リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

ベトナム人実習生の「堕胎容疑」問題について

本国では合法的な中絶薬 リプロダクティブ・ヘルス&ライツを日本は認めないのか!

妊娠に気づいたとき、彼女はいったいどんな気持ちになったのだろう……。

22歳のベトナム人実習生が、「堕胎薬」を服用して「堕胎」した胎児を遺棄したとして逮捕された。
https://news.yahoo.co.jp/articles/e5531371a35c6ffc8557497d903294db5e11156dnews.yahoo.co.jp

こうやって「堕胎」という言葉がくり返し使われるのは、日本に「刑法堕胎罪」があるためにほかならない。同じことをベトナムでしていたならば、彼女は「中絶薬」を服用して「中絶」したなどと報じられるわけもなければ、他人からいちいち言われることすらないだろう。ましてや、胎児を遺棄する必要にも迫られなかったのは間違いない。

ベトナムは1960年代に中絶が合法化され、単に刑法で規制されていないばかりか中絶の権利は複数の法律で保障されているという。避妊も中絶も無料で受けられる。政府は性教育に力を入れているが、全妊娠の4割が中絶に終わっているし、未婚女性がその多くを占めている。良かれあしかれ、中絶は若いベトナム女性にとっては、日常的で当たり前のことなのだ。*1

胎児は妊娠4-5か月だったというのだから、中絶薬の分量などちゃんと心得ていたのだろうか……。中絶薬は妊娠初期ならばお産よりはるかにリスクの少ない安全な処置だけど、中期に入ってからの薬による中絶はリスクが増す。本来ならちゃんとした医療機関でケアを受けて行うべきだった。それでも、とりあえず彼女自身の命は無事だったのは幸いだったといえども……。

彼女が妊娠に気づいたとき、日本で実習中の今は「まずい!」と思ったに違いないけど、まさかこれほどまで日本で中絶を受けるのが大変なことだ(お金も高い)とは知らなかったのではないか……だからこそ、これほど遅いタイミングの中絶になってしまったのかもしれない。きっと何日も周囲に隠しながら不安な思いを抱え込んでいたであろう彼女の気持ちを推し量ると……痛い。

そもそも、日本の外国人研修生の扱いの酷さについては、2009年CEDAW(女性差別撤廃委員会)から女性差別の問題の一貫として改善を迫られていた。10年以上も経っているのに差別的な状況は何ら改善されていなかったようだ。

●人身売買、売買春
人身売買や売春搾取の被害者に対する保護やリハビリ、社会統合支援を強化するとともに、女性の経済状況の改善など、人身売買の根本的解決の努力を求める。

買春需要の抑制、売春女性の社会統合、リハビリ、経済的エンパワーメントなどの支援を勧告。研修生・技能実習生が人身売買の温床となっていることを指摘、モニタリングの継続を求める。また、人身取引防止議定書の批准を勧告。

CEDAWが日本政府審査の総括所見を公表を参照。

日本の刑法堕胎罪と差別的な実習生制度のために安全でない中絶に踏み切らざるをえなくなったことで、彼女のリプロダクティブ・ヘルスもリプロダクティブ・ライツも侵害された。そのことを日本政府は深く反省すべきであり、二度とこのようなことが起こらないように本腰で対策を考えていってほしい。

人権とは最も弱い立場の人々を窮地から救いあげるためにある。外国人研修生、中高校生の女子、DVに苦しむ女性、性被害を受けた女性……本来、保護され尊重されるべき人々を、自己責任だと言って闇の中に放り出しすようなことがあってはならない。

抜本的な解決を図るには、まず刑法堕胎罪と母体保護法の見直しは必須であり、性教育・人権教育(実習生を含む成人に対する情報提供)の実施、「安全な中絶」医療の導入など、全面的な見直しが不可欠である。そうした見直しを通じて、実習生だけではなく日本人女性全体の人権もまた回復されることになるだろう。

以下、関連記事。

堕胎容疑 ベトナム人実習生再逮捕 岡山・津山署、薬服用しトイレに 「妊娠したとなれば国に帰らされる」

赤ちゃんの遺体が浄化槽で発見された事件 薬を使って堕胎した疑いでベトナム人の女を再逮捕 岡山・津山市

日本政府は技能実習生の権利について何もしていなかったわけではなかった! 追加情報
2019年、政府の「妊娠等を理由とした技能実習生に対する不利益取扱いについて(注意喚起)」に関する情報。

「妊娠ばれたら帰国…」双子の乳児死体遺棄 実習生起訴:朝日新聞デジタル

*1:Abortion rate in Vietnam highest in Asia By VnExpress September 30, 2016とWikipedia: abortion in Vietnamによる