リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

提言 女性の権利を配慮した母体保護法改正の問題点 -多胎減数手術を含むー

医会の2000年提言 リプロダクティブ・ヘルス/ライツなども明記

優生保護法は、1996年「母体保護法」と名称が変わり9月26日より施行された。

この改定により、優生保護法のもっていた「優生思想」の部分と、その「優生思想」が「障害者を差別している」部分を削除したことに対し、日本母性保護産婦人科医会(以下日母と略)は全面的に賛成した。この改定案に日母が賛成したのは、優生保護法がこの他にも幾つかの問題点を抱えているものの、48年間にわたり全く改定されず、世界の先進諸国の中で最も遅れた生殖関連の法律になってしまったため、本法を少しでも時代に即した法律に変えたいと考えたからである。

そのため、日母では自民党社会部会などで、改定が成立した後も継続的に問題点を審議してほしいと要望した。

幸いにも、「リプロダクティブヘルス/ライツ〈性と生殖に関する健康・権利〉(以下女性の権利と略)の観点から、女性の健康等に関わる施策に総合的な検討を加え、適切な措置を講ずること」との付帯決議が参議院で付いたこともあり、日母法制検討委員会では「母体保護法の問題点と多胎減数手術」について検討を重ね、日母会長宛の答申を提出した。

本部としては、近未来の思想の転換を考慮し、法律家の示唆も勘案しながら社会のコンセンサスを得る法の改定を第一義に重要と考えた。そこで本部法制担当者を中心に、常務理事会で法制検討委員会の答申案を更に修正して広く公論を得るための提言(第1次案)を叩き台として用意した(平成11年8月1日/日母医報付録)。

この提言(第1次案)には、法制検討委員会答申案で「出生する子が不治又は致死的な場合に限って」容認するとした人工妊娠中絶の胎児条項を盛り込まなかった。胎児診断が未だ技術的に困難な場合が有りうることや障害があっても生命を尊重するとの立場に配慮したものである。

この提言(第1次案)に関しては、日母医報に提示の上日母会員の意見を収集し、同時にインターネットでの公表、公聴会の開催を通じて広く国民の意見を寄せていただいた。こうした意見をふまえて、日母法制検討委員会および倫理委員会ではさらに検討を進め、修正の上、第2次案を作成した。

さらに第2次案を、常務理事会、理事会の議を経たのち第49回定例代議員会に報告し、了承を得たので日母提言として以下にまとめる。

I 女性の権利に基づく人工妊娠中絶
妊娠12週未満までは女性の権利に基づく任意の人工妊娠中絶を認める。
妊娠12週以上での人工妊娠中絶は適応条項による。

[解説]
生殖に関する女性の自己決定権は1979年に国連で採択された女性差別撤廃条約で「子の数及び出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定する同一の権利並びにこれらの行使を可能にする情報、教育及び手段を享受する同一の権利」(16条)として保障されている。

女性の生涯にわたる健康を保障するために、1994年カイロの世界人口会議で「行動計画」が、1995年北京の世界女性会議で「行動綱領」が採択された。これに賛成したわが国では、これらの施策を実現するための国内体制を整備する必要性が生じている。

「産む、産まない」は、女性の基本的人権あるいは女性のプライバシー権に属するものと考える。

 諸外国では妊娠12週までの胎児は、母親のプライバシー権の範囲に属するとの考えから「産む、産まない」は母親の自己決定権の範囲に入り、その期間を超えて成長した胎児は、すでに母親の自己決定権の範囲外となるため、適応条項による以外は中絶を認めないとする例が多い。

 一方、わが国では分娩に対する一時金の支給や死産届提出の義務が妊娠12週以上であり、また人工妊娠中絶の手技の安全性の面からも、妊娠週数に期限を設けるならば妊娠12週未満とするのが妥当と考える。


II 配偶者の同意

妊娠12週未満の人工妊娠中絶では、女性本人の同意だけで足りる。
妊娠12週以上の人工妊娠中絶では、原則として配偶者の同意も必要とするが、最終的には女性本人の意思を優先する。
[解説]
妊娠12週未満の人工妊娠中絶が、女性の意思で任意に実施することができるとするならば、中絶を行う際の同意は女性本人の同意だけでよいことになる。
妊娠12週以上の人工妊娠中絶は、適応条項によるものであり、胎児の生命を保護する利益より母体の健康を保持することの利益が上回る場合となるので、父親(あるいはパートナー)の子どもに対する権利も考慮し、配偶者(あるいはパートナー)の同意も必要であるとした。しかし、両者の意思が一致しない場合には、母体の健康保持の観点からも女性の意思決定が優先されるべきであろう。
父親の子どもに対する権利の解釈については、なお論議の必要があろう。法律上の婚姻関係にある場合は、人工妊娠中絶を行う妊娠週数にかかわらず配偶者の同意なり了承なりが必要であるとする考え方もある。
臓器移植における意思決定権は15歳以上で認められていることから、15歳未満の場合には人工妊娠中絶が可能な全ての時期において、親権者あるいは法定代理人の人工妊娠中絶に関する同意を必要とする。
手術あるいは中絶法施行に対する承諾書は別に考えるべきである。


III 妊娠12週以上の人工妊娠中絶の適応条項

妊娠の継続又は分娩が母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
[解説]
世界保健機関(WHO)はその憲章前文の中で、「健康」を「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と定義してきた。平成10年のWHO執行理事会において、「健康」の定義を「完全な肉体的、精神的、Spiritual及び社会的福祉のDynamicな状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と改めることが議論されている。Spiritualityは人間の尊厳の確保や生活の質(QOL)を考えるために必要な、本質的なものであるとされる。Dynamicについては「健康と疾病は別個のものではなく連続したものである」との意味づけがある。

旧提言(第1次案)では、現行の「身体的又は経済的理由」を切り離し、「身体的(又は精神的)理由」と経済的理由と同義とする「社会的理由」により母体の健康を著しく害するおそれのあるものを適応条項とすることを提示した。いずれの場合も、母体の健康を著しく害することが予測される理由であることが必要だが、「(精神的)理由」と「社会的理由」の部分のみが取り上げられ胎児条項を包含するものとして誤解を招いた。

この提言では、母体の健康を擁護するとの趣旨を明確にするため、妊娠の継続又は分娩がWHOの憲章前文に定義される「健康」の概念を著しく侵すことが予見もしくは診断されるものについて、適応とすることとした。

IV 母体保護法における人工妊娠中絶の定義

母体保護法における人工妊娠中絶の定義を
 「人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することができない時期に、人工的に、胎児及びその付属物を母体外に排出する場合、又は母体内において胎児を消滅させる場合をいう」
 と変更し、母体保護法のもとでの多胎減数手術を可能にする。

[解説]
母体保護法第2条2には、人工妊娠中絶は「胎児が母体外において、生命を保続することができない時期に、人工的に、胎児及びその付属物を母体外に排出することをいう」と定義されている。したがって、多胎減数手術を現在行われている注入法で実施する場合に「母体外に排出する」との定義に当てはまるとは言い難い。このため日母では、法的に施術可能との解釈がない限り、日母会員に多胎減数手術を当面禁止するよう勧告した(1988年)。

しかし、法的な整備がされるならば、排卵誘発による多胎妊娠は、現在の医療水準では完全に防げないこと、女性の権利を認めた場合何胎に減ずるかは女性本人の判断によることなどから多胎減数手術を否定するものではない。

諸外国の例をみても、多胎減数手術はいわゆる「人工妊娠中絶法」で運用していることから、わが国でも母体保護法のもとで多胎減数手術を可能にすることが妥当であると判断した。


V 多胎減数手術の適応

多胎減数手術は、人工妊娠中絶の適応で実施する。

[解説]
母体保護法の人工妊娠中絶の定義を変更して多胎減数手術を可能とすることから、人工妊娠中絶の適応と多胎減数手術の適応は一致させることで整合性がとれる。

何胎以上の多胎妊娠が多胎減数手術の適応となるかであるが、周産期医学的にみてトラブル発生の頻度が高まる三胎以上とするのが妥当と考える。残される胎児の数については、術後の自然消滅、子宮内胎児死亡などの可能性を考慮し、少なくとも双胎に留めることが望ましい。

実施医師が減数の対象となる胎児を選択する手術であり、医師にこうした選択権があるかどうか社会的なコンセンサスを得る必要がある。

妊娠12週以上の多胎減数手術では、残される胎児への影響・安全性についてはなお検討が必要である。したがって施術可能な期限を妊娠12週未満に限りたい。

生殖医療に携わる医師は、多胎妊娠の発生防止に努め、安易に多胎減数手術を実施する状況を回避しなければならない。どのような条件であろうとも、生命の尊厳性を考えれば単に多胎という理由のみでの中絶ではなく、多胎に基づくデメリットが強く示唆される場合に許されるものとして謙虚な意思決定をすべきである。

 本提言は母体保護法改定に向けての要望案であり、法律改定に対しての考え方を示したものである。

https://www.jaog.or.jp/sep2012/JAPANESE/teigen/teigen.html

次にリンク先の内容を示します。

人工妊娠中絶の定義

 母体保護法第2条第2項では、人工妊娠中絶を次のように規定している。

 この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその付属物を母体外に排出することをいう。なお、胎児付属物とは胎盤、卵膜、暖帯、羊水のことである。

 この胎児が母体外において生命を保続できない時期、すなわち胎児が生存の可能性がない時期の判断に関しては、母体保護法第14条に基づいて指定された医師(指定医師)によって個々の事例について行われるものであるが、当初は、昭和28年6月の厚生事務次官通知「優生保護法の施行について」をもってその時期の基準は、通常妊娠8月未満とされてきたのである。

 ここにおける生命の保続すなわち、生存の可能性とは、出産時の生死のことではなく、その予後のことである。

 しかし、医学の進歩にともない、未熟児保育の医学的水準等も向上してきており、また指定医師は、その医学水準に基づいて生命の保続の時期についての判断を行っているところである。このような現状に鑑み、厚生省では関連団体等の意見を聴取し、厚生事務次官通知をもって当時の優生保護法により人工妊娠中絶を実施することのできる時期を昭和51年1月には「通常満24週未満」に、さらに平成3年1月からは「通常満22週未満」に改めた。


優生保護法第2条第2項の「胎児が、母体外において生命を保続することのできない時期」の基準は、通常妊娠満22週未満であること。この時期の判断は、個々の事例について優生保護法第14条に基づいて指定された医師によって行われるものであること。
(平成2年3月20日、厚生省発健医第55号、厚生事務次官通知)

 さらに、人工妊娠中絶を実施する時期の基準の変更に伴い、その円滑な実施を図るため出された保健医療局精神保健課長通知によると
 

優生保護法第2条第2項の「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期」の基準の変更は、最近における未熟児に対する医療水準の向上等により、妊娠満24週未満においても生育している事例がみられることにかんがみ行われたものであること。

事務次官通知により示している基準は、優生保護法第2条第2項の「胎児が、母体外において、生命を保続することができない時期」に関する医学的な観点からの基準であり、高度な医療施設において胎児が生育できる限界に基づいて定めたものであって、当該時期以降のすべての胎児が生育することを必ずしも意味しないものであること。
優生保護法により人工妊娠中絶を実施することができる時期の判定は、優生保護法第14条の規定に基づき都道府県の医師会が指定した医師が個々の事例において、医学的観点から客観的に判断するものであること
(平成2年3月20日、健医精発第12号)

 即ち、この基準はあくまで医学的な観点からの基準であり、一般医療レベルでの可能性をとりあげているものではない。中絶を実施できる時期は、個々に指定医が医学的観点から客観的に「胎児が母体外において生命を保続できない」と判断する時期であり、その判定は、専門家である指定医に委ねられ、指定医の裁量権が強調されている。指定医の責任は重く、その判断は明確な医学的理由があげられ、他医も納得するような客観的な判断でなくてはならない。

https://www.jaog.or.jp/sep2012/JAPANESE/teigen/teigi.htm

母体保護法