大学院に入ってキャリアアップするには短すぎたり……。
  • 看護休暇:非常勤には子の看護休暇がなかったり、あっても年5回などと少なすぎ、子どもが2人いればすぐに使い切ってしまう。
  • 出産適齢期における非正社員比率の増加:総務省労働力調査」から、25~34歳の非正社員比率を観ると、男性は1998年の5.1%から2010年は14.0%へ、女性は々29.4%から41.4%へと、この10年ほどで大きく上昇…

非正社員育児支援制度などにうまく汲み入れない限り、安心して出産などできない。


p.21 阪南中央病院(佐道正彦医師)は、流産を4つに分類して分析しており、2003~07年の調査では、流産のなかでも、①胎のう(GS)さえ認めないいわゆる「科学的流産」が14.9%、②子宮内に胎のうは確認されたが胎児像および胎児心拍(FHB)た一度も確認されなかった例(いわゆる「枯死卵」)が50.4%、③子宮内に胎のうを認め、胎児像あるいは胎児心拍を認めたが流産した例が32%だった。他は「不明」。
*妊娠期間の図が添えられているが、どういうわけか「5週未満/以降」の区切りがある。これは何を意味しているのだろう?

p.80-81 仕事と育児の両立については、雇用の不安定さや陳儀デフレから家計を共働きで支える必要が強調されがちだが、生活に困るからという視点だけではなく、子どもができても、女性がひとりの人間として働き続けることが当たり前のように実現できないのはおかしいという視点が必要だ。そこから、貧しい社会情勢や企業慣行をこそ問い正さなければならない。名古屋市立大学の教授で産科医の杉浦真弓氏はこう諭す。
「女性は命がけで出産をするのだから、男性が育児休業を取ってもいいのではないか。……」


p.213 出産や育児によって離職せざるを得ない女性の経済損失について、大和総研経済調査部長の鈴木準氏は、こう試算する。
「出産・育児に際しての最大のコストは、女性が離職し正規雇用の賃金プロファイルから離脱せざるを得ない機会費用(離職によって失うことになる所得)である。女性のうち「家事・育児のため仕事が続けられそうにない」という理由からっ休職していない就業希望者は、2009年時点で約120万人おり、25~44歳に集中している。継続的に就業していた場合に得られたであろう、学歴に応じた標準的な生涯賃金と所得一室率を彼女たちに当てはめると、マクロ的には一年当り換算で4.7兆円(GDPの約1%)もの機会費用が発生していると試算できる。……
 なお、この試算は退職金を含んでおらず、また、同様の理由を抱えながらも休職している無業者や、やむを得ずパート就労などに甘んじている就業者を含んでいないので、控え目なものという。


p.227 スウェーデンなど北欧のWLB先進国は国民が積極的に政治参加して政府をチェックする。だからこそ、社会保障に大きな財源をあてるための税負担ができる。しかし、日本は政治や行政を信用できないから、社会インフラが重要だと分かっていてもコスト負担を嫌うのだ。そこの議論が必要だ。現在の選挙は候補者も有権者も目先の利益にとらわれ、少子化や若者の経済力の弱体化によって引き起こされる国家破綻という最悪のシナリオの回避策を想定しきれていない。


p.227 フランスなど海外では、女性の就業率の高さに比例して出生率が上がっている。それは、子育て支援の効果や社会の意識が高いため、就業して得た所得が家族形成への自信の裏づけとなっているからだ。しかし、日本はまるで逆行している。


p.230 少子化の原因には雇用問題が根深く存在することが分かってもなお、経済界は「国際競争力が低下する」と、コスト削減ばかりを声高に叫ぶ。しかし、20~30代が次世代も育めないくらい弱体化し、すでに国際競争力をなくしたのが日本の現状だ。コスト削減と、海外に生産拠点を求め、国内でも安い労働力として外国人労働者に頼るという他力本願の姿勢が国際社会のなかでどこまで通用するのだろうか。真のグローバル化とは、それぞれの国の若い世代が力を発揮して国境を超えて互いに経済を引き上げていくことのはずだ。
 筆者は、母体やパートナーの環境が変わることで生まれたはずであろう新たな生命がどのくらい存在するか試算してみた。一般的な流産率は15%とされるなか、胎児の染色体の異常でないと見られるケースはおよそ10~50%という調査があるため、その最小値と最大値をそれぞれ直近の年間の出生数(110万人)や人工妊娠中絶数(09年で約22万3000件)と照らし合わせてみる。
 妊娠総数をXとすると……
  ↓
 X=出生数+自然流産総数+早産総数+人工妊娠中絶総数
  ↓
 X=110万件+0.15X+0.05X+12万3000件
  ↓
 X=165万3750気

 ここから割り出した妊娠数に、一般的な流産率を掛け、さらに胎児の染色体異常でない理由残率(0.1~0.5)を掛けると、2万4806~12万4031件となる。つまり、妊娠中の環境が良好であれば、毎年少なくとも2万人以上が、さらに言えば12万人以上の生命が本当は生まれてきたかもしれないのだ。