FNNプライムオンライン 2023年11月9日 木曜 午後8:15 橋本利恵
愛媛県の松山地方裁判所で、産んだばかりの赤ちゃんを死亡させた殺人の罪で、2023年9月27日、母親が実刑判決を受けた。妊娠を誰にも相談できず竹林で出産して放置したという母親。事件の背景には、「妊婦が医療者の介助を受けずにひとりで出産する」危険な「孤立出産」があった。
「誰にも相談できず…」母親に懲役4年
2022年4月13日、愛媛県東部・新居浜市の竹林で、生まれたばかりの男の赤ちゃんが遺体で見つかった。逮捕されたのは、33歳の赤ちゃんの母親だ。
竹林で1人で赤ちゃんを産んで、そのまま放置して死なせた母親に対し、松山地裁は殺人の罪で懲役4年の実刑判決を言い渡した。刑事訴訟法が専門の愛媛大学法文学部・関口和徳准教授によると、「殺人罪の法定刑は死刑または無期もしくは5年以上の懲役」だが、実際には5年よりも短い懲役が言い渡されることも少なくない。なぜなら、刑法には様々な刑の「減軽事由」が定められているためだという。
今回の判決要旨には、「被告人が本件犯行に至ってしまった背景には、リスクを踏まえた行動ができず、他に助けを求めることが難しいという被告人の軽度知的発達症や希薄な家族関係等の影響が否定できず」とあった。実際、軽度の知的障害があった母親は、公判の中でも検察官や弁護士の質問にうまく答えられず、度々、黙りこむ姿が見られた。
また、「交際相手ではない複数の男性と関係を持ち子どもを妊娠したため誰にも相談できなかった」「5年前にも同じような経緯で妊娠し、自宅のくみ取り式トイレで産み落とした」という事実も次々と明らかになった。
孤立出産に陥る女性の現状に目を…
今回の公判には、弁護側の証人として2人の医師が出廷した。
親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる「こうのとりのゆりかご」いわゆる赤ちゃんポストで知られる、熊本・慈恵病院の理事長で産婦人科医の蓮田健医師と、同じく熊本の精神科医・興野康也医師だ。
2人は、母親の精神鑑定や出産時の状況を聞き取り、知的障害の度合いや産後の過酷な心身の状態が事件に与えた影響などを証言した。
人吉こころのホスピタル 精神科医・興野康也医師:
(被告の母親は)【軽度の知的発達症】と診断のつく重いレベル。言葉のやり取りは特に苦手で、裁判の場で呼ばれたときに全然答えられない。どんなに自分がつらかったというのも言語化できない。社会生活上の支障としては軽度の中でも、中等度に近いようなぐらい困っていたと思う。
熊本・慈恵病院の産婦人科医・蓮田健理事長:
「孤立出産」というのは産婦人科医も小児科医も経験しないので、臆測になってしまって、結果として(母親に)不利に働くわけです。「彼女たちの状況をわかった上で判決をくだしてもらいたい」と、「刑を軽くしてほしいという話ではなくて、わかってもらいたい」というとことで(今回)お手伝いした。もうひとつは、今後の再発防止です。
子どもを育てることが難しく、出産前から支援が必要な妊婦を「特定妊婦」として登録してバックアップする行政制度がある。「貧困」「知的・精神的障害よる育児困難」「DV」「10代での妊娠」など、子育てが困難な理由は様々だ。
行政や医療機関に助けを求められず「特定妊婦」として把握されなかった場合は、今回の母親のように、妊婦健診も受けずにトイレや風呂場などで一人で出産するケースもある。医療者の介助なしに出産する孤立出産は、母親と子ども、両方の命を危険にさらす非常に危険な行為だ。こうした妊婦の孤立の背景には、「人に助けを求めづらい」という当事者たちの苦悩があるという。
人吉こころのホスピタル 精神科医・興野康也医師:
共通しているのは自己肯定感が低い。小さい頃から人に相談して助けられた経験に乏しい。誰にも相談できず一人で抱え込んでもんもんとして、結果的に、より最悪の行動をとってしまう。支援を提供できなかった精神科医療はどうなのか、学校はどうなのか、家族はどうなのか、職場はどうなのか、やっぱりみんな反省すべき点があると思うし、そこに注目した方が同じような事件が再発しないと思う。
愛媛県福祉総合支援センター・梶川直裕さん:
(愛媛県内でも)中学生・高校生が妊娠出産する場合もありますし、車上生活されてる方とか、SNSとかで知り合って関係ができて、別れてしまって、連絡も取れないけど気がついたら妊娠していたとか、まあ、いろいろありますね。予期せぬ妊娠に悩む女性たちの相談は児童相談所などで受け付けているが、当事者にとって、行政への相談はハードルが高い部分もある。
愛媛県福祉総合支援センター・梶川直裕さん:
“児相=児童相談所”って言葉だけでね、やっぱりしんどいと思うんですよ。でも、やっぱりとにかくどこでもいいからつながって、最終的に話が聞けさえすれば、どんなことでもできます
中略
厚生労働省の調査によると、2003年以降に全国で発生した子どもの虐待死は989人。このうち0歳児の死亡は479人。これは全体の48.4%と約半数を占める。しかも、生後24時間未満に亡くなったケースは17.8%だ。
生まれる前に「誰かに」「どこかに」母親たちのSOSが届いていたら、幼い命が犠牲にならずに済んだかもしれない。
中略……「子どもの視点」ばかりで「女性」自身の視点がない。一貫として「母」にされているのが……なんだか重い。
今、支援が必要な「特定妊婦」は急増し、幼い命が失われる悲しい事件も繰り返されている。
「産んで終わりではなく、産んでから始まる、赤ちゃんの人生も、お母さんの人生も…」孤立する母と子のSOSをかき消さない、見過ごさないための仕組みが必要だ。
【取材後記】
2022年から虐待や里親制度など、子どもたちを取り巻く課題について愛媛県内の現状を取材している。その最初のきっかけが、今回取り上げた「愛媛県新居浜市の新生児殺害遺棄事件」のニュースだ。
事件の一報を昼の定時ニュースでキャスターとして伝えた。OA(生放送)を終えた後、心の中に何とも言えない虚無感がざらりと残った。「どうしてこんなことが愛媛で起きるんだろう」「母親はどうしてたんだろう」子どもを持つ母親として率直に「理解しがたい」という気持ちだった。
2023年9月に裁判が始まった。逮捕・起訴されたのは赤ちゃんを産んだ母親。我が子を死なせた極悪非道な母親を想像して裁判の傍聴に向かうと、私のイメージとは真逆の人物が座っていた。
おとなしく、静かで、法廷で自分の気持ちをうまく言葉にできず、むせび泣く。
裁判で初めて、母親には軽度の知的障害があることがわかった。また母親の障害や家庭環境はもちろん、この事件の前に、同じような状況で子どもを産み落としていたことも明らかになった。
「これが、あの残忍なニュースの背景にあった真実なのか」と、あ然とした。自分が見ているもの、伝えているものは物事の一片でしかないということを思い知らされた。