リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

「経口中絶薬」をただ承認するだけでは、日本と国際社会の溝は全く埋まらない

1月27日に中絶薬の承認について厚労省の専門家委員会が話し合う

メディアや教育者には、今回の経口中絶薬が承認されるかされないかだけの問題に限らず、指定医師制度が中絶ケアの改善を阻んできたことや、現在の医薬品の承認制度の中では「安くて良い薬」が入ってこなくなることも問題にしてほしいです。

実際、単独でも「安全な中絶」を引き起こすことができるミソプロストールという薬は、日本では胃腸薬サイトテックとして承認・販売されていますが、1錠30円未満、中絶に用いる場合は1回4錠で100円程度となり製薬会社にはほとんど儲けが出ないため、中絶や流産に使えるように「承認」を求めてわざわざ治験を行う企業などありません。(海外でも事情は似ていますが、英米では医師や助産師の判断で「適用外使用」できているので何も問題ないそうです。)

また、たとえ今回の「経口中絶薬」が承認されたとしても、日本の中絶問題の多くが手つかずに残されていくならば、女性たちにとって安心できる環境にはまだまだならないでしょう。メフィーゴは妊娠9週0日目までしか使えないので、妊娠9週1日目から12週までは従来の「手術」しかなく、その多くが「搔爬」で行われていく状況は変わらないことになります。

しかも、日本の外科的中絶には、妊娠の初期でも中期でも、WHOがルーチンでの使用を控えることを推奨しているラミナリアが、(もし使う場合にWHOが勧めている)痛み止めを併用することなくルーチンで使用されています。根拠のない医療処置を施すことで女性に痛みを与えている。これは産婦人科暴力にあたります。

さらに、中期中絶にはWHOの推奨外で、おそらく日本でしか使われていない「プレグランディン」というこれまた高額な薬がルーチンで使われています。この薬を使うためにも、痛み止めを併用せずにラミナリアが使われています😢。

国連の中絶に対する見方が、ここ数年間で様変わりした事実も、日本ではほとんど知られていません。

国連人権委員会は、宗教右派などの原理主義と「女性の平等権」に対する激しいバックラッシュに対して危機感を強め、2018年に「法と慣行における女性差別問題に関するワーキンググループの報告」の中で明確に「女性差別撤廃を進めていく」強い意志を示し、各国政府に対して「最優先課題」にすべきだと示しました。転換点になったのは、この報告に書き込まれている2017年の法と慣行における女性差別の問題に関するワーキング・グループのポジション・ペーパーです。その中では、「人権規約の下では、生命への権利を始めすべての人権は誕生時に認められる」こと、「妊娠初期については女性にはオンリクエストで妊娠を終わらせる」ことを確認した一方で、「接合子を『赤ん坊』として描こうとする宗教者たちの激しいロビー活動」にも関わらず、妊娠初期の段階では、やがて「胚や胎盤」が発達していく「未分化な細胞」にすぎないと説明されています。これ以降、国連レベルでは「胎児と女性の権利を対立させる見方」は否定され、「中絶は女性の人権問題」ということになりました。

こうした意識の大転換のもとで、2019年のナイロビ会議では、ついにICPD+25の成果文書に「女性と少女の中絶の権利」が書き込まれたのです。同年、経口中絶薬「ミフェ-ミソ」コンビ薬は、安全性と有効性が非常に優れた薬としてWHOの必須医薬品モデルリストの「コア(中核)リスト」にも入りました。

その後、COVID-19のパンデミックが来て、遠隔医療・自宅投与が実施され、その結果のデータを確認した国際産婦人科連合は、安全性と有効性、そして「女性のプライバシーを守れる方法」としてもすぐれていると判断して太鼓判を押し、パンデミック終了後もこの薬はオンライン処方して自宅で当人がのめるようにすべきだと声明を出しています。

2022年3月のWHOの『中絶ケアガイドライン』では、女性と少女の尊厳を重視し、当人の「価値観と選好」に従って「安全な中絶ケア」を選べるようにケアや情報を提供し、法や制度などの環境を整えていく必要があるとしています。その中で、妊娠12週までの薬による中絶は「本人が取り扱える」ともしています。正しい情報と中絶最中および事後にケアを提供できる環境を整えれば、中絶をのぞむ当人が自分で服用して構わない薬だということになったのです。

つまり「経口中絶薬」をただ承認するだけでは、日本と国際社会の溝は全く埋まらないのです。安全な中絶の提供者を指定医師のみに限定するのも、配偶者の同意を求めるのも問題だし、ましてや入院させて高額料金を自腹で負担させるなどということは安全な中絶へのアクセスに高い障壁を作ることになるため、許しがたい人権侵害なのです。