リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別 藤田早苗著 第3部

集英社新書2022年12月

 今の日本では、18歳になると男性も女性も参政権を得る。だが、今は当た来前の男女平等の参政権はそんなに昔から保障されていたわけではない。日本で助成にも参政権が平等に与えられたのは第二次世界大戦後の1945年で、まだ80年も経っていない。世界では1893年ニュージーランドが最初で、そのあと北欧の国が数か国続き、先進国でもスイスに至っては一州が1991年まで実現しなかったのだ。

その後、イギリスの「サフラジェット」の「壮絶な運動」とエミリー・デイビソンの死のエピソードが紹介される。

 女性参政権は世界中で長年続けられている女性の権利獲得の闘いの一つの例に過ぎない。その道のりは国連でも楽ではなかった。

 国際人権法の規範内容を確定するプロセスも制度の運営も男性が中心であった。そのため人権規範や運営にジェンダーの視点が欠らうしているという問題がある。公と私(プライベート)が分割され、公的領域で警察などの公権力による人権侵害を受けるもの(被害者の多くは男性)の保護が優先されてきた。一方、家庭などの私的領域での人権侵害は保護の対象から排除されてきた。たとえば、世界人権宣言や自由権規約には死刑や拷問、拘禁からの自由は含まれているが、同じ「生命、身体の自由」に当てはまるはずのDVや妊産婦死亡の問題は想定されていなかった。
 国際社会で社会権が軽視されてきたことも、女性の権利に不利益をもたらしてきた。長年、国連の人権の議論や活動は自由権が主流であった。自由権が優先されていたのは公の場でおもに男性が関わる問題を扱ってきたためだ。他方、社会権はプライベート空間のもので、おもに女性が関わる問題であるため、周辺部に追いやられてきた。

これについては、近年、かなり改善されたと思う。妊産婦死亡の問題は今でも残っているとはいえ、過去10年間には「中絶」が二つの人権規約で女性と女児に不可欠な権利として書き込まれるという画期的な動きがあった。


以後、著者は女性差別撤廃条約の問題として次のような問題を指摘している。

  • 女性差別撤廃条約の採択の遅れ、多数の国家が留保を付けたこと、個人通報制度が当初設けられていなかったこと、日本は条約採択が遅れたばかりか、選択議定書(個人通報を可能にする)を今も批准していないこと。
  • 1975年から「世界女性会議」が開かれるようになり、女性への暴力など、どの国でも深刻な女性問題があると認識されるようになり、伝統や習慣、慣行の中でタブー視されてきた事柄にも女性の人権問題が多く含まれると理解されるようになった。1990年代は「女性の権利は人権である」が女性たちの合言葉となり、1995年の北京会議の「北京宣言」「北京行動綱領」がその後の重要な指針となったこと。

女性差別撤廃条約の対象は「女性差別」であり、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)や、女性に対する暴力など女性の人権問題は本来含まれていない。これらは条約の採択以降、認識が強まり緊急課題として浮上した。その結果、1993年の国連総会は「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」を採択した。このように、当初認識されていなかった問題について人々が声を上げたことにより、議論を進めていくうえでより良く理解されるようになり、それに対応して宣言や条約、制度が作られてきた。このように、国際人権は常に発展を続けている。

SRHRについて、国連内部だけの議論ではこのように見えるのかもしれないけれども、実際には1980年代以降の国際的な女性運動の高まりによって、結果として、1994年のカイロ会議で「リプロダクティブ・ヘルス&ライツ」が承認され、国連の内部に議論が持ち込まれたのだと私は考えている。

 日本は女性差別撤廃条約を1985年に批准し、72番目の締約国となった。条約を批准する前にはまずその条約への署名が必要だが、政府が消極的だったため、政治家で女性運動のリーダーだった市川房江氏ら女性団体が結集して運動が非常に盛り上がり、その結果、署名に至ったという。

以下、再び触れられている「問題」を列挙する。

  • 3つの法制度の変更ー国籍法改正、教育プログラムの改正、男女雇用均等法の制定
  • 再婚禁止期間、選択的夫婦別姓


現在、再婚禁止期間については廃止されている。以下は法務省のサイトからの引用。

令和5年1月13日
民法等の一部を改正する法律について
 令和4年12月10日、民法の嫡出推定制度の見直し等を内容とする民法等の一部を改正する法律(令和4年法律第102号。以下「本法律」といいます。)が成立し、同月16日に公布されました。本法律は、令和6年4月1日から施行されます(懲戒権に関する規定等の見直しに関する規定は、令和4年12月16日から施行されました。)。

1 嫡出推定制度の見直しのポイント
 ○ 婚姻の解消等の日から300日以内に子が生まれた場合であっても、母が前夫以外の男性と再婚した後に生まれた子は、再婚後の夫の子と推定することとしました。
 ○ 女性の再婚禁止期間を廃止しました。
 ○ これまでは夫のみに認められていた嫡出否認権を、子及び母にも認めました。
 ○ 嫡出否認の訴えの出訴期間を1年から3年に伸長しました。

藤田氏の書籍に戻ると:

婚姻の際に姓はどちらかに統一する必要があると法律で決め、「夫婦別姓」の選択肢がないのは世界で日本だけだ。

2016年の女性差別撤廃委員会の日本報告書審査では、前年の日韓合意は被害者中心のアプローチを十分に採用していないと批判する最終見解が公表された。これが日本政府の説明を無視した不当見解だとして、「慰安婦」問題においての日本の名誉を守ろうとする個人、諸団体の連絡組織は同委員会の林陽子委員長の即時解任を求める1万1532筆の署名を、木下文雄外相宛てに提出したしたという。しかし、国連人権条約委員会の委員は、自国の審査には一切関与しない。また林委員会は女性差別撤廃条約の締約国会議で選挙により選出されているのであって、そもそも日本政府は林委員を解任できる立場にない。
 この件について、NGOヒューマンライツ・ナウは声明を発表し、「このような要求を外務省に行うことは、人権条約機関の委員の任務遂行に関する完全な誤解に基づいて、委員に対して不当な圧力をかけようとするものであるのみならず、ひいては、人権条約機関が事件条約に基づく報告制度等の任務を円滑に遂行することを妨げる行為である」と批判した。
慰安婦」問題は本来被害者救済を主眼とした人権問題であるはずだが、政治的な議論になっている傾向が懸念される。

 法律や政策はその作成に関わる人の経験や価値観が反映されるため、決して中立ではない。

アメリカでにはタンポン税がある。

……生理の貧困の対策としてタンポン税廃止活動をしていた女性弁護士が、州政府が徴収する税金を調べてみたところ、食品や薬など生活必需品と見なされたものは非課税であるにもかかわらず、生理用品はほとんどの週で必需品とみなされず課税対象になっていた。そして驚いたことに、野球のチケットやゴルフ場の会員権など、多くの男性が買うものは非課税になっていたというのだ。

  • 複合差別

あるアフリカの女性が「先進国の女性たちは、女性の進出を阻む見えないガラスの天井を打ち砕く必要性を強調する。しかし私たち途上国の女性たちは、底なし沼にこれ以上足を取られないようにすることで必死なのだ」と語った。

 性差別にくわえて、人種差別や社会階層または障害があるために受ける差別など、複数の差別を受ける人もいる。これを「複合差別」または「交差的な差別」という(活動家のあいだでは「複合差別」という語が定着し、学会では「インターセクショナリティ」という語が使われることが多い)。
 たとえば日本では在日コリアンの女性、インドではカースト制度の低階層(ダリッド)の女性などはこういう差別の被害を受けやすい。日本でもマイノリティ集団に属する女性はヘイトスピーチなどの嫌がらせや汚名、暴力の対象となりやすい。よって女性差別撤廃委員会は日本に対し、複合差別を禁止する包括的な差別禁止法を制定することを頻繁に勧告している。

そして最後の章が「入管問題」

  • クルド人のデニズさんとイラン人のサファリさんによる国連人権理事会への通報によって作業部会は日本の入管当局による長期収用などの「自由の剥奪」は、世界人権宣言などが定める「差別の禁止」「生命・自由・身体の安全の権利」「基本的権利侵害の司法による救済」「恣意的拘禁の禁止」に違反していると明確に指摘。

 この勧告に対する日本政府の返答が2021年3月30日に公開されたが、「入管法の運用は間違っていなかった」という開きなりとも言える内容である。そもそも入管法自体が国際人権基準に反しているのであり、その運用がどうであったかが問題なのではない。

原則として3回以上難民申請をした申請者などは、迫害のおそれのある国への追放や送還を禁ずる条項の例外とされた。これはノン・ルフールマン原則に反する。くわえて、収容の上限も定められておらず、無期限収用を可能とする法律の欠点は是正されていなかった。

2021年3月31日付で「恣意的拘禁作業部会」と「移住者の人権」「思想信条の自由」「拷問」に関する3つのテーマの各特別報告者による共同書簡が日本政府に送られた。書簡には、この法案は「国際的な人権水準い達しておらず、再検討を強く求める」と記した。

それまでと同様に政府が反論するのは分かっていたので、この時は弁護士チームとアムネスティ・インターナショナルのスタッフが会見を開き、オンラインでも配信し、藤田氏は特別報告者の権限と勧告の意義についてビデオメッセージを作成して、会見の会場で流してもらったのだという。

 案の定、上川法相は「一方的な見解好評で、抗議せざるをえない」と筋違いな反論をし、日本のマスコミは無批判にそのコメントを流すということが繰り返された。マスコミは国連のるーるなどを知らないので、政府が言いたい放題なのだ。

 国連書簡は一方的なものではない。きちんと論拠を示すなら、政府も変な反論はできないはずだ。それに、他国はきちんと対応している。そういう認識や知識がもっと議員にもメディアにも広がり、政府の的外れな反論は指摘するということを継続していかねばならない。そうして国連人権勧告に対して政府が認識を質すようにしていかないと、これからも勧告無視が続き、問題は解決しない。

 結局2021年5月、法案は取り下げられた。しかし、日本弁護士連合会会長は「2023年6月9日、出入国管理及び難民認定法の改正法案が、参議院で可決され、改正法が成立した。」ことに対して「改正入管法の成立を受けての会長声明」を出し、同法を批判している。

  • 名古屋入管に収容されていたスリランカ女性ウィシュマさんの死亡事故については、「そもそも警察に出頭したとき、彼女は入管収容ではなくDVからの保護を受けるべきだった」「彼女の死はこれまで国連か繰り返し改善を勧告されてきた、日本の全件収容主義と無期限収用が引き起こした悲劇の一つだ」としている。


最後に、「アカデミック・アクティビスト」という言葉を紹介し、恩師ポール・ハント教授の言葉を紹介している。

日本で国際人権への理解がもっと広がって、国際人権基準の実施が進むためには、教科書や学術書ではない、一般の人が国際人権を理解するための日本語の本が不可欠だ

さらに、「3A(academic〈研究者〉、advocate〈人権擁護者〉、activist〈活動家〉)」と名乗った方の事例も紹介し、「日本にも社会とかかわりあって社会にインパクトを与えることを重視する研究者がもっと必要ではないだろうか」としている。

「人権の視点」でSRHRを見直し、紹介していきたいと改めて思わされた。