リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

2004年10月28日に厚生労働省に送った中絶薬の安全性に関する意見書

しかし完全に無視された……

この日付で厚生労働省に送ったRU-486(ミフェプリストン)の個人輸入規制に関する意見書が検索をかけていたら出てきました。すっかりこの存在を忘れていたので再掲しておきます。なお、この意見書は、SOSHIRENニューズレターにも再掲載されました。

                                  2004/10/28
厚労省の「のむ中絶薬」規制に関する意見書

                  金沢大学大学院社会環境科学研究科
                               塚原久美

 共同通信(2004年10月25日)は、〈国内未承認の「のむ中絶薬」がインターネットを通じた個人輸入で出回り、健康被害が懸念されるとして、厚生労働省は25日、医師の処方なしで輸入できないよう規制すると発表した。自己責任で輸入する薬へのこうした措置は異例〉だと報じている。
 今回、規制対象になったのはミフェプリストンと呼ばれる薬で、妊娠維持に必要な黄体機能を劣化させる作用をもつ。この薬を内服2日後に子宮収縮剤を併用することで、子宮内容が排出されることになる。この薬は1980年フランスで開発され、仏では1988年、英で1990年、米で2000年に解禁されるなど世界各国で使われているが、子宮外妊娠等のケースに服用すると危険であるため、妊娠状態を確実にチェックし、医師の指導の下で服用することになっている。
 2003年にWHO(国際保健機構)がだした“Safe Abortion(安全な中絶)”という報告書によれば、ミフェプリストンは初期中絶の安全かつ確実な内服薬として、吸引法と並んで推奨されている。この報告書では、日本で戦前から現在まで主流であるD&C(拡張と掻爬)と呼ばれる手法は、前述の安全かつ確実な2つの方法が採れない場合の代替手段として位置付けられている。
 そもそもミフェプリストンが使われる以前の20〜30年ほどは、世界の先進諸国では吸引法が主流であった。日本が1940〜50年代はベストであったD&C法から、その後世界で主流になった吸引法への切りかえに遅れたのは、わが国が世界の先頭を切って中絶を合法化したため、その当時の技法が普及・定着してしまったものと思われる。
 この内服妊娠中絶薬について、厚労省健康被害への懸念を示しているが、そもそも中絶に対する罪悪感・タブー視が強い日本においては、中絶手術を受ける当事者たちの沈黙をよいことに、技法の改善がほとんど行われてこなかったばかりか、議論の俎上にも上らなかったことが問題なのである。他の先進諸国同様に、女性の健康を重視して、より安全な技法を追求していれば、もっと早期にミフェプリストンは承認され、国内産婦人科で安全に服用できる薬として流通していたはずで、今回の健康被害も未然に防止されたと思われる。
 内服薬によって安全に中絶できることで、中絶が増えるのではないかとの懸念を抱く向きもあるだろう。確かに、非合法時代の生死をかけた堕胎から病院で安全な中絶手術を受けられるようになったのであれば、そうした懸念も妥当かもしれない。しかし、ミフェプリストンが解禁されたからといって、従来どおりなら中絶しないつもりの妊娠を「これで堕ろせる」と思う人はまずいないだろう。明確な区別をつける必要がある。中絶そのものを忌みきらうことと、中絶を選ばざるをえなくなった人々の安全を守ることは別のはずである。インターネットを通じた情報化により国際市場が形成されている今、単純に規制をかけたり禁止したりすることは、むしろヤミ流通を促し、女性たちの健康が脅かされることになりかねないと危惧する。
 国際スタンダードである薬が、国内で「未承認」だというだけで危険視されるのはおかしい。今回の規制が、このままミフェプリストン禁止の方向に進むのではなく、日本国内でも安全に服用できる薬として解禁される方向で議論が始まることを期待している。

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 参考:個人輸入される経口妊娠中絶薬(いわゆる経口中絶薬)について
     H16/10/25 厚生省医薬品局 監視指導・麻薬対策課発表
     http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/10/h1025-5.html#qa

厚労省からの回答はありませんでした。

なお、以下の書状をつけてSOSHIRENにこの文章を送り、SOSHIRENニュースに掲載していただきました。

SOSHIREN 御中

 当事者の立場からみた人工妊娠中絶の問題性について研究している塚原と申します。SOSHIRENニュースの読者でもあります。
このたび、厚生労働省医薬品局監視指導・麻薬対策課から、「個人輸入される経口妊娠中絶薬(いわゆる経口中絶薬)について」見解が発表され、同薬の医師の処方がない個人輸入が規制されたことは、すでに皆様ご存じかと思いますが、仮にこの薬の認可が大幅に遅れるようであれば、今後も中絶を求める女性たちの健康被害があいつぐのではないかと危惧しております。わたくしの見解につきましては、意見書にまとめましたので、まずはそちらをご覧ください。
 なお、意見書には盛り込みませんでしたが、他にも危惧している点があります。

● 今回の厚労省発表は、実質的に「禁止」ではないか
・「医師の処方」のある個人輸入は制限されていませんが、はたして国内で未認可の薬を処方する医師がいるでしょうか。これについては、国内未認可のエイズ薬の処方が認められたケースがあったとも聞いており、専門家の意見を伺いたいところです。
・一部では、「処方したら堕胎罪に該当するのではないか」との意見も出ているそうです。
厚労省は女性の安全のための道は開いたのに、これを受けて医師の側が動かなかったと、後に抗弁するための布石だという意見もあるようです。
● このまま「全面禁止」の方向に横滑りしないか
● 避妊ピルのときのように長期戦にもちこまれてしまうのではないか

 なお、つい最近、わたくしが書き上げました論文で一部明らかにしておりますが、現在、主流であるD&C(拡張・掻爬)法が日本に入ってきたのは、20世紀初頭のようです。戦後、世界に先駆けて中絶を合法化した日本は、当時の医学においてベストだと考えられていたD&Cを導入しました。そのため、世界で中絶合法化の波に乗って中絶技法の改善が始まった1960年代頃までに、日本ではすでにD&Cが定着していたようです。
つまり日本では、ミフェプリストンという“新しい中絶法”の2世代前の技法が今も主流なのです。これが何を意味するのか即断はできませんが、仮にWHOが主張するとおりD&Cよりも吸引法(バキュームで吸い出す方法)のほうが安全なのだとすれば、潜在的健康被害の存在も推測されます。
 いずれにしても、この問題に、わたくし一人で立ち向かうのは限界があるため、SOSHIRENの方々も一緒に考えてはいただけないかと思いまして、ご連絡申し上げるしだいです。所属大学の紀要に投稿した上記論文もお送りいたしますが、校正前の未定稿であり、すでに修正が必要な部分も出ておりますので(中期中絶に関する部分に若干の誤りがあります)、お取り扱いにはくれぐれもご注意頂きたく存じます。
以上、どうかご検討のうえ、ご連絡くださいますよう、よろしくお願いいたします。

金沢大学大学院社会環境科学研究科
塚原久美

上記で書いている「わたしの論文」とは、このページにある「人工妊娠中絶の技術革新と女性の福祉(ウェルフェア) 」です。