リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

危機的な状況下で国が国民を守るということ~コロナ禍のフランスの場合

朝日新聞論座」より

フランスでのコロナ禍対策の紹介記事で、学ぶべきところが多々あります。「冬季休戦」という寒い時期に家賃を払えなくなった人が追い出されないための制度というのもすごく貴重だと思いましたが、以下では女性を守る対策に関連するところを引用します。

女性を守るための対策
 コロナ禍のもとでは、女性に対する暴力や差別なども深刻化した。そのため、フランスでは女性を守るためのさまざまな対策もとられた。

DV被害への対応
 ロックダウンの状況下では、被害者に逃げ場がなく、DVや家庭内暴力が増加すると言われたが、実際、そうした事例の増加傾向が見られた。多くの場合、被害を受けるのは女性である。

 そこで、緊急事態宣言の発令を可能とした2020年3月23日の法律では、DV被害者や家庭内暴力の被害を受けている子どもが、自らがコロナウイルスに感染、あるいは感染の疑いがあって自宅での隔離措置が必要となる場合、また加害者が同じ隔離措置が必要となる際には、加害者との同じ場所での隔離はなされないことが明確にされた。加害者を自宅から退去させられないケースでは、国の方で適切な隔離施設を提供するものともされた(公衆衛生法典L3131-15条)。

 DVの被害女性に対して政府は2万泊分の避難施設を確保するとともに、被害者支援団体に対し、300万ユーロ(約3億8000万円)の支援金も提供した。

 また3月27日には、内務大臣が薬剤師協会会長と協議を行い、ロックダウンの際、家庭内暴力の被害者が薬局を訪れた際に、薬剤師が警察に暴力を通報することを可能とする制度を発足させた。薬局は人々を24時間受け入れる場所で、気軽に相談でき、ロックダウン中も訪れることができることから、ロックダウンでなかなか加害者と別行動ができない被害者も、全国2万2000カ所で被害申告が可能になるとされた。

 さらに2020年10月27日から2021年3月31日までの期間、政府はUberと協定を締結し、UberはDVの被害者と子供が安全な場所まで避難をするために無料で2000回分の送迎を提供している。Uberはすでに4月にも1000回分の送迎を提供し、Uber Eats を通じて1000食分の食事を提供していた。

 また、被害者が日常訪れるスーパーマーケットにおいても相談窓口を開設したり、被害者の支援団体に対して日常品の代金の値引きや物資を提供するなどの対策が講じられた。政府と民間が協力して女性や子供を守ろうという姿勢が見られるのがフランスの重要な特徴である。


拡大Naumova Marina/shutterstock.com
薬剤による妊娠中絶について
 日本では、そもそも薬剤による妊娠人工中絶が認められていない。女性の体に負担が少なく、WHOにより推奨されている方法が認められていないなど、人工妊娠中絶がいまだに違法とされている点とあいまって、女性の身体に関する問題が色濃く残っている。

 これに対しフランスでは、薬剤による妊娠人工中絶が可能である。ただし、条件として、医療機関、あるいは助産師の施設においてのみ行うことが可能とされているが(公衆衛生法典L2212-1条)、ロックダウン中は望まない妊娠をした女性が医療機関助産師を訪れることが困難になるという問題が浮上した。

 そこで4月14日、厚生大臣命令により、緊急事態発令中に限り、医療機関外での中絶用の薬剤の服用を可能とするとともに、女性の体を守るためにオンラインでの医師の受診を義務付けることとなった。

 ここで妊娠中絶の問題を取り上げることに、唐突な印象を抱く読者もいるかもしれない。あえて取り上げたのは、医師の直接の診察なしに薬剤を服用することは、女性の体を守ることになるかどうかをめぐって行政裁判が行われるほど、重要な論点であったためだ。

 フランスでの女性の権利の確立は、離婚、女性参政権、1970年代の人工妊娠中絶の合法化(現在は全面的に保険適用)により前身してきたが、女性が産む/産まないを決定できるだけでなく、その権利を行使することができる体制を整えることが、なにより大切だと考えられている。緊急事態宣言下において、いかに妊娠した女性を孤立させることなく、この重要な女性の権利の行使を、ロックダウンとどのように両立させるかが検討されたのである。

メディアにおける女性の扱いを調査
 4月という早い時期から、政府がコロナ禍における「メディアと女性」というテーマの調査を行ったことも興味深い。生活の困窮というテーマからは外れるが合わせて紹介したい。ここでは、危機下において失われやすい権利をどのように守るかという意識が働いている。

 フランスは女性の権利を守るために多大な努力を行ってきたが、そうして確保された女性の権利が、コロナ禍で脆弱なものとなってしまうことが危惧された。この調査は、「外出禁止期間及び公衆衛生上の危機の期間中のメディア全体における女性ジャーナリスト及び女性専門家の地位の分析」を目的として、その分析に基づき女性がメディアにおいてよりよく代表されるための提案、メディア全体の中での女性の地位(あるいは居場所)について評価をすることが目指された。

 背景にあるのは、危機を理由にメディアで女性の存在が軽く扱われないか、人々がロックダウンで自宅に籠ってテレビを視聴する時間が増える中、テレビでジェンダーバイアスが強化され、女性の権利を脅かすことにならないかという問題意識である。

 調査を担当した大臣は、1949年に出版されたボーヴォワールの「第二の性」から、「女性の権利は、政治的、経済的あるいは宗教的危機が一つでも生じれば失われてしまうということを忘れてはならない。その権利は完全に獲得されたものではない。あなたたちはその生涯の間ずっと警戒していかなければならない」という文書を引用している。

 調査の結果、もともとテレビやラジオに呼ばれる専門家のうち女性は38%だったが、緊急事態下でその割合は下がり、BFM TV、CNews、TF1、France 2、France 3に呼ばれた延べ3000人の専門家のうち、女性は20%しかいなかったことがわかった。とりわけ、現在医師のほぼ5割が女性なのにテレビに呼ばれた女性医師は21%に過ぎない一方、外出自粛期間の家庭生活の証言者は79%が女性という「ジェンダーステレオタイプ」が確認されたことは注目される。


「生きてほしい」というメッセージが明確なフランス
 「国は、今困っている人のための住まいをもっと増やすべきなんです。ホームレスになるかどうかの瀬戸際にいる女性たちに『生きてほしい』とメッセージを出すのが政治の役割なのですから」というのは、冒頭で引用した東京新聞で引用されている追手門学院大の葛西リサ准教授(住宅政策)の言葉である。

 本稿で紹介したのは、フランスで実施された対応の一部であるが、住居の確保をはじめ、様々な状況にある人に対して目を向け、可能な範囲の対応を極めてスピーディに取るのがフランスの特徴である。この他にも、平常時から収入が少ない人や困窮者に対し手厚い補償がなされており、それらに加えてコロナ禍で上乗せの措置が取られたのだ。日本ではドイツのメルケル首相の言葉が紹介されることが多いが、フランスでも日々、大統領や首相が直接国民に語り掛け、国民を守り、感染症と戦いながらも自由を守る責務が国にあることを伝え続けた。

 コロナウイルスによる被害が日本より遥かにひどいフランスだが、そうした中、ホームレスの人々の生活支援からメディアでの女性の扱い方まで、政府の配慮は隅々にわたり、不十分との声はもちろんあるものの、通常の補償に加えてスピーディな政策を講じられ、「生きてほしい」、そして「これまで通りの権利を守る」というこの国のメッセージは明確だった。

危機的な状況下で国が国民を守るということ~コロナ禍のフランスの場合 - 金塚彩乃|論座 - 朝日新聞社の言論サイト