リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

[寄稿]韓国、いっそのこと少子化対策なぞなくしてしまえば?

ハンギョレ新聞 2/1(木) 12:48配信

少子化で韓国は消える?と話題になっている今、当事者はどう思っている?
Yahooで知った記事。
[寄稿]韓国、いっそのこと少子化対策なぞなくしてしまえば?(ハンギョレ新聞) - Yahoo!ニュース

1人当たりの所得、健康寿命、寛容などの項目ではあまり差がない。いっぽう社会的支持、人生の選択に関する自由、不正腐敗に対する認識では大きな差がある。自己責任で無限競争を繰り広げながら生きる韓国人は、苦しい時に信じ、支えてくれる友人知人がほとんどいない。最上位諸国においては、正規職の安定と非正規職の高賃金は「選択」の問題だ。韓国においては勝者である正規職が特権を独占し、敗者である非正規労働者は永久に差別されるという「運命」の問題だ。  チョ・ヒョングン|社会学


 教養科学の本を読むのが好きだ。洞察力に満ちた進化生物学分野の本が特に面白い。時には、ハッと事実に気づく瞬間が訪れることもある。進化生物学の前提は、すべての生命体が本能に従って生存と繁殖を追求している、というものだ。原始の単細胞生物から始まったこの本能が数十億年間にわたる遺伝子の複製を通じて受け継がれ、進化した結果が私という存在だとは、神秘的だ。そして、私は子をなさないことで、この悠久の進化の鎖を断ち切った。ふと、何億年もの間、繁殖のためにもがいてきたはずの私の数多くの遺伝子のご先祖さまたちに申し訳なくなる。少しは黙とうでもささげなければという思いがする。

 国中が超少子化の災いを前にして大騒ぎしている。近いうちに国が消滅するという騒ぎだ。ニューヨーク・タイムズには先日、韓国の人口減少はペストのまん延した時代の中世の西洋より急速に進んでいると警告するコラムも掲載された。0.7水準の合計特殊出生率は歴史上、事例を見つけるのも難しいという。

 早くも20世紀末に繁殖をあきらめた私は、意図せずこの災いの主犯の一人となった。厳重な警告や高尚な訓戒を述べるというよりも、「犯行」動機を自白すべき立場だ。結婚した時分、私と妻は大学院生だった。アルバイトで暮らした。それでも結婚は何とかできた。両家からの援助に妻の貯蓄を加えて、丘の街のてっぺんで借家暮らし。一人暮らしの二人がくっついたもので、総額40万ウォンで必要な生活用具も用意した。一人暮らしの部屋のような新居で、けんかもしながら何とか暮らした。

 子どもは全く別の問題だった。子育ては純然たる家族の役割だったから、どちらかが仕事と学問をやめなければ不可能だった。娘のキャリア放棄を惜しむ女性側の親が子育てを担うケースが多かった。男性側の親が担うこともあった。老人の腰は曲がった。両実家とも「自己搾取」水準の過労に苦しめられる自営業者だった私たちには、それすらも不可能だった。子どもは産まないという私たちを、親たちは一度も責めなかった。ただ残念がっただけだった。

 何よりも将来が不透明だった。大学院への進学を決意した時、先輩たちに止められた。「お前ん家、金持ちなのか?」 真顔で聞かれた。米国の博士号でなければ正規職には就けない、韓国の学界の植民地性の克服みたいなおごったことを言うのはやめて留学しろ、とよく助言された。留学そのものを批判する立場ではなかったが、不毛の地に残る者もいるべきと信じた。妻の前にひろがる現実はより厳しかった。女性は大学院生の半数を超えていたが、女性の専任教授への任用は奇跡だった。私たちには終わりなき不安定労働が待っていた。私たちにとっては選択した人生だが、アルバイトのまま親になることはできなかった。

 私たちは例外だったのだろうか。そうではない。2000年代初頭か中盤だったか、葬式に行った際、30代から40代半ばほどの大学院の先輩後輩たちと席を共にした。誰かが驚いたように叫んだ。「ここにいるのは16人だけど、生まれた子どもは4人だ」。結婚していない者も多く、学びながら共働きしている夫婦も多かった。大半が非正規職だった。こうして消滅するのも悪くないと言って笑ったように思う。共に消えつつあるという感覚が妙に悲しかった。

 私たちが結婚や出産を断念したのは、いずれにせよ選択だった。今の青年たちが結婚もせず子どもも産まないのは、選択ではなく強要された運命だ。少子化対策に毎年数十兆ウォンがつぎ込まれているという。よい話も多い。しかし青年たちは、女性は、子どもを産む機械ではない。あなたの親が労働市場に販売するためにあなたを産んだのではないように、青年たちも祖国の経済成長と福祉に必要な労働力を供給するために愛しあうわけではない。適切な誘引を提供すれば刺激に反応して子どもを産むだろう、そういった考え方そのものにぞっとさせられる。どうして子どもを産まないのか。少子化対策なんぞを立てる世の中が恐ろしいからだ。

 子を産めと言うのではなく、子を産むに値する世の中なのかを問うべきだ。国連傘下の持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)が発表した2023年の世界幸福度報告書によると、韓国の幸福度は137カ国中57位、経済協力開発機構OECD)加盟38カ国では35位。最上位圏はフィンランドデンマークアイスランドノルウェーなどの北西欧の福祉国家だ。

 2017~2019年分の調査にもとづく韓国保健社会研究院の報告書「韓国人の幸福と生活の質に関する総合研究」(2021)は、詳細な国際比較を載せている。これによると、韓国の順位は153カ国中61位、OECD35位。同報告書は、最上位の諸国と韓国の幸福度の差を分析している。1人当たりの所得、健康寿命、寛容などの項目ではあまり差がない。いっぽう社会的支持、人生の選択に関する自由、不正腐敗に対する認識では大きな差がある。自己責任で無限競争を繰り広げながら生きる韓国人は、苦しい時に信じ、支えてくれる友人知人がほとんどいない。最上位諸国においては、正規職の安定と非正規職の高賃金は「選択」の問題だ。韓国においては勝者である正規職が特権を独占し、敗者である非正規労働者は永久に差別されるという「運命」の問題だ。報告書によると、幸福の不平等度が高い国ほど不幸だ。幸福の不平等度の高い韓国では、不幸な人々の幸福度を高めることが、全体の幸福度を上げる最も良い方法だと私は提案する。

 現政権と保守勢力の考えは、これとはかなり異なるようだ。韓国人が不幸なのは「贅沢な言い分」だという。労働時間は依然としてOECD最長水準だが、韓国人には休む資格がない。もっと働けと言って「労働改革」を推進している。福祉予算の割合はOECD平均の3分の1に過ぎないが、補助金は減らしたりなくしたりするという。財布のひもをしっかり締めて、さらに苛烈な競争をしなければならない。保守勢力だけが問題なのだろうか。正規労働者は自分が努力してその職についたのに、試験を経ていない非正規労働者が同様の処遇を受けるのは我慢ならない、と主張する「民主市民」も珍しくない。連帯を叫んでいた口で差別を擁護しているのだ。こうして一緒になって地獄を作っているのだ。

 いっそのこと少子化対策などという言葉はなくなればいい。良い政策もあの枠組みに取り込まれた瞬間、単なる成長のための手段となる。蓄積のために人間の欲望をあおる試みとなる。このように世の中から失礼な扱いを受けていると、人間の側も対策を立てるものだ。何億年にもわたって続けてきた本能の法則を断ち切る決断で応酬するのだ。だから尊い。尊重しあう人生、良い世の中を作ることこそ優先されるべきだ。そうして幸せな世の中になったら? 若者は勝手に愛しあうだろう。熱く愛しあうだろう。子を産もうが産むまいが。

チョ・ヒョングン|社会学者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )