リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

ついでに。Alan Guttmacher Institute(AGI)の最新情報。今月発行されたAGIの報告書Abortion in Women's Livesによると,1994年以来,アメリカの低所得者層の女性は高所得者層の女性に比べて「意図せぬ妊娠」をする確率が4倍も高く,しかも後者のその比率は減少しているのに,前者のそれは上昇しているという。

階級の二層化が言われつつある日本でも,同様の問題が起きる可能性は高い。また,年齢階層で考えれば,日本でもすでに金のない10代の中絶率が上昇しており,対岸の火事とは言っていられない状況かもしれない。

なおこの報告書では,アメリカで中絶が合法化された1973年以来30年間のデータをもとに,身体的および精神的な健康に対する初期中絶の安全性が確認されたとしている。(ただしアメリカを初めとする西欧諸国における初期中絶といえば,吸引法を用いるのが“常識”で,今でも掻爬が常識の日本とは全く話が違うし,そもそもの医師患者関係や医療そのもののありようも違う。)

さらに「ポスト・アボーション(・ストレス)症候群:PASまたはPASS」についても,専門家のあいだでは懐疑的な見方が強く,中絶経験そのものの影響というよりも,それ以外の要素(「意図せぬ妊娠」に至った経緯や相手の男性との関係,個人的な精神医学的素養等々)が強く働いていると考えられている。

以上,貧富の差に関する報告の他は,今回は特に目新しい情報はなく,従来の路線の確認という感じでした。


ちなみに最近,日本でも中絶ケアの必要性が認識されつつある。今,苦しんでいる人にケアを提供すること自体はいいことだと思うけど,苦悩の元を断つことも同時に行わなければ対症療法でしかない。欧米ではプロライフが女性たちの心理的苦悩を強めているとの主張があるように,日本でも水子供養の存在(と,その存在を肯定している中絶罪悪視そのもの)が女性たちを苦しめているとの見方もできる。

前に紹介した『水子:〈中絶〉をめぐる日本文化の底流』の著者ラフルーア氏が言うように,西洋人のあいだでは水子供養という「日本的な対処法」はわりと肯定的に受けとめられた。また,中絶後の精神的な苦しみの救いとして水子供養を求める人々が存在していることも事実だ。しかし,水子供養を女性の中絶のストレスを癒すものとして片づけるのは間違いだ。(1970年に政治絡みで水子供養専門寺が初めて作られた事実にも着目する必要がある。)ラフルーア氏自身が「議論をたやさないこと」こそ重要だと言っている。このところの胎児を巡るいくつかの事件や,『水子』の邦訳などで,少しは水子供養への関心が首をもたげている今,『水子』に欠けている女性の観点に着目した『Marketing the Menacing Fetus in Japan(脅す水子の商売)』も訳出すべきだ……と思わずにはいられない。

Marketing the Menacing Fetus in Japan (Twentieth Century Japan: the Emergence of a World Power)

Marketing the Menacing Fetus in Japan (Twentieth Century Japan: the Emergence of a World Power)