リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

10月の分科会の資料として,WHOのSafe Abortion34頁にあるVA(真空吸引法)とD&C(掻爬法)を比較した表を訳してみて,改めて思った。

この表のどこにもgeneral anesthesia/anaesthesia(全身麻酔)なんて言葉は出てこない。(やむなく)D&Cを行なう場合でさえも,全麻が常識……どころか選択肢のひとつですらない。全麻で中絶手術を行なうのは,「安全な中絶法」ではないためである。

なにしろこの報告書には,全身麻酔は副作用が多いので「勧められない not recommended」とはっきり書いてある!

日本でも中絶手術の事故で麻酔にまつわるものの比重は高い。それだけでも,日本で慣例化している「全麻+掻爬」という中絶方法は見直すべきであろう。

それに,局所麻酔だと医師がしていることが患者に分かるので,「ていねいさが違う」と女性の証言を読んだこともある。全身麻酔だから何が行なわれているのか分からず,苦情が出ないので改善もされない……といった悪循環が生じてはいないか。

「眠っている間にすべてが終わる」中絶時の全身麻酔は,そもそも医師の側の思いやりで始まったのかもしれない。そうだとしても,「全麻+掻爬」が定着したのは,おそらく優生保護法制定の改訂で中絶が爆発的に増えた1950年代。もはや半世紀も前のことである。それ以降に開発されたより早期に中絶可能な種々の方法,ならびに様々な心理ケアの手法を採用すれば,患者たちが「眠っていなければならないほどのつらさ」を感じることはないかもしれない。また海外の調査では,「眠っている間にすべてが終わる」ことを無責任に感じ,全麻を拒否する女性たちの存在も明らかにされている。

おまけに,局所麻酔を全身麻酔にすることで,リスクも高まるが,コストも高まる。日本の中絶は自由診療で,医師の好きに値段を設定できることも,この問題の背景にはありそうだ。

女性の健康を第一に考えた中絶医療に変えていくべきではないか……と,かつてある学会で発表したときに,「そんなことをしたら中絶が増えるではないか」と,ある若手の女性の産科医から反論を受けたことがある。

そのときは簡単にコメントして終わらせてしまったのだけど,あとで考えているうちに疑問に思った。つまり,中絶抑止のために,「より危険で,より高価で,より不快な中絶医療のまま放置すべきだ」というのは,中絶をある種の「罰」とみなした態度だと言えるのではないか。全体の益のために目の前の患者の苦を放置するのか……? 医師とはいったいどういう立場の人間なのか,彼女に再考を迫るべきだった。

実際には,いろんな女性たちが中絶を受けざるをえない立場に追い込まれている。必ずしも女性の側に「非」のない“望まない妊娠”もありうる。

わたしは別に中絶を奨励したいわけではない。中絶しないですまされるように,中絶を必要とするような妊娠をしないですむように,最大の努力を払うべきだ。それでもなお生じてしまう中絶のニーズに対しては,より安全な中絶を提供できるように医療サービスの充実を図るべきだと思う。

第一,中絶を必要とする人のために合法的な中絶をより安全に提供するということは,他の国では実行されていることなのだ。それがなぜ日本ではできないのか,本当はそこらへんから考え直すべきなのだろう。

(2006/09/18 一部,字句を修正。)