日本産婦人科医会ホーム> 研修ノート >No.99 流産のすべて> 3.早期人工流産(以下,妊娠12 週未満の人工妊娠中絶)について
2017年に作られたバージョンが最新のようである。かつてより、はるかに海外の情報が網羅されており、中絶医療について海外事情を参考にするようになったらしいことが伺われる。中絶薬についての説明もある。ただし、中絶薬は日々進歩しているといってもよいほど変化が早いのに着いていけておらず、最新情報にアップデートされていないところが惜しい。
3.早期人工流産(以下,妊娠12 週未満の人工妊娠中絶)について
○WHO のガイドラインでは,妊娠14 週まで(15 週未満)の人工妊娠中絶は外科的処置と薬剤による方法のどちらを患者に勧めても良い,とされている.
○本邦では早期人工妊娠中絶は妊娠12 週未満に行う手技とされ,薬剤による方法は現時点では承認されておらず,外科的処置のみが認められている.
○母体保護法第14 条に基づく夫婦の同意書が必要となる.また,母体保護法第25 条に基づき,都道府県知事への届け出が必要となる.この届け出は母体保護法施行細則第27 条の別記様式第13 号による報告書によって行う(Ⅲ-5 項参照).
○本邦では現状,D&C が広く行われており,施行する際には合併症に注意しながら愛護的に処置を行う.
・まず子宮ゾンデを子宮腔内に注意深く挿入し,子宮の向きと深さを確認する.次に胎盤鉗子を軽く持ち,子宮腔内に優しく挿入する.子宮底に鉗子の先があたったら,鉗子を少し引き戻し,鉗子の先を開閉させ内容物を把持・牽引し,摘出する.その後キュレットを慎重に挿入し,子宮腔内を全周性に掻爬する.過度の掻爬は子宮腔癒着の原因となるため注意を要する.
(1)外科処置に際して
1 )術前検査と予防的抗菌薬
○自費診療であるのでどのレベルまで行うかは適宜決定する.次回妊娠に悪影響を及ぼさない,という観点が重要である.
○RhD 陰性の女性には感作を防ぐために術後の抗D 免疫グロブリン注射が勧められる.術前のRh 型の確認が必要である.
○術後のPID の多くは術前からのクラミジアや嫌気性菌感染によるとされている.予防的抗菌薬投与を行わないのであれば,クラミジア検査を考慮する.
○その他の性感染症,肝炎ウイルス検査などに関しても,問診の上,リスクに応じて検査を行う.
○既往歴,基礎疾患の有無,血圧,脈拍,自覚症状や健康状態について問診,診察し,適切な検査を行う.
○予防的抗菌薬は起因菌を考えるとアジスロマイシン(1 g),ドキシサイクリン(100 ㎎×2 回,3~7 日間または200 ㎎×1 回処置前),ミノサイクリン(100 ㎎×2 回,7 日間)などが適当と考えられる.嫌気性菌への対応としてメトロニダゾール投与も考えられる.
2 )子宮頸管拡張
○事前に吸湿性拡張剤による緩速拡張を行う.滅菌消毒の後,子宮腟部に腟部鉗子をかけ,頸管の方向をあらかじめ内診および子宮ゾンデで確認して拡張剤を挿入する.
○吸湿性拡張剤には天然素材(ラミナリア:コンブ科の海藻の茎根部を原材料として加工製造されたもの)と合成樹脂由来(ダイラパン®,ラミセル®)のものがある.
○ラミナリアは12 時間でほぼ最大径に達し,24 時間以上の連続挿入を行わない.ダイラパンS®,ラミセル® は4 時間で最大径に達する.
○ラミナリアは,頻度は低いがアレルギー反応(じんま疹,血管浮腫,呼吸困難感)やアナフィラキシー(以前に使用した経験がある例)が報告されている.天然物由来であるが感染リスクはラミナリア非使用群と変わらない.
○ダイラパン® は当初断裂が問題となったがその後改良された(ダイラパンS®).
○ラミセル® は含有する硫酸マグネシウムの効果で頸管が熟化するとされ,スポンジ状に軟化するためもっとも抜去時のトラブルが少ない.
○胎盤鉗子とキュレットを使用する場合には,術前に吸湿性拡張剤を抜去したのちに日母型子宮頸管拡張器ヘガール型またはシュレーデル型を用いて急速拡張する.真空吸引法の場合はカニューレが挿入できれば急速拡張は必要ない.
○合併症として頸管裂傷,子宮穿孔などがあり,頸管の方向をよく確認し無理な力を加えないことが大切である.3 )麻酔
○傍頸管ブロックでも静脈麻酔でも良いとされるが.日本では静脈麻酔による鎮静が主に行われている.
○先進国では呼吸抑制などの合併症が少なく,経口摂取制限の少ない傍頸管ブロックの使用が増えつつある.
○いずれの麻酔の場合でも静脈路を確保し,パルスオキシメーターを含む各種モニターによる観察を常に怠らないようにする.
○呼吸抑制などトラブル発生の際は速やかに手術を中止し,必要な処置,蘇生ができる体制を整える.
3 ) 4 )手術手技(図11)
○胎盤鉗子とキュレットを用いるD&C 法(dilatation and curettage)と,電動式あるいは手動式の吸引器を用いて子宮内容物を吸引除去するD&E 法(dilatation andevacuation)がある.電動式をEVA(electric vacuum aspiration),手動式をMVA(manual vacuum aspiration)と呼ぶ.
○D&C とD&E のランダム化比較試験は数少ないが,D&E は中絶手術における手術時間が短く,流産処置においては,手術時間が短い,出血量が少ない,疼痛が少ない,と報告されている.
○米国などでは1980 年代にはすでにD&E が一般化しており,WHO や英国の安全な中絶に関するガイドラインではD&C は推奨されていない.
○日本でも10 万件以上の早期人工妊娠中絶術について日本産婦人科医会を通じて集計した結果では,D&C がD&E に比べて再手術を要する不全流産と子宮穿孔の頻度が高い結果となっていた(Ⅲ-4,37 頁参照).
○一般的に早期人工妊娠中絶や早期流産処置の際にD&C を施行された既往のある女性では早産率が高い,不妊治療の経過において子宮内膜が薄い場合がある.
○3 回以上のD&C を受けた女性で子宮腺筋症の率が高い,EVA 後にcurettage を併用するとMVA に比べて子宮腔癒着の発生頻度が上昇する,などと報告され,国際産科婦人科連合(FIGO)もそのSafe Abortion(安全な中絶)委員会において強くD&E を勧めている.
○D&E を行う際は,まず妊娠週数に適当なカニューレを,陰圧をかけずに挿入し,陰圧をかけて回転させながら引き抜く.MVA を使用する場合,7 週までなら1~2回,8~9 週で2~3 回,10~11 週では3~5 回の吸引が必要,と経験者は述べている.D&E に慣れていない場合は,経腹超音波検査でモニターしながら行うなどの工夫が有効かもしれない.
○MVA のEVA に比べた利点は音が静かであり覚醒下での手術の際に患者の心理的影響が少ないこと,排出物の肉眼的確認が容易で無菌的に検体を採取できることなどが挙げられる.欠点はディスポ製品として高価であることで,カニューレ(吸引嘴管)のバラ売りなどが普及に必要である.
5 )術後管理と適切な避妊
・早期人工妊娠中絶術後の出血は手術後2 週間で20%程度に認めるとされ,術前に十分な説明が必要である.
・人工妊娠中絶後に精神的な問題が発生することがあるが,その頻度は望まない妊娠を継続して出産した場合と同じであるとされ,術前に精神的問題の既往がある患者はハイリスクとされる.産婦人科医がすべてを抱え込むことは不可能であるが,術後は精神面にも注意を払うことが女性の包括的ヘルスケアの観点からも必要と考えられる.
・中絶した当日が最も避妊に対するモチベーションが高い日であることが知られている.患者が次の妊娠を希望しない場合,経口避妊薬を開始するのであれば手術当日から投与を,また子宮内避妊具(FD-1®,ミレーナ®,ノバT 380®)を挿入するなら人工妊娠中絶処置終了直後に行って良い.
・費用の問題はあるが,子宮内避妊具の手術直後からの挿入によって10 代の女性が1 年以内に再度人工妊娠中絶を受ける頻度が有意に低下するという報告もある.例えばオーストラリアの一部自治体では人工妊娠中絶時に公費負担で子宮内避妊具を入れるプロジェクトが行われている.リスクに応じた性感染症検査がなされていれば,術後感染や出血期間,疼痛,子宮内避妊具脱落率はやや高いか同等であり,十分実用に耐える戦略だと評価されている.日本での普及には費用の問題が最も大きいと思われ,今後検討がなされるべきである.
コラム
ミフェプリストンとミソプロストールを用いた薬物法による早期人工流産(以下,人工妊娠中絶)
日本で行われている人工妊娠中絶の方法は手術法による処置(子宮内容除去術)であるが,海外では多くの国で薬物法を用いた人工妊娠中絶が行われている.WHO では,安全な中絶により女性を守るという観点から,安全な人工妊娠中絶を目指して『Safeabortion』という解説を2003 年に発行し,2012 年に改定が行われている.その中では,人工妊娠中絶法として,吸引法を用いた子宮内容除去術とともに,ミフェプリストン(mifepristone,開発時の名称はRU 486)とミソプロストール(misoprostol)を用いた薬物法による処置についてが記載されている.ミフェプリストンは選択的プロゲステロン受容体調節薬の1 つで,妊娠の維持に必要な子宮内膜や子宮筋のプロゲステロンの作用を阻害する.ミソプロストールはプロスタグランジンE 1 製剤で,子宮収縮や頸管熟化の作用を有している.この2 剤を併用することで人工妊娠中絶の成功率が高まることから,現在の薬物法による人工妊娠中絶のスタンダードとなっている.
上記WHO の解説における薬物法の使用の詳細は下記のとおりである.妊娠9 週までの人工妊娠中絶では,ミフェプリストン内服(200 ㎎を推奨)の24~48 時間後にミソプロストールを腟内・頬側・舌下投与(800μg を推奨),または内服(400μg を推奨,妊娠7週までの場合は内服で投与可)としており,妊娠9~12 週の場合にはミフェプリストン200㎎内服の36~48 時間後にミソプロストール800μg を腟内投与,その後は子宮内容物が排出されるまで3~4 時間ごとにミソプロストール400μg を腟内または舌下投与としている.薬物法による人工妊娠中絶の成功率は92~98%としている.薬物法の際の疼痛に対しては,NSAID などの鎮痛薬の一律使用が推奨されている.一方,予防的な抗菌薬投与は必須ではないとしている.
手術法と同様に薬物法による人工妊娠中絶の場合にも重要なのが,妊娠週数の確認と子宮内妊娠の確認(異所性妊娠の除外)である.妊娠週数によって薬物の使用方法が異なっていること,異所性妊娠の場合には薬物法による処置を行っても妊卵は発育し続けるといわれていることがその理由である.禁忌は,異所性妊娠の疑い,IUD 挿入中,慢性副腎不全,重度の肝障害,副腎皮質ホルモン長期投与,ミフェプリストン・ミソプロストールのアレルギー歴,出血傾向・抗凝固療法中,遺伝的ポルフィリア,などの場合である.
副作用としては,下腹痛,子宮出血,嘔気・嘔吐,発熱が挙げられ,合併症としては,持続する大量子宮出血,子宮内感染,妊娠組織の子宮内遺残,稀なケースとして致死的な敗血症が挙げられる.子宮出血は通常の経過では薬物投与後約2 週間で減少するが,45 日程度まで遷延することがある.妊娠組織の子宮からの完全排出率は手術法よりも薬物法が低いとされており,薬物投与2 週間後に超音波やhCG 測定で妊娠組織の子宮内遺残の有無を確認する.子宮内遺残の際には,吸引式子宮内容除去手術またはミソプロストール再投与(舌下または経口)を行うこととしている.また,大量子宮出血,発熱の場合にも医療機関を受診してもらう必要がある.米国FDA ではミフェプリストンの購入はインターネットで行わないように勧告していることからもわかるように,処置を受ける本人がミフェプリストン・ミソプロストールの使用方法や特性を十分理解して処置を行う必要があるため,医療機関でカウンセリングを受けたうえで適切に処置を行い,処置後も適宜医療機関を受診する体制が必要である.
日本国内ではミフェプリストンは医薬品としての承認を受けていない無承認医薬品であり,インターネット等を通じて個人的に購入した薬物を用いての使用は,腟からの出血や重大な感染症等の健康被害を引き起こすおそれがあることから,平成16 年に厚生労働省が個人輸入に関して注意喚起を行っている.また,指定医師以外の者(妊娠中の女子を含む)が薬物またはその他の方法で堕胎する行為は刑法の堕胎の罪に問われるおそれがあり,平成22 年には,個人輸入で使用した妊娠20 週の妊婦が堕胎容疑で書類送検されたケースがあった.
個人輸入した薬物を用いての使用後に下腹痛・子宮出血・発熱などを来し医療機関を受診するケースは今後も想定される.このような患者が受診した場合には,子宮内の妊娠組織の遺残,子宮内感染,異所性妊娠などの可能性を考慮して診察を行い,必要に応じて抗菌薬投与,子宮内容除去術などの治療を行う.