リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

国連「コロナ危機に乗じた中絶禁止は性差別」と米各州に

女性たちの権利を侵害し、その健康を危険にさらしている

人権高等弁務官事務局(OHCHR)は5月27日に、女性と少女に対する暴力撲滅ワーキンググループが「リプロダクティブ・ヘルスケアはエッセンシャルな医療であり、危機のさなかでも提供されねばならない」と宣言し、米国のテキサス、オクラホマアラバマアイオワオハイオアーカンソールイジアナテネシー各州に対して、「コロナ禍に乗じて中絶を厳禁している」と厳しく非難したことを報じました。一部抜粋して仮訳します。

女性たちしか必要としないような情報とサービスに彼女たちがアクセスする手段を奪い、女性たちに特有の健康と安全性を保障しないことは本質的に差別的であり、女性たちが自らの身体と生活を自分自身でコントロールする権限を妨げている。

これはまさに日本で起きていることです。

United States: Authorities manipulating COVID-19 crisis to restrict access to abortion, say UN experts

ベトナム人実習生の「堕胎容疑」問題について

本国では合法的な中絶薬 リプロダクティブ・ヘルス&ライツを日本は認めないのか!

妊娠に気づいたとき、彼女はいったいどんな気持ちになったのだろう……。

22歳のベトナム人実習生が、「堕胎薬」を服用して「堕胎」した胎児を遺棄したとして逮捕された。
https://news.yahoo.co.jp/articles/e5531371a35c6ffc8557497d903294db5e11156dnews.yahoo.co.jp

こうやって「堕胎」という言葉がくり返し使われるのは、日本に「刑法堕胎罪」があるためにほかならない。同じことをベトナムでしていたならば、彼女は「中絶薬」を服用して「中絶」したなどと報じられるわけもなければ、他人からいちいち言われることすらないだろう。ましてや、胎児を遺棄する必要にも迫られなかったのは間違いない。

ベトナムは1960年代に中絶が合法化され、単に刑法で規制されていないばかりか中絶の権利は複数の法律で保障されているという。避妊も中絶も無料で受けられる。政府は性教育に力を入れているが、全妊娠の4割が中絶に終わっているし、未婚女性がその多くを占めている。良かれあしかれ、中絶は若いベトナム女性にとっては、日常的で当たり前のことなのだ。*1

胎児は妊娠4-5か月だったというのだから、中絶薬の分量などちゃんと心得ていたのだろうか……。中絶薬は妊娠初期ならばお産よりはるかにリスクの少ない安全な処置だけど、中期に入ってからの薬による中絶はリスクが増す。本来ならちゃんとした医療機関でケアを受けて行うべきだった。それでも、とりあえず彼女自身の命は無事だったのは幸いだったといえども……。

彼女が妊娠に気づいたとき、日本で実習中の今は「まずい!」と思ったに違いないけど、まさかこれほどまで日本で中絶を受けるのが大変なことだ(お金も高い)とは知らなかったのではないか……だからこそ、これほど遅いタイミングの中絶になってしまったのかもしれない。きっと何日も周囲に隠しながら不安な思いを抱え込んでいたであろう彼女の気持ちを推し量ると……痛い。

そもそも、日本の外国人研修生の扱いの酷さについては、2009年CEDAW(女性差別撤廃委員会)から女性差別の問題の一貫として改善を迫られていた。10年以上も経っているのに差別的な状況は何ら改善されていなかったようだ。

●人身売買、売買春
人身売買や売春搾取の被害者に対する保護やリハビリ、社会統合支援を強化するとともに、女性の経済状況の改善など、人身売買の根本的解決の努力を求める。

買春需要の抑制、売春女性の社会統合、リハビリ、経済的エンパワーメントなどの支援を勧告。研修生・技能実習生が人身売買の温床となっていることを指摘、モニタリングの継続を求める。また、人身取引防止議定書の批准を勧告。

CEDAWが日本政府審査の総括所見を公表を参照。

日本の刑法堕胎罪と差別的な実習生制度のために安全でない中絶に踏み切らざるをえなくなったことで、彼女のリプロダクティブ・ヘルスもリプロダクティブ・ライツも侵害された。そのことを日本政府は深く反省すべきであり、二度とこのようなことが起こらないように本腰で対策を考えていってほしい。

人権とは最も弱い立場の人々を窮地から救いあげるためにある。外国人研修生、中高校生の女子、DVに苦しむ女性、性被害を受けた女性……本来、保護され尊重されるべき人々を、自己責任だと言って闇の中に放り出しすようなことがあってはならない。

抜本的な解決を図るには、まず刑法堕胎罪と母体保護法の見直しは必須であり、性教育・人権教育(実習生を含む成人に対する情報提供)の実施、「安全な中絶」医療の導入など、全面的な見直しが不可欠である。そうした見直しを通じて、実習生だけではなく日本人女性全体の人権もまた回復されることになるだろう。

以下、関連記事。

堕胎容疑 ベトナム人実習生再逮捕 岡山・津山署、薬服用しトイレに 「妊娠したとなれば国に帰らされる」

赤ちゃんの遺体が浄化槽で発見された事件 薬を使って堕胎した疑いでベトナム人の女を再逮捕 岡山・津山市

日本政府は技能実習生の権利について何もしていなかったわけではなかった! 追加情報
2019年、政府の「妊娠等を理由とした技能実習生に対する不利益取扱いについて(注意喚起)」に関する情報。

「妊娠ばれたら帰国…」双子の乳児死体遺棄 実習生起訴:朝日新聞デジタル

*1:Abortion rate in Vietnam highest in Asia By VnExpress September 30, 2016とWikipedia: abortion in Vietnamによる

女性たちの70年代──ピルの普及に中絶合法化、女性差別撤廃条約まで。

*VOGUE 2020年4月5日の記事 

世界中でダイバーシティの大旋風が吹き荒れ、ジェンダーギャップを埋めようとする動きが加速している。男女だけでなく、あらゆる人々が平等に機会を得られる未来をつくるためのヒントを、女性に関わる変革が相次いだ70年代に探した。

www.vogue.co.jp

ピルは普及してなく、堕胎罪が残存しており、女性差別撤廃条約は飾り物のこの日本。なぜこの国ではジェンダーギャップを埋めようとする動きが低迷しているのかも、もう少し分析してほしかった。

妊婦、新生児のいのちを守る「周産期コロナ受入医療機関」の設置について

神奈川県健康医療局 保健医療部健康危機管理課の取組

これ自体はよいことだと思うので、必要な人に広く情報が行き届いてほしい。

www.pref.kanagawa.jp

だけど、PCR検査などで陽性だった「中絶希望患者」がどこへ行くべきかは全く聞こえてこないし、おそらく全く何の対策もする気がないのだろうと思うと嘆かわしいし、当事者は今、絶望的な思いをしているのではないかと、胸が詰まる。

リプロダクティブ・ヘルスケアはエッセンシャルな医療である。それはお産だけではなく、避妊も、中絶も、流産も同列なのだと声を大にして言いたい! ごまめの歯ぎしりにすぎないと分かっていても……わたしは黙らないぞ!

WHOはコロナを利用して中絶を広めているとトランプ政権が難癖

ベトナム人実習生不起訴 地検津山支部、堕胎など容疑

とりあえずはよかった!

津山市の住宅団地の合併処理浄化槽内で胎児の遺体が見つかった事件で、岡山地検津山支部は27日、死体遺棄と堕胎の疑いで逮捕されたベトナム国籍の技能実習生の女性(22)=同市=を不起訴処分とした。理由は明らかにしていない。

 地検などによると、女性は4月11日夜から翌12日未明の間に自宅で中絶薬を服用し、胎児をトイレに流したとされる。胎児は妊娠4~5カ月ほどの男の子だったという。
(2020年05月27日 22時49分 更新)

www.sanyonews.jp