リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

ナンシー・フレイザー『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』

江口泰子訳 ちくま新書 2023年

フレイザーの議論の中から再生産(リプロダクション)を捉え直すために必要な個所をいくつか引用する。


フレイザーによれば、資本主義が商品生産と社会的再生産の分離を生み出した。

多くのフェミニスト理論家が訴えてきたように、その区分はジェンダー化され、生産は男性と、再生産は女性と結び付いた。歴史的に見て、「生産」は賃金労働、「再生産」は無償労働という割り当ては、女性の従属という近代資本主義のかたちを支えてきた。
 所有者と労働者の分離と同様に、生産と再生産の分離についても、その根源にあるのは資本主義以前の世界の解体だ。そのとき、粉々に壊れた元の世界では、男女の仕事ははっきりと区別されていたにもかかわらず、なお女性の仕事は世間の目にも明らかで公的に認められ、社会の不可欠な部分を担っていた。対照的に、資本主義社会では再生産労働は切り離されて、家庭という「私的」な領域に追いやられる。そこでは、再生産労働の社会的な重要性は曖昧だ。そして、貨幣こそおもな権力の手段であるこの新しい世界においては、無償ないし低賃金の労働者は、賃金を稼ぐ「生産」者に構造的に従属することが決定的な事実となる。「再生産」という仕事もまた、賃金労働を成り立たせる必須条件であるにもかかわらず、従属という関係が確実な事実になってしまうのだ。


筆者は「資本主義とは何か?」という問いに答えるために、資本主義を成り立たせる4つの非経済条件を示している。

 第一の非経済的条件は、……被征服民、特に人種差別される人々から収奪した莫大な富だ。とりわけ土地、自然資源、従属する人々の無償もしくは低賃金の労働を指す。……ところが、資本は収奪した富に依存していることを認めようとせず、補充費用の支払いも拒んでいる。
 ……第二の非経済的条件とは、……社会的再生産に費やされる無償もしくは低賃金の莫大な量の労働だ。その労働を担うのはほとんどが女性である。人間を”形成する”ケア労働は、資本主義システムが生産と呼ぶ、商品をつくって利益を上げるプロセスになくてはならない。……再生産労働なくしては「労働者」も「労働力」もなければ、必要労働時間や剰余労働時間もなく、搾取や剰余価値も、利益や資本蓄積もない。それにもかかわらず、資本はケア労働の価値をまったくと言っていいほど認めず、補充にも無関心で、支払いを極力、回避しようとする。
 ……第三の非経済的条件は、……自然から収奪する無料ないし安価な投入物だ。資本主義の生産の土台となる不可欠な資源である。……資本は自然を宝の山のように扱う。永遠に、好きなだけ利用でき、補充する必要も回復させる必要もない宝の山というわけだ。
 ……第四の非経済的条件とは、……国家や公的権力が供給する様々な公共財を指す。これには、法的秩序、反乱を鎮圧する力、インフラ、マネーサプライ、資本主義システムの危機に対応するメカニズムが含まれる。公共財なしには、そして公共財を保障する公的権力なしには、社会秩序も信頼も、私的所有も公刊もない。したがって持続的な蓄積もない。それでも、資本は公的権力を厭う傾向があり、蓄積の持続に不可欠な税金を逃れようとする。

 以上のような、これまで認められてこなかった背景条件を明らかにすることで、「資本主義とは何か」という最初の問いに対する非正統的な答えが浮かび上がる。すなわり、資本主義とは経済ではなく社会のタイプである――その社会のなかで、経済化された行動と関係は一つの領域に仕切られ、ほかの非経済的な領域とは区別されてその上に成り立つが、経済化された行動や関係が非経済的領域に依存しているという事実は否定される。資本主義社会は「経済」領域を含み、「政体」もしくは政治秩序とは区別される(そして、その上に成り立つ)。また「経済的生産」領域を含み、「社会的再生産」領域とは区別される(そして、その上に成り立つ)。

>>……狭い視点で見ると、一般的に資本主義にはおもな欠点が三つあると言えるだろう。階級搾取の意味において不正義。経済危機の傾向があるという点で不合理。社会的不平等と階級権力が、民主主義の弱体化を招くという意味で不自由。……
 この捉え方は誤りというより、むしろ不完全だ。資本主義システムに本来備わっている経済的病弊を正しく突き止めておきながら、同じように本質的である非経済的な不正義、不合理、不自由を見落としている。それに対して、資本主義の「共喰い」という概念、すなわち、自らが依存する非経済的な要素を貪り喰うという概念を採用するとき、資本主義に非経済的な欠点が新たに、はっきりと視野に入ってくる。