リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

リプロダクティブ・ライツは「産む」「産まない」の自己決定権と、両方のリプロ・ヘルスケアが保障される権利

従来、「リプロダクティブ・ライツ」「自己決定権」は「中絶」の問題として狭く考えられがちだった。

以下はその事例です。

……自分の身体に対する自己決定権は、どのようになされようとも、それ自体で他者の人権と衝突することはありえない。この自己決定権は身体に対するものであるが、精神とかけはなれて存在する人間の身体はありえないのだから一面では精神の自由とも深く関わってくる。「性」が精神と身体との両方に係るものであることの結果でもある。
 女性の身体に対する自己決定権を認めないということは、中絶の権利を否定するとともに、中絶が他者の意思によって行われてしまうということをも認めることになる。中絶の権利性の論証のためにだけではなく、不当に中絶されない権利の確立のためにも自己決定権は必須だと私は考えている。……
 「産まない権利」はまた「産む権利」の問題なのだ。この二つの権利がコインの裏表であるのは、産むことの奨励が、産まないことへの非難であることと同じことである。
 産む選択も、産まない選択も女性のものであり、他者が介入したり強制したりすることは許されない基本的人権であることが根づく社会をめざしたい。
 そのためには、堕胎罪と優生保護法を廃止するだけでは不十分である。性と生殖に関する自己決定権を保障する新しい法律が必要だ。……
 そして、この新しい法律は、不当に中絶や優生手術を強制されない権利をも保障するものでなければならない。
――角田由紀子『性の法律学有斐閣 1991年
※産む権利は考えられているが、産む場合、産まない場合の両方向のリプロダクティブ・ヘルスケアを保障する権利は考えられていない。

「女性の自己決定権」、すなわち第二波フェミニズムが取り組んできた、「性と生殖にかかわる女性の権利」、現在の言い方では「セクシュアル・ライツ」とか「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」という問題があります。
 女性の自己決定権」というと、通常は「産む/産まない」を決める権利、もっと具体的に言えば合法的に人工妊娠中絶を受けられる権利を指します。
――江原由美子『自己決定権とジェンダー岩波書店 2002年

リプロダクティブ・ライツは、言い換えれば、自己の生殖をコントロールする権利である。……リプロダクティブ・ライツは、幸福追求権の一部として考えられるべきものといえよう*1
 リプロダクティブ・ライツは、子どもを産むか否かを決定する権利にとどまらず、子を産まないという決定あるいは子を産むという決定を実現する権利も含む。ここでは、まず、子を産まない権利に関して人工妊娠中絶を、次に子を産む権利に関して生殖補助医療を、次に子を産む権利に関して生殖補助医療を取り上げて、わが国のリプロダクティブ・ライツの現状と問題点を明らかにしたい。
――石井美智子「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」『ジュリスト』No.1237 有斐閣 2003年
※「産む権利」を考えてはいるが、生殖補助医療と絡めてしまったことで、シンプルに「産むこと」の権利は考察されていない。

2 自己決定権とリプロダクティブ・ライツ
(2) 人工妊娠中絶と自己決定権——「産まない権利」
4) 日本の議論と課題
 ……これらの問題は、女性の生殖に関する自己決定権として憲法13条で構成することが一般的であるが、ドイツ憲法研究の成果*2をもふまえて、胎児の生命権や人間の尊厳と女性の人権との関係で議論を深める必要がある。
――辻村みよ子『比較憲法 第3版』岩波書店 2018年

なお、国連は2017年の段階で「胎児」と「女性」を拮抗させる考え方を否定している。「人権」は「生まれつき」備わっているものであり、「未生」の存在には与えられていないということを再確認したためだ。それ以来、胎児生命を尊重する思想をもつのは人の自由だが、それを法律にすることで、国が女性の「人権」を侵害することは許されないと考えられるようになっている。


年代は前後するけれども、以下の考え方が、国連のリプロダクティブ・ライツの考え方をより良く表していると思います。

「リプロダクティブヘルス(以下、「RH」という。):性と生殖に関する健康」と「リプロダクティブ・ライツ(以下、「RR]という。):性と生殖に関する権利」の両方を含む概念を、ここでは仮に「リプロと総称する(略称)。これらの概念が国際フォーラムに登場し、定義がなされたのは、1994年の第3回国際人口・開発会議(以下、「カイロ会議」という。)である。……
 本項ではとりわけ16条e豪とRRの関係について扱うことにする。しかしながら、RRは権利の性質上、「リプロダクティブ・ヘルスケアへの権利」と「リプロダクションに関する自己決定権」が含まれる。そのため、「リプロダクティブ・ヘルスケアの権利」と12条の関係についても、若干関係してくるために触れる個所があることをお断りしておく。なお、補足であるが、CEDAWと「リプロ」の関係でいえば、関連してくる条項は、4条2項、5条b号、10条h号、11条1項f号・2項・3項、12条、14条2項b号・h号、16条1項e号・2項である。
……
 16条は、「婚姻および家族関係に係わるすべての事項について女性に対する差別を撤廃」するために締約国がなすべき措置を規定する。リプロとの関連で問題となるのは、1項公団において「男女の平等を基礎として【英文引用省略、以下同じ】」定められている8項目のうち、e号「子の数および出産の感覚を自由にかつ責任をもつて決定する同一の権利【英文略】並びにこれらの権利の行使を可能にする情報、教育及び手段を享受する同一の権利【英文略】」である。e号はまた、家族形成権や家族計画に関する権利(女性の出産や出産間隔についての自己決定権」ともいわれ、「家族計画に関する権利の保障のためには、12条1項にもとづいて、家族計画を含む保健サービス享受の機会確保を図ることとあわせ、関連情報の普及や教育・指導のみならず、公費負担や国民医療制度のもとで避妊具の配布や不妊・人工妊娠中絶手術が本人の希望によって行われることが必要である。【注は略す】また、「……産むか、産まないかの選択の自由を含む、「生殖にかかわる権利(reproductive right)」についての女性の自己決定権の確立とともに、人工妊娠中絶の禁止も緩和されてきている。……
 リプロの抱える問題は非常に公判であり、また、宗教的、倫理的規範などと相いれないものとして扱われる。はじめて国際フォーラムの場で、RH/RRに関して詳細に定義をしたカイロ会議は、持続可能な発展を進めるための人口政策をテーマとして開催された。特に女性の人権・女性の地位向上と人口抑制政策とのかかわりがクローズアップされ、「女性の地位向上、役割拡大、RH」の3点が人口問題を解決する鍵とされたのである。とりわけ、女性の意思によらない避妊方法、不妊手術、人工妊娠中絶問題など、それまで女性が国家の管理対象となった人口抑制政策が問題となり、かわって女性の人生の選択の幅を広げることが最終的には人口抑制に繋がるとして、個人重視の姿勢を強く打ち出した。女性の健康や身体に関する決定には、国家の政策や男性の考え方よりも、女性自身の主体性が尊重されなければならないとするRH/RRという概念であるが、この議論にカイロ会議は多くの時間を費やした。
――国際女性の地位協会編(編集委員:山下泰子、辻村美代子、浅倉むつ子戒能民江)『コンメンタール 女性差別撤廃条約』尚学社 2010年

*1:「筆者は、リプロダクティブ・ライツを、家族形成権の中に位置づけて考えている。」との注記あり。

*2:直前の項「3)ドイツの意見判決と胎児保護義務」の中で、「未生児の生命権に対する国の保護義務を根拠として中絶を原則として禁止しうることを前提に、女性の憲法的地位は例外状況でのみ許容されうる、として女性の自己決定権を相対化した」と説明している。