リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

1948年に成立した優生保護法が目的としていたもの

法案提出者の説明

優生保護法案提案者の谷口弥三郎は第2回国会 参議院 厚生委員会(第13号 昭和23年6月19日)で次のように述べています。

我が國は敗戰によりその領土の四割強を失いました結果、甚だしく狭められたる國土の上に八千万からの國民が生活しておるため、食糧不足が今後も当分持続するのは当然であります。総司令部のアツカーマン氏は「日本の天然資源は必ずしも貧弱ではないが、未だ十分開発利用されていない。併し山岳溪谷に富んでいるから、灌漑と発電の惠沢大きく、漁場にも惠まれているので、科学を発達利用すれば、八千万人口までは自給自足し得るも、それ以上は困難である」と言つております。現在我が國の人口は昨年十月一日調査では七千八百十四万人余、本年の人口自然増加は百二十万人、本年度の引揚者総數は七十万人となつておりますので、その総計は八千四万人となり、すでに飽和状態となつております。
 然らば如何なる方法を以て政治的に対処するか。第一に考え得ることは移民の懇請でありますが、毎年百万人以上の移民を望むことは到底不可能と思われますので、その幾分かずつでもよろしいから大いに努力して懇請すべきであります。第二の対策は、食糧の増加を図るため未開墾地を開拓し、尚水産漁業の発達を促し、増産方面に全力を盡すべきであります。第三の対策として考えらるることは産兒制限問題であります。併しこれは余程注意せんと、子供の将來を考えるような比較的優秀な階級の人々が普通産兒制限を行い、無白覺者や低脳者などはこれを行わんために、國民素質の低下即ち民族の逆淘汰が現われて來る虞れがあります。現に我が國においてはすでに逆淘汰の傾向が現われ始めておるのであります。例えば精神病患者は昭和六年約六万人、人口一万に対し九・九八、昭和十二年約九万人、人口一万に対し一二・七七、失明者も同樣で、昭和六年七千六百人、うち先天性が二千二百六十人、昭和十年は六千八百人で、うち先天性が四千二百三人という状態に増加し、又浮浪兒にしても從前はその半數が精神薄弱即ち低脳であるといわれていたのが、先月九州各地の厚生施設を巡視した際、福岡の百道松風園及び佐賀の浮浪兒收容所における調査成績を見ますると、低脳兒はおのおの八〇%に増加しております。この現象は直ちに以て日本食糧の状況を示すものであると思います。從つてかかる先天性の遺傳病者の出生を抑制することが、國民の急速なる増加を防ぐ上からも、亦民族の逆淘汰を防止する点からいつても、極めて必要であると思いますので、ここに優生保護法案を提出した次第であります。
 次に本法案の大綱について御説明いたします。この法案は、第一章総則、第二章優生手術、第三章母性保護、第四章優生保護委員会、第五章優生結婚相談所、第六章届出、禁止等、第七章罰則、それに附則を合せまして全体で三十七ケ條から成つています。
 第一章の総則におきましては、この法案の目的と定義とを示しました。即ち第一條において、この法案が優生学的見地に立つて将來における國民素質の向上を図ると同時に、現在における母性の生命健康の保護をも併せ図ることを目的とする旨を規定いたしました。第二條においては、この法案中に使われている優生手術と人口妊娠中絶との意義を明らかにしてあります。優生手術にはいわゆる去勢を含まないこと、人工妊娠中絶は、胎兒が母体外で生きておらない時期即ち大体六ケ月以内において行われる処置であることを主として規定をいたしました。
 第二章優生手術の章におきましては、第三條に同意を前提とした任意の優生手術を規定し、第四條から第十一條に亘つて社会公共の立場から強制的に行い得る優生手術を規定いたしました。現行制度では、優生手術を受けるには、本人、その代理者又は公益の代表者からの申請と主務官願の可否の決定とがなければ行い得ないことになつているのでありますが、第三條に列記したものについては、かような手続を要せず、本人と配偶者の同意があれば医師が任意に優生手術を行い得る途を開きました。併し任意の優生手術は本人が事の是非を十分に判断した上で同意するということが、その本質的要素でありますから、未成年者、精神病者、精神薄弱者のように自分だけで意思決定ができない者については、これを認めないこととして、この制度が相続權侵害のために悪用されることのないようにいたしました。第四條以下のいわゆる強制断種の制度は社会生活をする上に甚だしく不適應なもの、或いは生きて行くことが第三者から見ても誠に悲慘であると認めらるものに対しては、優生保護委員会の審査決定によつて、本人の同意がなくても優生手術を行おうとするものであります。これは悪質の強度な遺傳因子を國民素質の上に殘さないようにするためには是非必要であると考えます。ただこの場合には社会公共の立場からとはいえ、本人の意思を無視するものでありますから、対象となる病名を法律の別表において明らかにすると共に、優生保護委員会の決定についての再審査の途を開く外、更に裁判所の判決を求めるようにいたしました。強制断種の手術は專ら公益のために行われるものでありますから、その費用を國庫において負担することとし、その旨を第十一條に規定いたしました。
 第三章母性保護の章は人工妊娠中絶に關する規定であつて、妊娠中絶は医学上の立場から母体の生命を救うため必要であると思わるる場合にのみ合法制を認められ、一般的には刑法上堕胎の罪として禁止されておるのでありますが、この法案で母性保護の見地から必要な限度においては更に廣く合法的に妊娠中絶を認めようとするものであります。即ち客観的にも妥当性が明らかな場合には本人及び配偶者の同意だけで行い得ることとし、その他の場合には同意の外に地区優生保護委員会の判定を必要としました。
 第四章は優生保護委員会に關する規定であり、この委員会は自己の責任において審査決定をなし得る処理機關であつて、中央、都道府縣及び地区の三種と相成つております。
 第五章は優生結婚相談所、第六章は優生手術又は人工妊婦中絶を行なつた場合の医師又は指定医師の届出、秘密保持等に關する規定、第七章は罰則の規定であります。以上が大体の内容の説明であります。」

以上、太字にしたところを見ていただくと、まず「急激な人口増加の対策の一つとしての産児制限」を構想し、しかもただ産児制限をしたのでは逆淘汰が起きてしまうとして、「國民の急速なる増加を防ぐ上からも、亦民族の逆淘汰を防止する」という優生政策を打ち出しています。その結果、第一章では、「優生学的見地に立つて将來における國民素質の向上を図ると同時に、現在における母性の生命健康の保護をも併せ図る」ことを目的に掲げています。

若干的な倫理的反論もあったのですが、基本的にこの考え方が踏襲されていったと考えられます。強制不妊手術等の旧優生保護法問題の端もここに発しています。


中絶に関連して言えば、優生政策をひっこめた時にその対案を盛り込まなかったため、「将来的な展望」のない法律になってしまい、ただただ「現状維持」する体制が作られてしまうことになったと考えられます。