リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

言葉の問題:妊娠後期の中絶って?

しばしば「妊娠後期の中絶」という言葉にお目にかかる。特に訳本で目立つのだが、時には日本語で書かれた文献にも出てくる。今日は調べものをしていたら二度もこれが飛び出してきて、うんざりさせられた。英語のlate-term abortionを直訳したつもりなのかもしれないが、それは全くの間違いであるということを、ここで明らかにしておきたい。

妊娠後期の胎児となれば、サイズとしても相当に大きいであろうし、機能的にも新生児に近い存在になっていることは間違いない。そればかりか、そんな時期に中絶を強行しようと思うなら、手法的にも事実上「人工早産」の形を取らざるをえないはずである。妊娠後期の「胎児」は基本的に体外生存可能であるため、そこには「生まれ出た新生児を殺す」という疑いが浮上してくる。そうであるなら、たいていの人は「倫理的問題」を感じずにはいられないだろう。

しかし、実際、そんなことがありうるのだろうか? 現代において普通に行なわれているといえるのだろうか? 否、である。英語のlate-term abortionにおけるlate-termは、日本語の「妊娠後期」を意味してはいないためである。

一般に、産科学において妊娠期間はトリメスターという三半期に区分される。この分けかたによれば、妊娠初期は妊娠0-12週、妊娠中期は妊娠13-28週、妊娠後期は29-40週である。おそらく何かしらの医学的な理由もしくは生物学的な理由があるのだろうが、上記のとおり3つの期間の長さはぴったり同じではない。しかも、産科学における妊娠期間は「前回の最終月経」から周期を数え始めるため、最初の「妊娠2週間」はまだ受精卵すら存在していない。つまり妊娠初期は10週間、中期は16週間、後期は12週間にわたることになる。

この期間区分に基づいて「妊娠後期」の中絶となると、妊娠29週以上の中絶ということになる。しかし、人工妊娠中絶というものを「体外生存可能でない期間に行なわれる人工的な流産処置」と捉えるのであれば、これは原理的にありえない。胎児が体外生存可能になる時期についてはさまざまな説があるが、どれほど遅く見積もっても上述の「中期」より遅くなることはないためである。(日本では、体外生存可能時期を満22週と世界でも最も早い時点に定めている。)

また、そんな遅い時期では、もはや安全な「中絶」の方法がない。WHOの『安全な中絶』によれば、安全に中絶を行なえる期間は妊娠22週まで、つまり妊娠中期の半ばくらいまでである。

つまり、「妊娠後期」に中絶が行なわれること自体がまずありえないし、late-term abortionを「妊娠後期の中絶」と訳すのも全くの誤訳に他ならないのである。後者で言われるlate-termとは、「(比較的)遅い時期の」という意味であり、具体的には中期中絶を指していると考えられるためである。

「妊娠後期の中絶」もしくは「後期中絶」について論じたことのある方々に、ぜひご再考願いたい。

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後日談

Wikipediaも見ましたが、今のところlate-term abortionの定義はまちまちみたいです。上述したような考え方も確かにあるようですが、一方で、まさに「妊娠後期=第3トライメスター」の中絶のことを指している場合もあるようです。PubMedで"third-trimester-abortion"を検索すると、非常に重度の障害をもつ場合の中絶の是非論など十数件ヒットしました。その中には新聞記事なども含まれており、医学的論議よりも、社会的、倫理的な観点から取り上げられているようでした。

いずれにしても、「late-term abortion=妊娠後期の中絶」と一概に言えないことは変わりありません。