リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

経口中絶薬パブコメに思う

リスキーな薬と「同等の厳格な管理」はしないでください!

 1月27日に厚労省で専門家部会が開かれ、経口中絶薬メフィーゴパックを承認する姿勢が示されました。しかし、ここで承認にはならず、「社会的関心が極めて高い」ために、パブコメ(意見聴取)を行ってから、薬事分科会で再度議論することになりました。パブコメの案内ページをご覧になってください 。
 「関連資料、その他」として3つの資料があります。そのうち「メフィーゴパックの概要」の後半部分には、以下のようなことが書いてあります。(ここでは、内容が分かりやすいように番号を付けました。)

【製造販売後の管理方法について(案)】
① 本剤の流通は、「妊娠中期における治療的流産」に適応を持つ「プレグランディン腟坐剤」と同等の厳格さをもって管理する。
② 本剤の投与(ミフェプリストン経口投与及びミソプロストールの口腔内への静置)は、母体保護法指定医師による確認の下で行う。
③ 本剤の使用状況は、「プレグランディン腟坐剤」と同等の厳格さをもって記録・管理する。
④ 本剤による人工妊娠中絶は、緊急時に適切な対応が取れる体制を構築している医療機関で行う。
なお、公益社団法人日本産婦人科医会との協議において、 本剤販売当初は国内での経口中絶薬の使用経験が乏しいことを考慮し、十分な使用経験が蓄積され適切な使用体制が整うまでの間、有床施設において外来や入院で本剤が使用されるものとされた。

 上記のうち①と③に「プレグランディン膣坐剤」という多くの人にとって聞きなれない薬剤名が出てきます。端的に言うと、この薬は古くてリスクが高くて扱いにくい上に高額であるため、世界ではほとんど使われなくなっています。ところが、そのような薬が日本では1984年に承認され、以来、約40年近くも、もっぱら中期中絶に使われ続けているのです。
 中期中絶は、「お産のような形で流産させる」とか「分娩式で行う」といった話を耳にしたことがありますか。ご自分がそのような形で中期中絶や流産後の後処置を受けた方も読んでいらっしゃるかもしれません。辛かった過去を思い出していただきたくないのですが、今回はどうしても書かないわけにはいきません。これまで経験者の痛みに配慮して、私自身も中期中絶の話は避けてきたのですが、女性たちが知らないことをいいことに、日本ではあまりにも非情で不当なことが行われ続けています。これは、経験者にも経験していない方々にも知っておいて頂きたい問題です。

このたび承認される可能性が浮上している経口中絶薬は、世界的に安全性と有効性が十二分にも確認されている薬です。コロナ禍を機に、国連の世界保健機関(WHO)や国際産婦人科連合(FIGO)は、この薬を「オンライン診療で処方」し、「自宅に送付」して、必要とする個人が「自分で服用する」方法を標準化するよう求めています。そんな時代に、日本人だけが取り残されていくのはあんまりです。
 プレグランディン膣坐剤は、基本的に子宮の筋肉を収縮させる作用をもっています。中絶を行うために膣の中に入れると、成分が解けて粘膜から吸収され子宮収縮が始まり、徐々に強くなっていくことで、子宮の内容物が外に排出されてきます。子宮は元々筋肉が発達している臓器で、月経とは、子宮の筋肉が収縮することで中に溜まった月経血が膣を通って外に押し出される現象です。この薬を用いた場合も月経と似た作用が起きるのですが、通常の月経よりはるかに強い収縮と痛みが生じます。
日本の中期中絶は、妊娠12週から22週未満までに行われます。以前は24週まででしたが、医療の発達のために未熟児でも助かる可能性が広がったことを理由に、合法的に中絶できる期間が短縮されたのです。しかし、WHOでは妊娠中期以降の中絶について日本のような週数の制限は設けていません。それは同じ薬による中期中絶でも、世界では別の薬が使われているためです。
 今回、日本に導入されつつあるメフィーゴパックはミフェプリストンとミソプロストールの二つの薬をセットにしたものです。この二薬は、実は量を調整することで妊娠中期以降の中絶にも使えます。ミフェプリストンは、妊娠を継続するために必要なホルモンを遮断する薬です。これを服用することで妊娠は止まり、生存できなくなった妊娠組織は子宮内膜からはがれ落ちます。その後、ミソプロストールを使って、妊娠組織を外に押し出します。なのでこの方法を使う場合には、胎児が「生誕」することはありえません。
 ところがプレグランディンの場合には、ミフェプリストンが司っている部分が抜け落ちているため、生きている胎児を押し出すことになります。多くの場合、その刺激に耐えられず胎児は死亡して出てきますが、まれに胎児が「生誕」してしまうことがあるのです。そのために、日本の医師たちは胎児が仮に生誕しても、絶対に生き延びることができないほど未熟な時期まで中絶期間を短くしたのです。
 さらに問題なのは、プレグランディンとミソプロストールは基本的に同じ作用をもつ薬で、世界では後者の方が良い薬だと決着が付いていることです。実はミフェプリストンが開発された当初、第二薬にプレグランディンを用いることも検討されていました。しかし、ミソプロストールは安くて(1回4錠で100円程度)常温保管が可能で経口と経腟の二経路で使用可能であるのに対し、プレグランディンは高額で(1回1個投与で4000円を3回ほど繰り返す)冷凍保管が必要で経腟でしか投与できないために、WHOはミソプロストールの方がより良いと判断し、2005年のWHO必須医薬品モデルリストの中に、ミフェプリストンとミソプロストールをセットにして経口中絶薬として登録したのです。
 その後もしばらくは、海外でプレグランディンは主に中絶手術の事前に子宮頚管(子宮の入り口の細くなっている管の部分)を柔らかくする薬として使っていたところもあるようですが、とにかく高額なので今ではほとんど使われなくなっています。なお、日本ではプレグランディンを投与する前に「ラミナリア」という海藻を元にした頸管拡張材を挿し込むことが一般化しています。しかしWHOでは、頸管拡張と頸管熟化(柔らかくすること)の作用をもつミソプロストールなどの「薬」を手術の前に用いるよう指導しています。日本人医師がラミナリアを用いているのは、高額なプレグランディンの使用数をできる限り減らすためなのです。ラミナリアは挿入時も抜去時も痛いと言われます。つまり日本の女性たちは、医師のコストを下げるために痛い思いをさせられているのです。
 プレグランディンは、実際にリスクの高い薬でもありました。1970年代に日本で開発された薬で、当初は妊娠初期に関して試験が行われ大成功を収めていました。海外では妊娠初期のデータも発表されていましたが、なぜか国内では12大学31名の連名で妊娠中期に使った63名のデータしか発表されず、メーカーは「妊娠初期のデータはない」と発表しました 。一方、厚労省は1997年に、プレグランディンは子宮破裂や子宮頚管裂傷の恐れがあると注意喚起を行っています*1
。そのようなリスキーな薬に合わせて厳重な管理を行うのでは、せっかくの安心で安全な経口中絶薬へのアクセスが妨げられてしまいます。


 経口中絶薬は、WHOが推奨している安全で効果の高い薬です。必要とする人のアクセスを阻むような手続きは撤廃すべきです。