リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

受精卵取り違え:「9週でも鑑定可能」病院説明せず

本日付毎日jpにあったニュースです。

2009年2月21日 2時30分 更新:2月21日 2時30分

 香川県立中央病院(高松市)の受精卵取り違え疑惑で、人工中絶した被害女性に対して、妊娠9週でも親子鑑定できる可能性があったことを病院側は伝えていなかった。病院は女性に「15週で検査ができるが、その時期の中絶は母体に負担が大きい」などと説明、女性は自分の子かどうか確認できないまま中絶した。専門家は「9週でも検査は可能で、検査機関も少ないながらある。倫理上、その事実を夫婦に伝えるべきだった」と指摘する。

 胎児の出生前診断に詳しい鈴森薫名古屋市立大名誉教授によると、妊娠9〜11週の胎児の親子鑑定は「絨毛(じゅうもう)検査」という方法を使えば可能だ。絨毛(胎盤の突起)から胎児の細胞を取り、DNA(遺伝子の本体)を夫婦のDNAと比べる。鑑定結果は約2週間で出る。

 しかし絨毛検査ができる施設は限られ、胎児の親子鑑定をする信頼できる検査機関も日本で1、2カ所という。「引き受ける機関はないだろう」と言う専門家もいるが、鈴森名誉教授は「今回のような場合は事情を説明すれば検査してもらえると思う。夫婦が望むなら中絶を急がず鑑定結果を待ってもよかったのではないか。検査機関を紹介すべきだった」と話す。

 女性の担当医だった川田清弥医師は「絨毛検査は日本ではほとんど行われておらず、危険な検査だ。このため説明しなかった」と話した。【高木昭午、渋江千春】

まずひとつ言えるのは、技術的に検査が可能でありながら、「引き受けるところはないだろう」との憶測で、可能性が閉ざされてしまったことは、被害者女性とその配偶者の最新の科学技術による十全なリプロダクティヴ・ヘルスケアを受ける権利に対する侵害であるはずです。今後、こうした問題は厳しく追及される必要があるでしょう。

写真キャプションには「記者会見で苦渋の表情を見せる香川県立中央病院産婦人科の川田清弥医師=高松市香川県庁で2009年2月20日午後9時53分、三上健太郎撮影」とありました。今回の件で女性とその配偶者がどれほどの打撃を受けたかと思うと、わたしもいたたまれない気持ちになります。でも一方で、この医師は本当に勇気のある方だとも思います。同様のケースで自分のミスに気づいても、必死にもみけす人のほうが多いのではないでしょうか……。彼一人を責めるべきではありません。人間は100%完璧な動物ではないのですから。常にミスはありうる……として、そのミスを防止したり、チェックしたりする機構がなかったことをまずは問題にすべきでしょう。

もうひとつ……中絶というものがこれほどまでにスティグマ化されていなければ、あるいは「血のつながり」に関するこだわりがこれほど強くなければ、被害者の夫妻の痛みは少しは和らいだかもしれません。世界のリプロのことを調べていると、世界では驚くほど様々な子ども観、胎児観、中絶観……等々があります。日本の「これが当然」「さもなくばダメ」といった狭量なリプロ観は、もっとゆるやかな方向に変わっていく必要があると思います。

追記です。
同じ毎日新聞の地方版には次の記事が載っていたようです。

受精卵取り違え:「私の子ども大丈夫か」 県立中央病院、受診者に電話相談 /香川

◇HPで経緯など説明

 受精卵取り違え疑惑の発覚から一夜明けた20日、県立中央病院(高松市番町5)では午前8時前から職員らが次々と出勤した。病院はホームページに、「おわびとお知らせ」と題した松本祐蔵院長名の文書を掲載。事故の経緯や、安全管理の徹底などの対策を説明した。

 また、同病院で過去を含めて不妊治療を受けている人を対象に電話相談も開始。「子どもがそちらで生まれたが、大丈夫か」という問い合わせがあったという。

 通院している母親の付き添いで訪れた高松市内の家事手伝いの女性(34)は「取り違えがあるかもしれないと分かってから何週間も放っておくのは許せない。自分がその立場でも怒りを感じると思う」と話した。【渋江千春、椋田佳代】

毎日新聞 2009年2月21日 地方版

……自分の場合はどうだったかと心配になるのは、当然でしょう。

さらに次の続報も。

受精卵取り違え:マニュアルに「ミス想定」の防止策皆無

 香川県立中央病院(高松市)であった受精卵取り違え疑惑で、当時の院内マニュアルの詳細が分かった。A4紙6ページに渡って順に作業内容を書いているが、今回のミスを想定した防止策は皆無。2000年に石川県で明らかになった同様の事故の教訓などは生かされておらず、今回のミスにつながっていた。

 毎日新聞が入手した資料によると、マニュアルにタイトルはなく、「前日の用意」で始まっている。2ページ目が「1日目(採卵日)」。3ページ目以降も「媒精 採卵後3時間くらいから」「受精 採卵後4時間くらいから」と手順を記載。「一番良い卵を1個day5まで培養」など作業内容をつづっている。

 作業前や作業終了後には「ペーパータオルを水でぬらし、机・作業台・機器の上を拭く」「アームカバーの包みの内側で清潔な側を上にし、注射器を置いて汚れを防止する」や「着替え、手洗い、マスク、帽子」など衛生面での注意はあるが、別々のカップルの受精卵を取り違えないための注意事項などはなかった。

 ミスを受けて改訂されたマニュアルは添付資料を除き、34ページ。最初の「管理」(6ページ)で、同じ患者の容器しか作業台には乗せない▽作業をする際、必ず2人で指を動かしたり、声を出して確認するなど、再発防止策を明記。その後の手順でも、容器に氏名や色別シールを張るなど必要な安全対策を明記したため、大幅に増えた。

 石川県の事例は95年3月、小松市内の不妊治療専門のクリニックで起きた。患者の名前の音読みがよく似ていたために受精卵を取り違えて移植したが結果的に妊娠せず、00年5月に発覚した。【渋江千春】

 不妊治療の専門技術者らでつくる「日本臨床エンブリオロジスト学会」の佐藤和文理事長の話 体外受精は、新たな命の発生を手助けするもので、安全対策を手順に組み込んだ形のマニュアルは不可欠。マニュアル整備だけでは不十分で、医師をサポートする人員配置など、病院の配慮も必要だ。

毎日新聞 2009年2月21日 15時00分(最終更新 2月21日 18時04分)

……“妊娠させる”ことが一連のプロセスになっていて、そこに当事者の意向や思いが感じられない……それがどうも気になります。