リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

 ローマ教皇の避妊・中絶に関する方針ばかり調べていて,教皇庁のお膝元イタリアの中絶状況を知らないことにふと気がついて調べてみた。

 マリアローザ・ダラ・コスタ(伊田久美子・伊藤公雄訳「女たちの闘いと労働力再生産政策」『家事労働に賃金を フェミニズムの新たな展望』インパクト出版会,1986:51)によれば,「イタリアの出生率の低下自体は遅くともイタリア統一以降には始まってい」た。【注:イタリア統一は1861年。】一方,女の再生産労働を拒否するという「女の意志については,最近の15年間に特に急激な加速度的変化が顕著であるが,この加速度的変化が発生したのは実は避妊手段を厳しく禁止していた時代」だという。この論文が書かれたのは1981年なので,この“加速度的変化”がイタリアで顕著になったのは1960年代も後半になってからだが,それが“発生した”のはもっと前だということになる。

WHOのAbortion Policiesでイタリアのリプロダクションの状況を調べると,1930年のイタリア刑法で避妊の宣伝と母親の生命を救う理由以外での中絶の実行が禁止されている。この動きは,同じ年,教皇ピウス11世が「婚姻について」で生殖目的以外の性行動をすべて罪と見なしたことと連動しているように思われる。

だが,その後の動きは教皇庁とは連動していない。1968年には教皇パウロ6世が「適正な産児調節に関する回勅」――いわゆるフマネ・ヴィテで中絶を禁止しているにも関わらず,1930年刑法の避妊の規定について1971年に違憲判決が下され,続いて1975年には「妊婦の健康を守るために他の手段がない」ことを条件に中絶禁止についても違憲判決が下された。1978年にはさらに規制が緩和され,次のような条件で中絶を受けられるようになった。

妊娠初期90日間の場合:
・妊婦の経済的,社会的,または家族状況,受胎が生じた事情,あるいは胎児障害の可能性を考慮すると,妊娠継続や出産,母親業がその女性の身体的または精神的な健康が重大な危険に晒されると考えられること
・管轄の保健または福祉当局あるいは医師に申請し,再考期間を含めて必要な諸手続を経ること

第2四半期(妊娠4ヶ月以降)の場合:
・母親の生命を守るため,あるいは母親の身体的または精神的な健康が脅かされる場合(たとえば胎児障害など)のみ許可される

現在,イタリアの1978年法は,西欧でも最もリベラルな部類の中絶法だと見なされている。なおイタリアの出生率は1.2(1995〜2000年)で,同じ統計の日本の1.4より低い水準である。