リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

ロスジェネは社会を変えたのか 「希望は、戦争」から17年のリアル

朝日新聞 有料記事なので読めるところまでご紹介……

ロスジェネは社会を変えたのか 「希望は、戦争」から17年のリアル:朝日新聞デジタル

Re:世代論⑥ フリーライター赤木智弘さん
 多様化が叫ばれる現代、好みや価値観における世代間の差が縮まっているとの調査結果が発表され、「価値観でつながろう」との声も上がる。「世代論」は必要なのか、どう向き合えばいいのか。今こそ「世代論」を問い直し、新たな形を探りたい。

 様々な世代のなかで、「就職氷河期」「ロスジェネ」は当事者たちが世代を打ち出すことによって社会の問題を可視化させた。一方、課題は解決されぬまま現代に続いている。世代論は社会を変えられないのか。「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳、フリーター。希望は、戦争。」と題した論考を2007年に発表してロスジェネ論客として注目された、フリーライター赤木智弘さん(48)に聞いた。

【Re:世代論①】年齢差が消える日本 希望か危機か
 ――「希望は、戦争」は、戦争を忌避しつつ、格差社会流動性をもたらし現状をひっくり返す戦争にしか希望を込めることができない諦念(ていねん)を表現した論考でした。それから17年。好みや価値観について年齢による差が消えているという調査結果も出ていますが、世代論をめぐる変化についてどう受け止めますか。

 年齢に関係なく、ユーチューブでも見ている動画が違ったり、逆にTikTokを日常的に見る人や常にツイッター(現X)にいる人がいたり、世代によるカルチャーの差異はなくなって、クラスター(集団)化が進んでいる気がします。

 ただ、いわゆるカルチャー的な世代論ではなく、社会経済的な世代論というのは存在し続けると思います。

 まさに就職氷河期の問題がそうですが、日本の場合は小中高、大学を出て会社に就職して、そこからまず社会人を始めなければ、という状況は変わらない。卒業年の経済や社会の状況が人生を大きく左右するという点はふまえなければならないと思います。

 ――バブル崩壊後の景気悪化で企業の新卒採用が減らされた1993年から2004年ごろの「就職氷河期」に社会に出た世代は、2000年代後半に「ロスジェネ」(ロストジェネレーションの略、失われた世代の意)と呼ばれ、注目されました。こうした言葉について、どうとらえていますか。

 社会状況が「氷河期」で、それによって「ロスジェネ」が生まれたという意味合いなので、他の世代とはちょっと違う。個人の状況うんぬんというより、社会状況を反映していて、「本人たちの責任ではない」「そもそも社会の失敗なんだ」ということを明示する上で必要な言葉だと思います。

 大学を出た後の景気によって一生が左右されてしまうような状況は、やっぱりどこかおかしい。本人にコントロールしようがないことですから。もちろん中には成功した人や「世代」でくくられるのが嫌いな人もいるだろうけど、少なくともその時代に不況で、団塊ジュニアのボリューム層とも重なり、職を得られなかった、ということ自体は事実なので。

 ――社会への影響についてどう考えますか。

 就職氷河期が形作ったのは、社会観の差。社会に対する見方が大きく変わったと思うんです。正社員として会社に入れるか、入れないか、ということの差の大きさが就職氷河期以降にはっきりと見えてきた。

ネオリベラリズムの転換期
 つまり、働いていれば生活できる、そのうち何とかなる、という社会が就職氷河期以前だとすれば、今は、ちゃんとした会社に行かないとちゃんと生活できないし、何ともならない。就職氷河期という時代を経たことによって、ネオリベラリズム新自由主義)が社会の中でどんどん幅をきかせていく転換期であった、と言えると思います。

 世代論で言うなら、就職氷河期は、上の世代、つまり何とかなった逃げ切りの世代と、それ以降に新しい社会倫理を会得した世代に挟まれて「押しつぶされる」と思っているんです。

 ――「新しい社会倫理」とは?

自己責任論……

興味をもったので調べてみた 赤木智弘さんのロスジェネ論

「ロスジェネにつながりはいらない」赤木智弘さんが語る唯一の救済策